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▼ ざまあみやがれ(出られない部屋)


『お互いの好きな所を10個言わないと出られない部屋』




「詰んだ。死ぬしかねぇ」

 この部屋を出られる唯一の脱出方法を電光掲示板が表示した瞬間、ココは冷静に死を悟った。

「ちょっと!! まだ一分も考えてないじゃん!!」
「10個だろ。1個でも思いつくのクソむずいのに10個とかノーベル賞取れって言われるようなモンだろ」
「なにそれ意味わかんない!! たくさんあるじゃん!! 一途なところとか!! 健気なところとか!!」
「オマエまじ国語苦手だな。健気の意味調べてみ? 恐喝する女に当てはまらねぇ説明文出てくっから」
「やめたじゃん!」
「やった事実は消えねぇんだよなぁ。オマエが健気だったら老若男女全員残らず健気だわ。あ、老若男女って意味わかる?」
「そーやっていつも私を馬鹿にして……! ムカつくムカつくムカつく!!」
「ならオマエが手本見せろよ」

 きーーっと地団駄を踏んでいると、不意にココが私に焦点を合わせた。

「言えんだろ。数年ストーカーしてれば10個くらい」

 温度の低い眼差しにひたりと捉えられて、息が詰まる。鼓動がはやまり胸の奥底が熱く泡立った。私の気持ちを全部見透かすような目から逃れるべく、顔をそらしてぼそっと答える。

「………………言わない」
「あ?」
「だってココは思いつかないんでしょ!! 私だけ言うの不公平だもん!! 言わない!! ココが言ったら言う!!!」
「ふーん。ま、オレはしらばく耐えれるからいいけど……オマエはいけんの?」

 ココはもじもじと擦り合わせている私の太ももに視線をちらりと走らせるとせせら笑った。
 
 ……! 気づかれてる……!

 そう。私はずっと、中程度の尿意を覚えていた。こうして喋っている間も尿意はどんどん膨らんでいく。

「意味わかんない! ふつーに余裕だし!」
「へー。じゃ、ゆっくり考えるか。時間はたっぷりあるしな。オレ疲れたから寝てくるわ」
「は!? 今すぐ考えてよ!」

 寝られでもしたら膀胱が破裂する。マジでヤバい。焦燥感に駆られた私はココの腕にしがみつくように掴んで引き止めた。

「見本見せてくれねぇと無理」

 けどココはべえっと舌を出して取り合わない。嘘、こいつ、マジでホント……! 焦りに比例して尿意も大きくなっていく。目の奥が熱い。視界がふやける。やだ、やだやだやだやだ……! 太ももを擦り合わせながら足踏みする私を、ココは不遜に見下していた。底意地の悪い瞳に今は反感よりも焦燥が勝つ。

「わかった! 今、言うから、だから……!」

 涙目で必死に懇願したその時だった。電光掲示板がチカチカ点滅して、文字が変わる。

『どちらかが龍宮寺堅の好きな所を10個言わないと出られない部屋』

「かっこいいところ!」

 私は即座に意気揚々と答えた。

「下心無しで優しくしてくれるところ! リーダーシップあるところ! 私の話ちゃんと聞いてくれるところ! 面倒見めちゃめちゃいいところ! 実は甘いもの結構好きなところ! ノリいいところ! 私が乾のクソバカにいじめられてたら助けてくれるところ! モテんのに女遊びしないところ! 紳士なところ!」
『10個確認。施錠解除』
「よし!! 楽勝!!!」

 破裂寸前の膀胱以外今は何も考えられない。私は即座にドアを開けて、一目散に飛び出そうとして――

 ――ドンッ!

 何故か開きかけたドアが再び閉められる。私の頭上で手がドアを押していた。予想だにしない出来事に頭が真っ白になる。勢いよく振り仰ぐと、ココの無感動に私を見下ろす目とぶつかった。

「ちょっと! なに!?」
「嫌がらせ」ココはべえっと舌を出す。
「はぁ!? 何でよ!!」
「さぁ?」

 ココは肩を竦めてから、底意地の悪い笑顔を浮かべる。けど切れ長の目の奥は、笑っていなかった。乾は表情こそは乏しいけど、案外感情の揺れ幅に波がある。すぐにキレる現代の若者。けどココはその逆だ。基本的にいけ好かない笑顔を浮かべながらも、感情の揺れ幅は一定だ。キレる事は少ない。そのココがキレている。いつもの私ならココの変化に気付いて動揺するけれど。
 
「はぁああぁあぁ!? 手ぇ離してよ!!」
 
 今はとにかく!!!! トイレに行きたい!!!!!!!
 頭の中が一部の隙もなくトイレ≠ノ埋め尽くされている私は、ココの変化に気付ずただただ一心不乱にトイレを求めた。
 
 必死にドアノブをがちゃがちゃ鳴らしてドアを押そうとしているのに、暴走族の男といたいけなJKという男女の力の差は明確で、ココに抑えつけられているドアは梃子でも動かない。

「オマエほんとに出る気あんのかよ。抵抗されてる感全然ねぇんだけど?」
「か弱いんだから仕方ないでしょ!! ちょ、マジ……!! ねぇ!! お願い!! ちょっと!! やだ、誰かー! 誰か助けてーーーー!!! ドラケンくーーーーん!!」
「オマエまじで馬鹿だな」
「なにがよ!?!? どこがよ!?!?」
「火に油を注ぐところ」
「意味わかんない!!!」





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