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▼ 柚葉ちゃんとふりだし夢主



「見て見て柚葉ー、この水着かわいー!」

 柴家にお邪魔した私は柚葉の部屋で雑誌を読みながらくつろいでいた。水色のギンガムチェックのビキニが可愛くて柚葉に見せると「いいじゃん」と同意してくれた。

「陽子に似合いそう」
「えー! マジ? ありがとー! 柚葉はこういうの似合うよ! てか今度水着買いに行かない? 一緒にプールか海行こうよ!」

 私より一つ年下だけど大人っぽい柚葉なら黒のビキニも優雅に着こなせるだろう。胸大きいし。くびれキュッとしまっているし。初めて見た時芸能活動してるのかなと思わせるくらいの美少女な柚葉なら絶対似合う! 確信をもとに言い切ると柚葉は「あー……」と言葉を濁した。

「アタシはいいや。買うとしてもこーゆーのにする」
「え!? もったいな!」

 柚葉はラッシュガードを指していた。せっかくの美貌を生かさないとはどーゆーこと!? 思わず素っ頓狂な声が漏れる。

「もったいなって。なにそれ」
「だって勿体ないよ! 柚葉せっかくスタイルめちゃめちゃいいのに!」
 
 苦笑する柚葉に言い募ると、柚葉は少し視線を落とした。
 形の良い薄い唇が、ゆっくりと開かれる。

「痣、残ってんの。見苦しいからやめとく」

 そこから落ちた言葉が何を言わんとしているのか、呑気に生きてきた私は少し経ってから理解した。

 柚葉と出会いたての頃、柚葉は私が青宗君に暴力を奮われているんじゃないか、ただ打ち明けられないだけなんじゃないかと、しきりに心配してきた。
 5歳年下の弟と喧嘩することはあっても、お父さんや付き合ってきた男子達から手を挙げられたことは一度もない。まぁ青宗君の肘鉄を事故で食らったことはあるけど。いやーあれマジ痛かったなー……。
 でも青宗君の肘鉄もわざとじゃない。だからDVなんて遠い国の出来事のように捉えていた私は深刻に心配してくれる柚葉を大袈裟だと思っていた。

『柚葉って心配性だね。殴られるとかそんなんさぁーないじゃん?』
『あるよ』

 柚葉はさらりと言った。

『アタシは毎日兄貴に殴られてた』
 
 私は笑顔のまま固まった。

 柚葉のお兄ちゃん。黒龍の元総長だ。
 私からしたら青宗君だって十分喧嘩が強い。でもその青宗君ですら、柚葉のお兄ちゃんには手も足も出なかったそうだ。
 そんな人に、毎日毎日毎日毎日毎日、殴られる。
 八戒君の分まで引き受けて。

「だからアタシはいいよ。他の友達と行ってきな……あ、でもナンパとかされそうだね。やっぱ友達じゃなくて乾にしな。アイツ陽子限定で番犬なるし」

 私を気遣わせないためだろう、柚葉はからっと笑う。
 青宗君とプールや海。楽しいだろう。可愛い水着を見せたい気持ちもある。
 でも。

「ううん。私、柚葉と行きたい」
「……だから、」
「うん。行きたくないなら行きたくないでいいよ。でも私は行きたい。てか見たい。だって柚葉の水着姿、絶対超絶綺麗だし!」

 柚葉の腕を取って自分の絡める。柚葉の顔を覗き込むと、柚葉は「綺麗、って……」と困惑していた。

「だって綺麗じゃん! 柚葉初めて見た時綺麗な子ー! って思ったもん! うちの弟もさぁ、柚葉さんは次いついらっしゃるんですかお姉上様とか聞いてくるんだよねー。まぁあんなちゃらんぽらんに柚葉は渡さないけどね! てか柚葉と海行ったらナンパ大変そー! 青宗君……は嫌だよね! 八戒君ついてきてもらおっか! あっでも八戒君私にフリーズするから三ツ谷君か花垣君か松野君にもついてきてもらお! 柚葉、今までたくさんたくさんたっくさん頑張ってきたんだから、守ってもらおうよ! そんで、これからは楽しいことばっかしてこ! てかしなきゃ駄目!」

 柚葉がいかに最高かをマシンガントークで畳み掛ける。ただの事実だからスラスラ出てきた。

「柚葉は最高に素敵な子なんだから!」

 事実を朗々と伝えてから、柚葉に笑いかける。ぼうっとしていた。いつもより少しあどけなくなって可愛い。眼福眼福と眺めていると、柚葉は呆れたように唇を緩めた。

「陽子って、」

 掠れた声で私を呼ぶと、途中で切った。俯きながら、私の肩に頭を乗せてくる。
 綺麗で可愛くて、そしてなによりも優しい女の子の肩を抱き寄せる。カットソーの下で眠っている、たったひとりで弟を守ってきた勲章ごと包み込むように。









「ち、ちふ、ちふゆ、てぃ、てぃっしゅ……」
「もう、もう、もう、ずずーっ、ねぇよ……!」
「オマエら顔やべぇぞー。あれ、イヌピーどうしたんだよその妙な面」
「…………………………………………………………………………………………」



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