犬を飼い始めた。毛色は茶、雑種の小型犬。近所のおばさんに押し付けられた。
その犬はとても臆病だが基本人懐っこく、いつも私の後をついてまわる。
カーテンの隙間から差し込む朝日。鳴らない目覚まし時計。あーそっか今日は休日だ。
うつらうつらしながらごろんと寝返りをうつ。すると足元でもぞり、と何かが動く気配がした。ん?と思うも眠気には勝てずそのまま目を閉じる。もそもそと、それは布団の中を動いて、
「春花ちゃん」
私の目の前までやってきた。
ぺろぺろ、と私の顔を舐めながらクンクンそいつは鳴いている。
眠たい。
「春花ちゃん、お腹空いた」
「………私は眠い」
「お腹空いたぁ……」
キュウーン……と情けない声を出してぐりぐりと鼻先を頬に押し付けてくる。実にうるさい。
さっさと餌を与えて黙らせよう、とむっくり起き上がり、冷蔵庫を覗き込んだ。卵とミルクを出して、ホットケーキミックスを出して、調理開始。この子はホットケーキで生きていけるから楽だ。
「春花ちゃん、まぁーだ?」
「まぁーだ」
「お腹空いた……」
「それくらいがまんしなさい」
「うう」
きゅるきゅるかわいらしい音をたてるお腹を抱えて、彼は座り込んでしまった。相当腹が空いているようだ。肩を竦めて私は、フライパンにタネを流し込んだ。
「春花ちゃん、あれやって!」
「あれ?」
「くるっ、て!ぽーんってするやつ!」
「ああ」
言わんとしていることを理解し、そろそろ片面が焼けてきたホットケーキをぽんっと投げてひっくり返す。それを見た小さな犬は、きゃあきゃあ騒いでしっぽを振りまくった。
「もうすぐ焼けるから、お皿出してね、つな」
「はーい」
ガタガタと椅子を食器棚の前に出して、大きめのお皿を一枚。それからクリーム色のマグカップを一個。フォークとナイフも出してテーブルに置いて、つなは子供用の椅子に座った。
焼き上がるのが待ちきれないのか、しきりにこっちを気にしながらそわそわしている。その様子をおかしく思いながら、きつね色のホットケーキを、彼の前のお皿に乗せた。
「つな、待て」
「あう」
「………よし!」
「わんっ」
元気にひとつ吠えてつなはもぐもぐとホットケーキを頬張った。その間に私は洗い物をして、自分の分のホットミルクを揃いのマグカップに淹れる。
つなは口の周りに食べかすをたくさんつけて、あっという間に食べ終えた。
「お腹いっぱい!」
「よかったねー」
「……ねむい」
「うん、私も」
「うー……」
お皿を片付けてから、テーブルの上でうとうとし出したつなを抱き上げる。きゅっと体を縮めて、つなは私に抱きついた。
そのままベッドに戻って、布団の上につなを下ろす。隣に寝そべると、彼は私にぴったりくっついて丸くなった。
「……あれ、春花ちゃんがっこうは?」
「今日休みだよ」
「じゃあ今日はずっと家にいるの?」
「いるよ。後で一緒にお散歩行ってこよう」
「うん!」
ぱたぱたと布団の中でしっぽを振り、つなはにこにこ笑った。
とりあえず、散歩に行くのは二度寝の後。すっかりお日様が上りきった午後のこと。