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▼ ざまあみやがれ(東卍ココ)

「ココのバカーーーー!!!!」

 麻美が突っ伏しながら号泣しているテーブルの上には、涙が海のように広がっていた。紙ナプキンで拭きながら「ボリューム落とせ」と諭す。

「だってぇ、だってぇ、わたっ、わた、し、よりも、乾優先……!」

 テーブルから顔を上げた麻美の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていたから、紙ナプキンを渡してやる。ずずーーっと鼻をかむ麻美に「そらイヌピーのが先約なんだから仕方ねえだろ」と言い聞かせるように諭しかけると。
 
「こんな一途で健気な美少女の誘い断るとか……ココのバカーーーー!!」

 マジ人の話聞かねえなコイツ。めんどいので放置し、チョコパに再び手を伸ばす。麻美はマリクワの手鏡を覗き込むと「げ、化粧落ちてる……! これも全部ココのせい!」と切れ始め、ナプキンでパンダとなった目の周りを拭い、化粧を始めた。

「おいここで化粧すんな」
「あと5秒だけー」

 と言いながらも、麻美は5秒経ったあとも化粧を続けた。コイツ………………。
  
「アイスとけんぞ」
「うう、食欲なぁい……」

 マスカラとアイシャドウを終えた麻美はぐすぐす鼻を鳴らしながらパフェを食い始めた。食欲なぁいとか言っているが普通に食っている。麻美は自分のことをか弱い≠ニかナイーブ≠ニ称するがメンタル強い……っつーか反骨精神がエグい。すぐヒスるし泣くが最終的には腹括れる覚悟がある。ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあうっせえけど。
 
 麻美はココがめちゃめちゃ好きだ。だがココは麻美に常につれない。勇気を奮ってデートに誘ったものの断られた麻美はオレに『話を聞いてぇえぇ!!』と泣きついてきた。麻美はココ関連で愚痴りたくなると100パーオレに泣きついてくる。女友達には意中の男に袖にされているという事実を告白することはプライドが許さねぇんだろう。くだらねぇがそれが麻美だ。変なプライドがエベレスト級に高い。

 麻美がオレに泣きついてくる理由。前はこれだけだった。
 だが最近はもうひとつ追加された。

「……あっ」

 麻美の声に反応し、何かと思って振り仰いだ先には店員に案内されている途中のイヌピーとココが、今まさしくオレたち席を通り過ぎようとしていた。イヌピーはわかりやすく顔をしかめているが、ココは平然としていた。嫌がっても驚いてもない。

「ちょっとココ! なんで乾といんの!!」
「だからイヌピーのが先約なんだって」
「断れよ!! 乾なんだから!!」
「クソ女マジクソ」
「はぁー!? クソ犬死ね!!!」 
「麻美ボリューム落とせ周りの人の迷惑なんだろ」
「だって乾がー! ……てゆーか!」

 麻美はココをきっと睨みつけた。ココは涼しい顔で麻美の鋭い視線を受け止めている。

「……なんかないの」
「なんかって」

 麻美は席を立つとオレ側の席に座り込み、オレの腕に自分の腕を絡めながら、啖呵を切るように言った。

「私! ドラケン君とデートしてんだけど!」

 麻美がオレに泣きつく理由は二つ。ひとつはプライドの問題。もうひとつはココを妬かせたいっつー魂胆からだ。
 
『麻美は押して押して押して押すっつー戦法じゃん。たまには引いてみろ』

 闘牛のごとくココに突っ込んでいく麻美にそう諭しかけたのが一週間前のこと。
 
『他の男にも興味あるって態度出してみろよ。そしたらあいつもちょっとは思うことあんじゃね?』
『……もうやったもん』

 麻美は悔しさと悲しみの入り混じった声で呟いた。

『前やったけど駄目だった。中学の時他の男と頑張って付き合ったけど、手つながれそうになっただけで無理だった。私どうでもいい男に触ったり触られたりすんの、無理』
『それどうでもいい男≠チてのココにもバレてたんだよ。オレ使え』
 
 麻美はぱちぱちと瞬きした。長い睫毛が揺れている。

『オレのこと、どうでもいい=H』

 にっと笑いかけると、麻美のでかい目に輝きが宿っていく。『大好き!』と言ってきた麻美は近所のピンクのリボンをつけたトイプーに似ていた。

 っつーわけで引き″戦を開始したわけだが。
 
「よかったじゃん」

 ココの平然とした態度に麻美は目を見張らせた。目が動揺で大きく震えている。

「よ、よかったって……!」
「篠田ドラケン大好きじゃん。よかったな」
「よくねぇよココ。ドラケンが可哀想だ」

 麻美は顔を青白くして口をパクパクしている。気をしっかりもてと言おうとしたら「あ、あのー……お客様……」と、店員がおずおずと声をかけてきた。眉を八の字に寄せながら、口角を必死に釣り上げている。愛想笑いなのがモロバレだ。

「お知り合いのようですし、積もるお話ありそうですし、よろしければご一緒のお席はいかがでしょうか。当店今大変混み合っておりますためそうしていただけると非常に嬉しいのですが……」
「あー……」

 この四人で飯食うとなるとオレが自動的にツッコミ役になる。クソ面倒臭い。イヌピーと麻美の喧嘩の仲裁すんのもだりぃし、けどそれ以上に怠いのは……。
 麻美に視線を滑らせると、涙目で唇を噛んでいた。悔しさと悲しみの入り混じった表情。どうして妬いてくれないのと顔に書いている。
 コイツまじで駆け引きできねぇんだな。まぁアイツがわかりづれぇのもあるけど。内心ため息をついてから「いいっすよ」と答える。

「えーいいの? デートの邪魔しちゃわるくね?」

 ココは笑いながら尋ねてくる。
 細められた目の奥の冷ややかな光を捉えながら「おう」と頷いた。

「しょっちゅうしてっから別にいーよ」

 ココの薄ら笑いにぴしりと亀裂が入ったような気がした。

「へーーー。そ。じゃ、お邪魔するわ。遠慮なく」

 ココはオレと麻美の向かいの席に座った。イヌピーも続く。イヌピーはオレの真正面に座ると、真剣な面持ちで、厳かに問いかけてきた。

「オマエしょっちゅう篠田に付き纏われてんのか」
「ちょっとなにその可哀想みたいなテンションの言い方!!!」
「可哀想だからだろ」

 ココがイヌピーの発言に口添えする。麻美の顔が一瞬強張り「可哀想じゃないし!」とヒステリックに反論すると、ココは冷笑を浮かべながら鼻を鳴らした。麻美は「なにその顔!」とキレる。悲しみを怒りに変えているタイプのキレ方だった。デカい目がうっすらと赤らんでいる。
 
 ……女ひとりに男二人で責めんなよ。ココとイヌピーに軽く軽蔑の眼差しを送ると、イヌピーはきょとんとし、ココはぴくりと目蓋の周りを痙攣させた。

「可哀想じゃねえよ」

 麻美の頭の上にぽんと手を置いた。

「麻美といんの楽しいし。一緒にいて飽きねぇし。じゃなきゃ遊ばねえよ」

 本心を口にしながら、ヘアセットが崩れない程度に麻美の頭の上でぽんぽん手を弾ませる。麻美が目を潤ませて感極まった感じで「ドラケン君……」と呟くと。

「ほーーーーら! ドラケン君私といんの超絶楽しいって!! 乾! あんたみたいな何考えてんのかわかんない短気なバイクバカとつるむより5億倍楽しいって!!」

 なんか調子に乗り始めた。んなこと言ってねぇよ。

「黙れ一円ブス(※1)。喚くんじゃねえ。オマエの声頭に響くんだよ。黙るか死ぬかどっちか決めろ」
「黙るか死ぬかなのはオマエだっつーの!」
(※1……これ以上崩しようがないブスの意)

 麻美がせせら笑いながら、テーブルの下で何かした。がたん、とテーブルが揺れる。イヌピーは「っ」と吐息混じりに呻いたかと思うと、殺意を漲らせた瞳で麻美を睨み付けた。

「テメェ……マジ殺す……」
「やれるものならやってみればぁ〜?」

 あーテーブルの下で、麻美がイヌピーの向う脛かなんか蹴ったんだな。麻美の浅はかさに頭痛を覚えていると、イヌピーが身を乗り出して対角線上の先にいる麻美の胸倉を掴もうとしていた。はぁーっと息を吐きながらイヌピーの手首を掴み「落ち着け」と諭しかける。

「落ち着いてられっか今日こそ息の根止めてやる……!」
「殺しやったらオマエ今度こそムショだぞ陽子ちゃん会えなくなんぞ」
「………」
「うわビビってる。だっさぁ〜〜!」
「麻美オマエもいちいち煽んなつーかそもそもイヌピー蹴んな」
「えー! か弱い乙女の蹴りをガードできない乾がしょぼいだけの話じゃん! 私悪くないもーん」
「ドラケン。バレねぇようにソイツやる」
「中卒ですらないアンタに完全犯罪とか無理に決まってんじゃんバ〜カ!」
「殺す」

 イヌピーは指の関節をポキポキ鳴らしている。戦闘モードに入っていた。手が付けられなくなる前に落ち着かせないといけない状況で、麻美はオレの腕にしがみついて「べ〜〜!」と舌を泳がせてせせら笑っている。コイツ等まじでオレより年上か? つーかココ、オマエも仲裁に入れやとオレがココに非難の視線を向けるのと同じタイミングで、麻美も得意満面で喋り始めた。

「私にはドラケン君がいるんだからね! 最強なの! アンタ達が逆立ちしても勝てない、」

 不意に、麻美の声が変なところで途切れた。

 麻美はぴく、と肩を震わせてから、テーブルの下に「……?」と視線を落とすと――硬直した。麻美の顔面が物凄いスピードで赤く染まっていく。ココとテーブルの下を何度も交互に見比べていた。ココは平然と澄まし顔で、水を飲んでいる。

「ココ? 何かしてんのか?」
「イヌピー守ってやってんの。暴力馬鹿女から」
「ちょ、ちょっと……!」

 散々な言われようにキレるのかと思いきや、麻美は顔を真っ赤にしたまま、口をパクパクしていた。

「は、離して!」
「無理。イヌピー蹴られたくねぇし」
「ココ……」

 イヌピーはじいん……としていたがオレはココと麻美の会話が気になった。離して=c…? 見た所、ココは麻美に触れていない。
 ……もしかして。

 視線を下に落とす。麻美の赤面の理由がわかった。
 麻美のキャメルのショートブーツが、ココの革靴に挟まれている。男女だから当たり前だが、麻美の足はココに比べると明らかに小さかった。

「あれ? さっきまでの威勢はどうしたぁ?」
「べ、べつに、ふつ、普通だし…………!」

 麻美が悲しそうだったり嫌がってたらココに『やめろ』と言った。麻美はダチだし妹のように思ってる。オレのが年下だけど。
 
 そう、嫌がっていたら。だが麻美は。
 
 もうほぼ茹蛸となっている麻美の表情を窺う。眉を吊り上げ唇をぎゅうううっと噛み締めている強気な表情だが、ふとした瞬間に眉が下がる。湿り気をはらんだ瞳をゆらゆらと揺らしながら、そわそわしていた。

 麻美は困っている。狼狽えている。
 だが全然、嫌がっていなかった。

 そんな麻美に、イヌピーは言う。

「オマエ何発情してんだよキモ」

 ――バァン!!!

 麻美は勢いよくテーブルに両手を叩きつけた。ふーっ、ふーっ、と猫のように威嚇しながらイヌピーを睨み付け、それから更に鋭い視線をココに送る。ココは「ん?」と余裕綽々の薄笑いを浮かべながら首を傾げた。ぶちんっと多分麻美の堪忍袋の緒が音を立てて切れる。

「帰る!! ドラケン君いこ!!」
「おいちょい待て。伝票。金」
「その二人に払わせとけばいいから!!」
「そういう訳にもいかねえだろ」

 麻美はオレを引っ張ろうと躍起だが麻美の力でオレを動かせる訳がない。「どーらーけーんーくーーーん!!」とオレを引っ張ろうとする麻美にお構いなしに伝票を取ると、ココと視線が繋がった。正しく言うと、オレの背中に隠れている麻美とココの視線が繋がった。麻美が慌ててオレの背後に隠れる。オレの背中をぎゅっとしがみつく手は燃えるように熱い。

 ぷちん、何かが小さく切れる音がした。

「末永くお幸せに」

 オレ達に向かって手を振るココから聞こえたような気がした。つーか、した。

 麻美の怒りのボルテージが高まっていくのがわかる。いつものお決まりの愚痴を叫ぶのだろう。オレはいつもそれに適当に流してきた。でもまあ、今回はオレもコイツに思う事がある。

「ココのバカーーーー!!!」
「あとめんどくせえ」
「あ゛?」
「おいクソ女バカって言った方がバカなんだよつまりバカはオマエだ」





 

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