つまらないなあ。

小さな声で呟いて、テーブルにグラスを置く。婚約者が開いたパーティー、たくさんのお偉いさんが集まっている。好きでもない婚約者の隣でにこにこしているのも飽きたし、私は今シャンパンを飲みながら、一人で壁の花を演じているところ。

それにしても、今日はなんだか空気がピリピリしている気がする。なんでも、彼曰く今回は『格式高いイタリアンマフィア』も出席しているそうなのだ。こうして会場を眺めているけどそれらしい人間は見当たらない。すっぽかしたか、またはよっぽどマフィアらしくないマフィアなのか。
ああでも、さっき私も知った顔を一人見つけたよ。あの人はキャバッローネファミリーのディーノさん。あの人もおよそマフィアらしくないマフィアのボスで、気さくな人で、ちょっとドジなところがとても親しみやすい。
ああ、格式高いマフィアってキャバッローネのことかな?あの人、ディーノさんに頭が上がらなくていつもぺこぺこしてた。自分より力の弱いファミリーには大きな顔をしているのにね……
さっき挨拶に行ったばかりだけど、壁の花も飽きてきたし話しかけに行ってみようかな、ディーノさんに。

薄ピンクのドレスの裾をひらりと翻し歩き出す。コツ、と白いヒールが音を鳴らした瞬間、



パシャッ



「あっ……」
「あ」
「…………」
「…………」



「すっ……すみませんッ!!」



ドレスにドリンクを引っかけられた。

出鼻を挫かれたなぁとぼんやりしていると、その青年は泣きそうな顔でトントンとドレスに滴るワイン(うん、白でよかった)を拭いている。ぽわぽわした茶色い頭がしきりに揺れていた。

「あのっ、ごめんなさい……俺ぼうっとしてて……」
「あ、いいえ、気にしないで。私も上の空だったの」
「こういうパーティーって、まだ慣れてなくて」
「そうなの?私は何度も経験があるけど……あんまり好きではないわ。つまらないもの」
「はは、つまらない、ですか……」
「そうよ、つまらない。だって私はただのお飾りなんだもの。……ねえあなた、もしお時間があるならば、少しお話しましょう?」

私の言葉に彼はぱちくりと瞬いた。けれどもすぐにその目を細め、やわらかい笑顔を見せて「構いませんよ」と答えてくれた。



彼の名前は沢田綱吉。しがない一マフィアのボスなんだそうだ。
あなたもボスらしくない……というかマフィアらしくないマフィアなのね、と言ったら、彼は怒るでもなく「もともとマフィアにはなりたくなかったからなあ……」と遠い目をしてみせた。あらいやだ、そんな話昔どこかで聞いたことがあるわ。ねえディーノさん。
私はきらびやかな女性たちに囲まれて苦笑いしているマフィアのボスに視線を向けた。この方は、何から何まであなたに似ているのね。
結局壁際で二人、グラスを傾けながら話し込む。遠くに招待客と笑っている婚約者の姿を見つけた。

「私もね、同じなの」
「?」
「結婚したくないのに、結婚させられそうなの。好きでもない人と結婚するなんて、女にとっては最高の地獄だわ」
「……そうなんだ……」
「もう、いやね。『なら自分と一緒に逃げようか』くらい言ってちょうだい」
「…………え?」
「ふふ、……冗談よ」

そんなの、できっこないって私がいちばん知ってるの。
この人みたいな小さなマフィアのボスにそんなことはできないわ。だってばれたらあの人に殺されちゃうもの。
そう思った時、隣から伸びた手が私の空いた手を絡めとった。驚いて彼の顔を見上げたら、寂しそうな、悲しそうな優しい目が私を見下ろしている。

「ほんとうに、逃げちゃおうか」
「……綱吉?」
「そんな悲しそうな顔しないで。俺ならきっと、君を幸せにできるよ?」

繋いだ手から温もりが伝わる。この人は真剣なんだって、冗談でこんなことを言ってるわけじゃないんだって。

どうする?

琥珀色の目が私を欲していると理解したとき、無意識のうちに言葉は唇から滑り落ちていた。



「わたしを、つれていって」



私の手を取り彼が走り出した時、気付いたディーノさんが焦った声で彼の名前を呼んだ。

「ツナ!?」
「ごめんなさいディーノさん!俺帰ります!」
「ちょっと待てお前、彼女はっ」
「ゆめこ、ドン・ボンゴレ!!」

ディーノさんの慌てっぷりにようやく事に気がついたらしい私の婚約者も、私と彼を呼び止める。ドン・ボンゴレ……ボンゴレ?どこかで聞いた名に首を傾いだ。

「すみません、ドン・ダーモ!あなたの婚約者、俺がさらっていきます!」
「ボンゴレ、ドン・ボンゴレ!!」



ボンゴレって……



「ボンゴレって、あなたあのっ……!?」
「あは、黙っててごめん、ゆめこ」
「なっえっうわっ、え」
「ちょっとごめんね!このままじゃ追い付かれるから!」

私を抱き上げて彼は会場駆け抜ける。外に出ると黒塗りの車が一台、傍らで煙草を吸っていた男が目を丸くして私と彼を見た。

「10代目!?」
「獄寺くん車出して!早く!」
「は、はあ」

滑るように走り出す車。隣では楽しそうに笑う無邪気なマフィアのボス。そっと後ろを向くと、婚約者がこちらに向かって手を伸ばし座り込んでいた。



ああ、やっと自由になれた





ふ、と思わず笑うと、隣にいた彼が私を抱き締めた。
「やっと笑ってくれたね」、包み込むような優しい声でそう囁いて。



title by 椎真様




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