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▼ 世界が終わるのはこんな日だ(出られない部屋)




『きらきら星をリコーダーで演奏しないと出られない部屋』

 何故だか理由はわからないけど、わたし達はふざけた部屋に閉じ込められた。意味わからん。本当に意味わからん。はぁ……? と眉をひそめるわたしの隣でマイキー君はスエットのポケットに両手を突っ込みながら「ほうほう」と興味深そうに頷いていた。こんな意味わからん部屋に閉じ込められたというのに、全く動揺していない。度胸があるというか図太いというか……。

「なんでリコーダー……? なんできらきら星……?」
「リコーダーできらきら星吹かれるのが好きなんじゃね?」
「誰が」
「さぁ」

 適当すぎる。……まぁ、こんな理屈とか常識が通用しないヘンテコな部屋に思考を割くのは不合理だ。本当に出れるかわからないけど脱出方法は提示されているし、すぐに取りかかれる。白いテーブルの上に置かれているリコーダーをふたつ取り、ひとつをマイキー君に向けた。

「はい。さっさと終わらせよ」

 てかこのリコーダー誰のものなんだろ。咥えるところ一応吹いとこう。ハンカチで拭いているとマイキー君はあっけらかんと言った。

「オレ、リコーダー吹けないよ」
「……はい?」
「だからぁ、リコーダー吹けねぇんだって」
「え、小学校の時授業、」

 で習わなかった?
 続きの言葉は、傲慢不遜が滲みまくっているマイキー君の顔を見ているうちに悟って散り散りに消えていった。
 この人が、授業に出て大人しくリコーダーを習うわけがない。





「これがド、これがソ、」
「菜摘手ぇチビだなー」
「今わたしの手の大きさはいいから。ドードーソーソー」

 マイキー君は閉じ込められている状況に全く危機感を覚えてないし集中力ないしでなかなか進まない。現に今も「腹減ったー」とか言っている。

「出たらなんか食べれるから我慢して。ほら」

 真似してと言外に含めてドードーソーソーと吹いてみせると、マイキー君は「んー」と頷いてからわたしの指をじっと見つめながら吹いた。わたしの指の動きを真似してリコーダーの穴を塞いだり開けたりしている。真剣というわけでもないけど、比較的真面目にリコーダーを吹いているマイキー君に、わたしはしみじみと思う。

 金髪だし長髪だし喧嘩ありえないくらい強いしカリスマ性とかすごいけど、マイキー君も中学生なんだ。わたしと同じ、中学生。
 心のなかで噛みしめるように唱えると、静かな喜びがゆっくりと広がっていった。
 
「菜摘何でにやけてんの? エロい事考えてんの?」

 コイツは…………。

「うわ、すげー目。ゴミを見る目じゃん」
「ゴミみたいな事言うからでしょ。……せっかくいい気分だったのに」
「いい気分?」

 マイキー君は猫のような大きい目をきょとりと瞬たかせた。あ。思わず本音が零れ落ちていた。マイキー君は男子中学生より子どもっぽい時も多いけど、大人びた眼差しで周囲を見渡しながら達観した口ぶりで滔々と話す事も多い。東京卍會の総長として名を馳せているマイキー君とそこら辺にいる中学生代表のわたしは住む世界が違うのだと思い知らされることが多い中、わたしとマイキー君は同じ中学生なんだという事実に喜びを感じていた……という事実を素直に告げるほどわたしは素直な性分じゃない。

「別にいいでしょ」 
 
 照れると口調がぶっきらぼうになり早口になる可愛げのないわたしは、例に漏れずそっけなく返した。

「よくねーし。言えって」
「いいから。ほら、リコーダー。れんしゅ――」

 顔をぐいっと掴まれたかと思うと、あっという間にくちびるを塞がれた。あ、また。何回注意しても言う事を聞かない苛立ちと、それ以上の甘ったるい何かが胸の奥に広がって、

「言え」

 どうしようもなくなってしまう。

 命令口調なのに、甘えを帯びた声色だった。ああ、もう、いつからわたしはこんな馬鹿女に……。マイキー君にすっかりほだされまくっているくせにそれを認めたくないわたしは体裁を取り繕うためにため息を吐いてから、しょうがなくといった体で答える。

「……同じで嬉しいから」
「? どゆこと?」
「だって、マイキー君とわたし全然違うじゃん。マイキー君、総長とかやってるし、なんかすごい色んな人から尊敬されてるし。けど、リコーダー吹いてるマイキー君見たら、わたしと同じ中学生なんだなって思えて……だから嬉しくてにやけてたの。そんだけ。もういいでしょ」

 もともと恥ずかしかったけど、気持ちを言葉にしていく内にさらにむず痒くなって最後らへんは早口になってしまった。しかも何故かキレ気味で切り上げた。ああああ、こういうのホント恥ずい。彼氏に『大好き!』とか『ずっと一緒にいようね!』って言える人って脳みそどうなってるんだろう。

 とかそんなことを思っていたら、マイキー君はリコーダーをぽいっと捨てた。は? 目が点になる。

「え、ちょ、何やってんの?」
「この部屋、出られねぇって事は誰も入れねぇって事だろ? じゃあさ、いちゃつけんじゃん」

 マイキー君はにっこりと笑い、わたしの腰を掴んで引き寄せた。あっという間にマイキー君の腕の中であることを認識すると、体の中でぶわぁっと何かが弾けて、体温が一気に跳ね上がる。

「ちょ……! この緊急事態に何言ってんの!」
「だって菜摘いちゃつかせてくれねーじゃん。人来るとか見られたら恥ずいとかでさ。ここならぜってー誰も来ねぇんだしよくね?」
「よくねってね君、今わたし達閉じ込められてて、」
「菜摘」

 マイキー君は、じいっとわたしを見つめる。目と鼻の先にある、深い黒を湛えた大きな瞳に吸い込まれそうな錯覚を覚ると、自然と息が詰まった。
 真空の世界に閉じ込められたような静けさの中で、マイキー君の薄いくちびるが、ゆっくりと動いた。

「駄目?」

 こてんと首を傾げておねだりされるともう駄目だった。ああ、この、ほんっと………。わかっててやっているあざとさに憤りを深く覚えながらもそれ以上に、どうしようもないほどの何かがわたしを支配する。

「………しょーがな、んっ」

 仕方なくOKしますの合図を取ることで、マイキー君が言うから仕方なく受け入れてやったという体を取りたかったのに、天上天下唯我独尊男は私の意向を普通にガン無視し、あっという間に自分のペースに持ち込んでくる。ていうかだから急にキスするなって何回言えば、うわ舌入れてきた! 人に見られたら――、
 
 …………見られないから、まあ、いっか。

 脳みその中で恋愛という麻薬がわたしの理性を溶かす。とうとう完璧に馬鹿女になったわたしはそっと目を閉じて、マイキー君のうなじに腕を回した。






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