今日も気付けば大きく開いた、部屋の窓。吹かれる風に書類は舞って、ああまた仕事が増える!

床に落ちた紙を拾えば、隅の方にはあの人のお気に入りのカフェテラスの名前。ここで待ってるってことなのね、まったく周到な人。私がちゃんと見るって知っててこんなことするのばかみたい子どもみたい!
ぷりぷり怒りながら、拾った書類を机に乗せた。すぐさま纏め髪をほどいて執務室を出る。

黒いスーツを脱ぎ捨てて、あの人がお気に入りの黄色い花柄ワンピ。子どもっぽく見えるから、この服は嫌いなのって何度も何度も言うのに。笑って似合うよなんて言うから、仕方なしに腕を通すのよ、私もなんだかばかみたい。

オレンジ色の水玉模様の長靴を履いて、雨上がりのぬかるんだ道を歩く。湿った空気に顔を上げたら、青い空にはきれいに弧を描く虹の端。
あの人が喜んで執務室の窓から脱走した様が浮かんだ、いつまで経っても少年の心を忘れない人。ブリキのロボットに木の上の秘密基地、雨上がりの虹に天気雨、それらはあの人の心を強く強く惹き付ける。



だからほら、思った通り。
虹を見上げながらカフェテラスでコーヒーを飲む彼の姿が。



「ボス。デートも構いませんけど仕事を」
「お、春花。ここのピーチパフェウマイぞ」
「知ってます。だから、仕事を」
「あとバナナタルトも頼んだ」
「………仕事を」
「あ、春花何飲むー?」
「………」

私の言葉に耳も貸さず、ボスはにこにこ笑ってメニューを開く。仕事をする気はないようだ。まあそれほど急ぐ内容ではなかったし、だからこそ脱走を謀ったのかもしれないけど。
ロマーリオにどう言い訳しようかなぁ、と痛む頭を押さえながら、私は彼の差し出すメニューを受け取った。ふとよく見ると、ボスのカップの中身はいつものエスプレッソではなくカフェオレ。珍しい、と顔を見ると、たまに飲みたくなるんだよ、と。
じゃあ私もたまにそれを頼んでみようとカフェオレを指すと、お揃い、とわけのわからないことを言って年甲斐もなく彼ははしゃいだ。一マフィアのボスが、恥ずかしい。

「なぁなぁ春花、虹、さっき、見た?」
「見ましたよ。だから私を誘ったんでしょう。あんな回りくどい手で」
「アハハ」
「あんなことしなくても、あなたがどこにいるかくらいわかります」

外の景色がきれいに見える、あなたのお気に入りの場所はここですからね。そう言うと彼はうれしそうに頬を緩めた。



まじめにボスをやっていればいいのに、こういうところがあるからこの人は本当にめんどくさい。だけど人は皆、この人のこういうところが好きだと言う。
どうして皆、こんなめんどくさい人が好きなんだろう。振り回されるこっちはいい迷惑なのに。

「?なんだよ、人の顔じっと見て。なんか付いてる?」
「いいえ別に」
「あ、惚れ直した?」
「………」
「………」
「………ごめんなさい」





(なんて、なんだかんだ言って甘やかしてる私が言う言葉じゃないわね)



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