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▼ ヒマワリ番外編

女の子はみんな可愛いものが好きとか、可愛くなりたいとか思うもの、らしい。らしい、と言うのは、私は女だけど、特に可愛いものが好きでもないし、可愛くなりたいとも思わなかったからだ。それよりも、かっこよくなりたい。そう、思っている、はずなのに。

「この黄瀬くんやばくないー!?」

「やばいやばい!マジやばい!鼻血でそう!」

クラスの女の子達が集まって何やら騒いでいた。周りの眼はいまだに冷たいけど、クラスの女の子達は優しいので、気になって「なになに?」と聞いてみた。

「ひろちゃんもこれ見てみなよー!」

「鼻血もんだからさ!」

腕を引っ張られ、輪の中に入れられる。そして、ばっと雑誌を見せつけられた。モデルといった感じにポーズを決めている涼太くんがいた。そして、横には可愛らしい女の子。腕を組んでいる。涼太くんの腕に可愛い女の子が絡みついていて、ぱちぱちと瞬きをしながら固まった。

「…あ!ごめん、そのページを見せるのは考えなしだった!」

私の異変に気付いたクラスの女の子が慌てて他のページにする。そこのページにも涼太くんがいた。はっと我に返る。

「え、なんのこと?おお〜、涼太くんすげ〜かっけ〜!」

何にも気にしてないふりをする。けど、実際は。頭からさっきの涼太くんと女の子が離れられなくて、何か悪いものを食べてしまったような気分になった。




部活の後、よっちゃんと分かれたあと、ジャンプを買いに行くためにコンビニに入った。ジャンプジャンプーと鼻歌交じりに探す。うわ、ジャンプ立ち読みされてもう汚い奴しか残ってないじゃん。ちっくしょー。本屋行くか…と思った時、視界に涼太くんの腕に絡みついていた女の子が表紙を飾っているファッション誌が飛び込んできた。可愛い。人形のようだ。華奢なのにおっぱいも大きい。自分の胸に手を置いてみた。ぺたん、という音がした。

生まれて初めてファッション誌を手に取ってみた。美容院では私はひたすら寝ているか美容師さんと喋り倒しているからな…。ぱらぱらと捲っていく。あー、こんな服よっちゃんからもらったな…。こういうのは従姉からもらったな…。お洒落な洋服はほとんどよっちゃんと近くに住む従妹からもらったもの。私は、洋服を動きやすさ重視で買う。

こんなの、動きづらそう。タイトスカート…?自転車こぎにくそうだな、これ…。

化粧のページに変わった。簡単ナチュラルメイク講座と銘打っているが、簡単に見えない。マスカラには下地があり…。はい、下地?

知らない単語ばかりで頭が痛くなってくる。

でも、こういう服着たら、私も、少しは可愛くなるのかな。

…ジャンプ、ないし。たまには。そう、たまには。たまには。

何回も“たまには”を心の中で呟いて、レジにそれを持って行った。

「お、おねげーします…!」

「は、はい…?」









「えーっと?は?ドルマン?なにそれ、どこのダンディーなおじさん?ああ、これか。この馬鹿でかいパーカーのことか!…よっちゃんのサイズだから私が着たら更にでかい!!」

一人でノリツッコミをしながら、姿見の前で雑誌と睨めっこ。部屋には服が散乱している。とりあえず、私が着れそうなものは着てみた。雑誌を参考にして服を組み合わせているがこれで合っているかよくわからない。よっちゃんにさっきからラインで私の姿を送りまくっている。返事はない。屍のようだ。いや生きているだろうけど。

従姉からもらった女の子らしいワンピースをちらっと見る。白地に花柄のワンピース。腰のあたりにリボン状のベルトが巻かれている。

…あの女の子、こういう服着て、涼太くんと腕組んでいたな…。

胸によくわからないもやもやがまたこみ上がってくる。

絶対に似合わない。それはわかっている。わかっているけど。

服を脱いで、ワンピースに袖を通す。足がスースーする。制服の下にもズボン履くから、こんなに足がスースーするのは久しぶりだ。リボンを前で結んで、姿見と向き合う。なんか合成みたいだな…。

あの女の子みたいに、髪の毛長くないし、全然女の子らしくない私が着ているんだから、合成になるのは仕方ない、か。

ふうっと息を吐く。まあ、なんかのギャグになりそうだから、これ撮ってよっちゃんを笑わせよう。もう、いつもの私らしくないポーズでもとってやる。ヤケクソになって、私はスカートの裾をつまんでお姫様のようなポーズをとった。おお、本格的に合成っぽくなってきた。写真を撮って、よっちゃんに送る。

部屋に散乱した服を見て出てきた言葉は「うげっ」だった私は、本当に女の子らしくない。

…まあ、世の中には似合う人と似合わない人がいる。私がこういう風に、柄にもなく可愛くなりたいって思うこと自体、性に合わないし。

少し落ち込みそうになって、駄目だ駄目だ!と首をぶんぶん振った。

可愛くなりたいって思う事は似合わなくても、かっこよくなりたいって思う事は似合っているはず!球技大会で女の子にモテモテだったし、私!ドッジボールでクラスメートの女の子に直撃しそうなボールを獲ってから『私の背中に隠れていて!絶対守ってあげるから!』と言ったら、全員から『どこのイケメンだよ!』と突っ込まれたし。よし、涼太くんぐらいかっこよくなれるように頑張ろう!

あの女の子とは、土俵が違う。

そう思った瞬間、無理矢理に上げたテンションが、また下がっていった。

すると。スマホが振動を始めた。画面を見ると『着信:黄瀬涼太』の文字が浮かんでいた。世界で一番テンションが上がる四文字に、わあっとテンションが上がる。なんだろう!うきうき気分で通話ボタンを押す。

「やっほー!どしたのー?」

『全部いい』

「…はい?」

何のことを言っているのか全く分からず、へんてこな声が出た。けど、涼太くんは構わず同じことを口にする。

『全部いい、マジで。あ、でも、三番目の奴は黒よりもピンクのがいいと思うッス』

…三番目…?

その言葉に引っかかる。そして。次の瞬間、すべてを理解した。

あのライン、全部涼太くんに送っていた…!?

気付いた瞬間「わああああ!!」と発狂した。

え、だって、あれ、私、合間に涼太くんはスカートとズボンどっちのがいいかなーとか。どういうのが好きかなーって送っていて!!普段食い気とバスケと漫画のことしか興味ない私のキャラとは正反対なことを送っていて!!

「そ、それ!それはさー!そのさー!」

言葉が出てこない。恥ずかしすぎる。どうしよう。ヤバイ、キャラじゃない。

「なんていうか…!」

顔が尋常じゃないくらい熱い。ワンピースの裾を握った。あ、私、まだ着ていたんだ。カァッと羞恥心が湧き上がる。

涼太くんはこういう服を着た、すっごく可愛い女の子を間近で見たんだ。私のあの写メを見て、なんて思ったんだろう。うわ、全然似合っていない、とか?

全然似合ってない、って。よっちゃんになら言われても平気なのに。他の人に言われたって平気なのに。涼太くんにそう思われていたら、と、考えると。

どうしよう、心臓が痛い。

『最後の奴、今度、遊ぶ時、着てきて』

…え?

言っている意味が分からなくてぽかんとしている私に、涼太くんは言葉を続ける。

『あ、でも、あんなん他の男に見られたら…んじゃ、家!家デートどっすか!?うちの姉ちゃんたち、ひろに超会いたがっていて!』

えーっと。

『あ〜でも絶対姉ちゃんたちに好き勝手される未来しか思い浮かばねえ…!』

「りょ、涼太くん、あのさ、その、…変って思わなかった?」

『は? 何が?』

「や、だって、私が着るような服じゃないじゃん」

『それが!もう!なんなんスか!急にあんなの着て!俺の心臓とめさせる気!?』

「心臓とめさせる気…!?どういうこと!?」

『あー、もう、生で見てえ…!』

電話越しに、悔しそうな涼太くんの声が聞こえてきて。私はワンピース姿の自分を、もう一度、姿見に映した。

そっと前髪に手を伸ばして、整えてみる。

紅潮している頬の自分が気恥ずかしくて、視線を下に向けてから、小さな声で言った。

「じゃあ、今度、この服で、行く」

『マジで!?』

そして、本当に嬉しそうに『よっしゃ…!』と言う声が聞こえてきて、胸があったまるのを感じた。

もう一度、視線を姿見に向ける。にこっと笑いかけてみた。

ああ、なんか、本当に。
可愛くなりたいなあ。




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