好きなやつとかいねぇの、と自称僕の家庭教師は困ったように笑って言った。クリスマスも終わり年の暮れ、我が家でくつろいでいた時のことである。
なぜ勝手に我が家の敷居を跨いでいるのか、なぜこの(恐らく)忙しい時期に日本にいるのか、疑問は多々あったがまずは彼の質問に答えてやるとしよう。
答えはNOだ。
「えっいんの?」
「悪いの」
「や、恭弥も普通の中学生なんだなって。どうしよう、なんだか急にお前のことかわいく思えてきた」
「僕にそっちの気はないよ。頬を染めるな」
がつ、と急須で軽く殴ると、彼は頭を抱えてスンスン鼻をすすった。22にもなる男が、なんとも情けない姿である。これでマフィアのボスなのだから世の中はわからない。
こいつがボスになれるマフィアの世なのであれば、僕は10年もあれば全マフィアを統一できそうな気がする。
それはさておき僕の好きな人とは。
僕の行きつけの、紅茶の専門店で働いている女性である。歳はたぶん、この馬鹿とそう変わりはないか少し年下だろう。いつも朗らかに笑っている、明るい人だ。僕がいくとたまに、常連だからおまけだといってお菓子をつけてくれる。
「年上のお姉さんかぁ……お前らしいといえばらしい……」
「うるさいよ」
「デートとかに誘ったことは?」
「………」
彼の問いに僕は口を閉ざした。
デートに誘うだなんてそんなこと。いつも少し話をするだけでいっぱいいっぱいなのに。
どうせ僕はクリスマスという大きなチャンスさえ棒に振った臆病者だよ。笑いたきゃ笑うがいい。
「………クリスマスなんか、滅びてしまえ」
「なんか超泣けるその話」
みかんの皮を剥きながら、彼は涙を拭う仕草を見せた。
僕だってね、クリスマスは彼女と過ごしたかったよ。高級レストランに誘ってワインを飲みながら(※未成年の飲酒は法律で禁止されています)夜景を眺めて、洒落たプレゼントのひとつでも渡して……。
だけどそんな淡い夢もこのいくじのない心によって泡と消えた。せっかく誘おうと彼女の店まで行ったのに、気の利いた言葉のひとつも出てこなかった。
―回想―
『あれ、今日も来たの?』
『………(コクッ)』
『クリスマスなのにお互い大変だね。あ、それともこれから彼女とおうちデートかな?』
『あ……、』
『ん?』
『………、……ダージリン、100g』
『はい、ありがとうございます。あ、これおまけね、マドレーヌ。2個つけておくね』
『………(コクッ)』
『ふふふ。メリークリスマス!』
『……メリー、クリスマス』
そして僕のクリスマスは終わった。(マドレーヌは2つ共自分で食べた)
「うわぁぁぁんやめて恭弥!超切ない!!」
「うるさいよ……!」
「バレンタイン、バレンタインがんばろう!?な、恭弥!」
「ぼくもうおわったから」
「その遠くを見つめる目、やめろ!しっかりしろ恭弥ー!」
僕をガクガク揺さぶりながら自称家庭教師は涙を散らした。そんなことを言ったってもう、がんばる気力すらない。自分のガッツのなさに自分で絶望してしまった。
神様、来年は金よりも勇気をください。
(そしてできれば彼女の心もください)