拍手小説


▼ ふりだしにもどる(出られない部屋)




『25匹のサメのぬいぐるみを全部持たないと出られない部屋』


 という訳のわからない部屋に閉じ込められた私達は話し合いの結果、青宗君が15個、私は10個持つことにした。けど持ったはしからポロポロポロポロとサメのぬいぐるみはこぼれ落ちていく。1、2、3、4、5、6、7、8……あっ落ちたもっかい最初から……これを数回繰り返していると。

「やってられっか」

 青宗君がキレた。サメのぬいぐるみを全部叩き落とす。

「ぎゃー! 落ち着いて落ち着いて!」
「こんなクソだりぃこと続けられっか。デカさもマチマチだし持ちづれぇ。マジだりぃ、やっと10個持てたとこだったのに」
「そうだねあと5個だったね! もうちょいだったね! ドンマイドンマイ!」

 すっかりふて腐れている青宗君を宥めるけど、青宗君の機嫌は損ねられたままだ。むすううううと仏頂面を続けている。やばい、この状態がしばらく続いたら明日に響く……。こうしている間も時間は滞ることなく流れ続ける。青宗君が不機嫌を続ければ続けるだけ膠着状態が長引いてしまうことを恐れた私はとりわけ優しい声を出して、青宗君を宥めた。

「でも全部持たないと出られないしがんばろ? ね?」
「……」
 
 むすううううう。青宗君の不機嫌は続いている。
 
「ほら! がんばれがんばれ! 負けるな青宗君!」

 私の掌ほどの小さなサメのぬいぐるみを青宗君の顔にうりうり押し付けると、青宗君は目玉だけ動かしてちらりと私を見てから、ぼそりと呟いた。

「ボス思い出す」
「ボス? ……ああ! 柚葉と八戒君のお兄ちゃん! うちらとタメなんだよねー!」
「サメになりたがってた」
「どーゆーこと!?」
「知らねぇよ」

 青宗君の不機嫌モードは解かれたようだ。ふう、と胸を撫で下ろす。よかった……。今日は柚葉んちに泊まるんだから、一刻も早く帰りたい。柚葉の家というだけでも楽しみなのに、柚葉の家は超豪邸だ。なんとプールまである! あーはやく入りたーい!

「手で持てとは言われてないし、ポケットとかに入れてもいけんじゃないかな。やってみよ!」

 青宗君はこくりと頷いた。蛍光色のド派手なジャージのポケットにサメのぬいぐるみを忍ばせていく。「フードに入れてもいけそう!」と私は青宗君のジャージのフードの中にもぽいぽいサメのぬいぐるみを入れていった。

「あははは! サメ塗れだ! がぶがぶ! ……って、あと一個じゃん!」

 サメのぬいぐるみで青宗君を突いていると、床に転がっているサメのぬいぐるみがラストという事に気付き、素っ頓狂な声を上げる。

「青宗君……はもうパンパンだね。私もなぁー、片手で二個持ちはちょっときつい……あ、そーだ!」

 一回今持っているサメのぬいぐるみを置いた私は、へたりと座り込んで、リブショートのポロシャツのボタンを開けた。柚葉の家のプールに入るから、あらかじめ水着を着てきたのだ。よかったー! シャツの合間から姿を現わした谷間の中に、ぬいぐるみを突っ込む。「よし!」と頷いてから、一旦置いたサメのぬいぐるみを再び持つ。

『25個のサメのぬいぐるみ確認。施錠解除』

「よっしゃー! 出れるー! やーよかったねー、一時はどうなるかと思ったよー! あ、せっかくだしサメのぬいぐるみ記念に持ってかえ――」

 青宗君に笑いかけた瞬間、私は吃驚して固まった。というのも、青宗君がじいいいいいっと私をガン見していたからだ。正しく言うと、私の胸をガン見していた。

「……青宗君?」

 へんじがない。ただのしかばね……ではないけど、ただただガン見を続行している。

「せいしゅーくーん! お〜〜い!」

 青宗君の顔の前で手をぶんぶん振ると、青宗君はハッと我に返った。何かを確かめるようにぱちぱちと瞬きしてから、目つきを険しくする。

「それ」
「これ?」
「取れ」
「え? ああ、うん」

 まぁもういいしな。ミッションコンプリートした今、サメのぬいぐるみに用はない。胸に挟んでいたサメのぬいぐるみを取ると、青宗君は横から奪い取り、そして床に叩きつけた。憎しみの籠った投げ方にポカンと呆けてから『ああそういうことか』と悟ると、表情筋がふやけていった。

「青宗君」
「んだよ」
「ちょっと座ってくれる?」
「あ?」
「ちょっとだけ」

 不機嫌を滲ませながら私を見下ろしてきた青宗君の顔を、上目遣いで覗き込んでみせる。青宗君は頬を一瞬だけぴくりと痙攣したように震わせてから、無言でどさりと座ってくれた。「ありがと!」と笑う私を、青宗君は疑わしそうに見ている。何企んでやがんだという視線ににやりと笑いながら、胡坐を掻いて座り込んでいる青宗君の前で、私は腰をおろさず両膝を床につける。
 そして、青宗君の後頭部に手を回して、胸の中に顔を埋めさせた。

「はい! これであの子といっしょ! だから拗ねないの!」

 数秒埋めさせた後、青宗君の頭をわしゃわしゃ撫でてから立ち上がる。青宗君は高速で瞬きを繰り返してから俯き、深く長い息を吐いた。ぎろりと私を睨んでくる。

「オマエ、今から柚葉んち泊まんだろ」
「うん! プール入らせてもらうんだー! 超楽しみ! 明日はディズニー行くんだー! だから明後日まで我慢だね!」
「………………………………」
「うわ目ぇめっちゃ死んでる!! 大丈夫!?」
「大丈夫じゃねえに決まってんだろ」




prev / next

[ back to top ]



- ナノ -