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▼ ふりだしにもどる(東卍イヌピー)


「ただいまー!」

 どんがらがっしゃーーーん。雪崩が起きたような音が轟いた。音の出先は――ねーちゃんの部屋だ。

「……陽子さん……!?」

 ねーちゃんをイヌピーに取られた今もまだねーちゃんを好きなハジメが血相を変えて「お邪魔します!」と慌ただしくオレんちに上がり込んだ。ハジメは礼儀正しいなー。オレは鼻をほじりながら家に上がる。って、ん?
 玄関に視線を落とすと、何回か見覚えのあるブーツが並んでいた。

「陽子さん! 大丈夫ですか陽子さん!!」

 何回もうちに来ているハジメはねーちゃんの部屋を完璧に把握していた。ドアをどんどんと叩きながら救急隊員の如く必死に呼びかけている。

「は、ハジメ君!?」
「そうですハジメです! お邪魔してます! 大丈夫ですか!? 何があったんですか!?」
「うん! 大丈夫! 大丈夫だからちょっと待ってね!」
「ホントですか!? 怪我してないですか!?」
「ホントにだいじょ――」

 ドアの向こう側から聞こえる慌てふためているねーちゃんの声が途切れた。がちゃり、とドアが乱雑に開けられて、

「大丈夫だつってんだろクソガキ」

 不機嫌感を120%出しているイヌピーが現れた。

 ハジメの瞳から切々とした焦りが消え、代わりに憎悪の炎が燃え上がる。ハジメはイヌピーがとにかく嫌いだ。本当に嫌いだ。え、人ってこんなに人を嫌えるんだ……! と感動するほどに嫌いだ。
 ねーちゃんのバイト先(の隣の隣のビル)が火事に遭った後、ねーちゃんが無事だったことを知ったハジメは号泣した。ねーちゃん以外の事だとクールなハジメの泣き顔を見るのは初めてだった。
 
「心配かけさせてごめんね」

 ねーちゃんは少しかがんでハジメに眉を八の字に寄せながら笑いかける。あれ、と思った。朝のねーちゃんと違い、悲壮感がなくなっている。イヌピーと一緒に戻ってきたし、ん? ということは………。

「ほらほら、泣くな泣くな! 私元気だから!」

 ねーちゃんは笑いながらポケットからハンカチを取り出して、ハジメの涙を拭う。ねーちゃんにマジ惚れしているハジメはボンッと瞬間湯沸かし器みたいに顔を赤くした。ねーちゃん以外にはクールな以下略。その様子を目を眇めて面白くなさそうに眺めていたイヌピーが、ねーちゃんを呼ぶ。

「中野」
「ん――!?」

 イヌピーは振り仰いだねーちゃんの顔をぐいっと掴んで、チューした。
 初めて見る生のキスシーンだった。
 うわーーー。頭の中でコロ助が「はじめて〜のチュウ〜」と歌っている映像が流れる。いや付き合ってるからチューするよな。多分初めてじゃねえよな。じゃあ何回目かの〜チュウ〜〜だ。って、ハジメは今――隣に視線をスライドさせる。

 ハジメは、固まっていた。顔が青白く染まっていた。

「な、何してんねん!!!」

 顔を真っ赤にしてキレてるねーちゃんがイヌピーをぶん殴る。「ってぇ」と呻いているイヌピーを置いて、ねーちゃんはハジメの肩を掴んだ。

「ハジメ君!? ちょ、魂、魂が……! 口から魂が出てるーーーー!!! ちょっとイヌピー君いたいけな小学生の前で何やってんのーーー!?」
「ガキでも男は男なんだよ」

 キリッと表情筋を引き締めて強く言うイヌピー。顔が良いから格好良く見えるけど頬に平手打ちがくっきりついているから何も決まっていない。「イヌピークソださいよ」と一応突っ込んでおいた。

 とまあそんなこんなで、ハジメはイヌピーを憎んでいる。パソコンの授業の時『トリカブト 入手方法』『完全犯罪 やり方』『体格差 覆す方法』『ゴルゴ13 連絡先』と調べていた。ハジメの家、子どもにパソコン使わせてくれないからなぁ……。

「オマエ……! 何陽子さんの部屋に居座ってんだ!!」
「付き合ってるから。じゃあな」

 ドアを閉めようとしたイヌピーに「えー!」とオレは抗議の声を上げる。

「んだよ」
「四人でスマブラしようよー! 四人でやるスマブラが一番楽しいんだよー!」
「そ、そだね! 四人でしよっか!」
 
 ドアを開けてねーちゃんが出てくると、ハジメの頬が薔薇色に色づいた。瞳から憎悪が消え失せ、恥じらいに揺れている。なんでコイツこんなにねーちゃん好きなんだろう。家では「すらむだーんく」とか言いながらゴミ箱にゴミを投げ捨て失敗したら「それ捨てといてー」とオレに命じるような女なのに……。

「ハジメ君さっきは心配してくれてありがとね」
「い、いいえ! オレは陽子さんの為なら例え火の中水の中草の中森の中……!」

 土の中雲の中あの子のスカートの中〜と心の中で歌ってると、イヌピーはねーちゃんを「陽子」と引き寄せた。いつの間にか下の名前で呼ぶようになったんだよな〜。
 
「続きやろう」

 イヌピーのおねだりに、ねーちゃんは「ちょ、ちょっと……!」と顔を赤らめる。何の続きだろう。話しの全貌が掴めず、オレは首を傾げる。

「ねーちゃんとイヌピー何してたん?」
「えっ、えーーーーっとぉ……ちょっと青宗君!」

 ねーちゃんはイヌピーに後ろを向かせて、二人で内緒話を始めた。

「小学生の前でそーゆー事言わないでよ!」
「あ? オマエから誘ってきたんだろうが。責任持て」
「あ〜〜〜まあそうだけど〜〜〜でももう今日は無理だって……!」

 ヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソ……。
 ねーちゃんとイヌピーは小声でずっと何かを相談している。途切れ途切れ聞こえてきた言葉によると、なんかねーちゃんが誘ったらしい。何を? ジェンガ? ジェンガならオレ達も今から参戦すればいいじゃん。そう提案しようとした時、オレはねーちゃんの異変に気付いた。

「ねーちゃん、首、虫にさされてる」

 ねーちゃんが硬直した。

「えっあっ、そ、そうなの!?」
「うん。痒くねえの?」

 よくよく見れば、まあまあ刺されてる。しげしげとみているオレから隠すように、ねーちゃんは首筋を覆った。あれてかイヌピーもある。ねーちゃんの部屋蚊にたかられすぎじゃね? 

「イヌピーも蚊にさされてるよ。ムヒ持ってきてやるよー」
「いらねえ。虫刺されじゃねえし」
「ちょっと青宗く――ぎゃあ!?」

 ハジメが白目を剥きながらぶっ倒れた。なんで?




 

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