腕を組んで歩く仲の良さそうなカップルとすれ違い足を止めた。そしてハッ、と鼻で笑って再び歩き出す。
どいつもこいつも幸せな顔しやがって。べ、別にうらやましくないんだからねっ!ごめんなさい嘘です超うらやましいです。お前ら全員海に浮かべてやろうか!

「随分と物騒な顔をしていますねぇ」
「ついこの間まで物騒なことをしでかしていた奴に言われたかない」

背後に現れ優しさの欠片もないセリフを吐きやがった男の顔面を、握りしめた拳で強かにぶん殴ってやった。まあ、確かに感じたリアルな感覚はすべて幻だったわけだが。本物は私の斜め前で嫌らしくにやにや笑っていた。正直、殺してやりたい。

「おやおや……乱暴はいけませんよ、女の子なのに」
「きもい。うざい。死んで」
「じゃじゃ馬さん」
「すげ、腕がぷつぷつしてる」
「……素直じゃない人だ」
「気持ちの悪い男だ」

形のいい唇から出てくる言葉にぽいぽいと返事を返す。こうして会話を成立させてやってるだけましだと思ってほしい、このまま口も利かずに立ち去ることだって可能だったのだから。
そこまで嫌っててなんでなんで構ってやるのかって?残念ながらその前提自体が、うん、間違いなんだが。

「まったく……少しはかわいいセリフのひとつでも吐けないんですか?クロームのように」
「そんなにかわいいセリフ吐いてほしけりゃ一生クロームにくっついてりゃいいだろうよ」
「ああかわいくない。まったくもってかわいくない!」

いい加減うざい、と今度こそ本物の彼の顔面に拳をめり込ませた。鼻潰れたらどうしてくれるんです、と抗議されたが、いやぁきっとますますいい男になるんじゃないかな!とだけ返しておいた。
まったくこの男は、口さえ開かなきゃ世の女性すべてが虜になる逸材だろうに。言動行動その他のおかげですべてプラマイゼロになっている。

「まあ、いいです。今回は許してあげますよ……」
「そりゃ有難いこった」
「ところでゆめこ」
「なんですか骸さん」

ぴ、と彼が上着の内ポケットから出したのは何かのチケットだった。目を凝らして、そこに書かれた文字を追う。

……焼肉、食べ放題……

「ここに焼肉の食べ放題券が2枚あります」
「わん!わんわん!」
「……いつもこう、素直ならいいんですけどねぇ」

あと、焼肉につられるってところが色気もくそもないんですが、骸はそう嘆いたが私は構わなかった。目の前の肉が手に入るならば、それで。
食べ放題と書かれた紙切れに手を伸ばして擦り寄る私を、彼は呆れ顔で抱き止める。ほらほら、タダ券は逃げませんよ、彼は私の手にそのチケットを握らせた。

周りから声が聞こえる。素敵なカップルね、だとか、うらやましい、だとか。彼女たちの目から見たら私たちも、仲睦まじいカップルに見えているのだろうか。

「何ニヤニヤしているんです」
「いや、別に」
「……普段から素直にしてればそうジレンマを抱えることもないでしょうに」
「うっさい!」
「僕がきっかけを与えなければくっつくこともできないなんて」

かわいそうな子だ、セリフと一緒に額に唇が落ちてくる。人目があるところでこういうの、やめてくんないかな!いつもなら正拳突きと共に出てくる言葉は、そのときばかりは出てこなかった。





え?骸のこと嫌いなんじゃないのかって?いやいや……誰もそんなことは言ってないだろうに。確かにうざいしきもいし腹も立つが。



「焼肉の後はスイーツでも食べにいきますかね」
「ほっそい癖によく食うよね」
「君とは体質が違いますので」
「よし決めたこいつ今殺そうすぐ殺そう」





一緒にいて心から幸せだって思えるのは、生憎こいつしかいないもんでね。



title by 九条様




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