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▼ 世界が終わるのはこんな日だ(場地君生存if)

問1 石灰水を白くにごらせる性質がある気体は?
答え(牛乳)

問2 日本文に合うように語句を並べかえてください。 
私は今日宿題を終わらせなければなりません。
( must / today / finish / my homework / I / . )
答え(Watati wa kyou syukudai owarasenakerebanarimasen.)

問3 半径5mの円の周の長さはいくつか。
答え(ジョーギもってくんのわすれた)


「どう…だ…!?」

 どうだもへったくれもない。

 合っているんじゃねえか…!? とでも言いたげな期待を宿した眼差しをわたしに向けながら、場地君は厳かに問いかける。なんでこれで正解してるかもと思えるのか問いただしたい気持ちを必死に抑えながら「あのね」とできるだけ冷静に言った。

「問1。気体って書いてるでしょ。牛乳は水だよね」
「あっ! ホントだ!」
「アハハハ! ば〜〜〜か!」
「んだとコラァ!?」

 ああ。どうして不良って皆血の気が多いのかな。げらげら笑うマイキー君につかみかからんばかりの勢いの場地君に「落ち着いて」と痛むこめかみを抑えながら諫めると、場地君は忌々し気に舌を打ってから居住まいをただした。

「後で覚えとけよ。川原に感謝すんだな」
「忘れてなかったら覚えとくー」
「てんめこのクソマイキー!」

 場地君のこめかみに血管が浮かんだ次の瞬間、彼はマイキー君に飛び掛かっていた。マイキー君はげらげら笑いながら繰り出されるパンチを避け、わたしはそんな二人を白い目で見ている。なんで不良って、というか男子ってすぐふざけるんだろう。さっさとやってさっさと終わらせた後に好きに暴れた方が効率良いのに。

「馬鹿過ぎてダブったダチがいんだけどさ、もうどっから勉強すればいいかわかんねえんだって。オマエ、勉強好きじゃん? 教えてやってよ」

 と頼まれてから三日。場地君の成績が上がる未来が全く見えない。あと私は勉強が好きな訳ではなく志望校に受かる為、輝かしい未来を手に入れる為に勉強しているだけだ。

「場地君、いい?」

 いつまでたっても喧嘩をやめない二人にため息を吐いてから、冷たく呼びかける。すると場地君は我に返ったように「はっ!」とした。姿勢を正し、もう一度わたしに向き合う。

「またやっちまった! わりぃ! 続けてくれ!」
「うん。問2なんだけど、まず、問題文を読もうね。日本文に合うように並べてって書いてるでしょ?」
「うわマジかよ。気付かなかった」
「ば〜かば〜か」
「マイキー君次馬鹿って言ったらもう二度とウィーアー吹かないからね」
「えー! やだー!」
「じゃあ言わない。あと一応言っておくけど、私をローマ字表記するならWatatiじゃなくてWatashiね」
「オマエそんなことまで知ってんのかよ…!? 天才だな……!」
「うんありがとう。で、この語句からだと何から始まると思う?」
「ゴクってなんだ」
「うん、そこからね。ゴクってのは言葉ね。英語は主語…一人称から始まるから、何になると思う? 一人称ってのはオレとか僕とかそういう言葉ね」
「菜摘場地ばっか構うなよー」
「だからマイキー君も一緒に勉強しようって言ってんじゃん…」
「それはヤダ」
「わかった! オレ・オワラセル・シュクダイ・キョウ!」
「だから語句、ああ語句は駄目だ、ここの言葉から選ぶの。ほらアイラブユーってあるでしょ? アイは一人称です。さあ、何になると思う?」
「………! Iだ!!!!」

 進研ゼミの販促漫画の主人公のように目を輝かせながら正解(一部分)にたどり着いた場地君。「そっか、そうなんのかヨ!」と狂喜している。こんな漫画よく送られてくるな……とわたしは疲労感に包まれながら場地君を生暖かい目で見つめた。

「菜摘ー、たい焼き食うの尻尾から派? それとも頭から派?」
「尻尾。よし、次なんだけどね。いつもだったら主語の後に動詞、つまり動くことを表す言葉が入るんだけど、英語は先に〜しなければならない≠ェ入るの」
「なんでだ」
「なんでなんだろう。それはわからない。ごめんね」
「気にすんな! 誰にでもわかんねー事はある!」
「うん、気遣いありがとう。それでさっき場地君オレ・オワラセル・シュクダイ・キョウって言ってたけど、英語はそういう言い方すんの」
「変じゃね?」
「文化の違いだね」
「菜摘ー、プッチンプリンと牛乳プリンどっちが好き?」
「牛乳プリン。で、場地君。そうなるとしたら次の語句…じゃない言葉は?」

 二時間かけて場地君に英語の説明をし、十五分の休憩を挟んだ後、いよいよ最後の問題に取り掛かる事になった。不貞腐れたように頬を膨らませながら紙飛行機を作っては飛ばしているマイキー君を無視し、わたしと場地君はげっそりした顔で向かい合う。

「それ…で、最後の……問題なんだけど……これ、定規なくても長さわかんの」
「…………!? ま、マジかよ……!?」
「うん、そうなの。公式を使えば長さわかるんだ」
「お、教えてくれ!!!」
「うん、今教えるね」

 わたしはプリントに『2×π×半径』と書いて、場地君に見せる。場地君は目を細めて訝しがるようにπを見入った。

「んだコレ。何語だ」
「何語かはわたしも知らないんだけど、パイって言って、」

 突然、ブーーッと何かが噴き出す音が沸き上がった。ぎょっとして見ると、マイキー君がお腹を抱えてげらげら笑っている。

「あはははは! パイだって! おっぱいじゃん!」
「そ、そう言われてみれば…! 確かに、これ、おっぱいに見えなくもねえ! すっげーなマイキー!」
「ひーーー! 菜摘エロ〜〜〜〜〜!」
「アンタ結構下ネタいける口なんだな! ギャハハハハハ!」

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 ぷつん。

 わたしは無言で立ち上がり、ドアに向かう。「え、どした?」と不思議そうなマイキー君の声が聞こえた。
 ゆっくり振り向いて、二人を見下ろす。マイキー君は泣きながらお腹を抱えていて、場地君は今まさに「ギャハハハハハ!」と仰け反って笑っていた。

 どうして男子って、すぐふざけるんだろう。
 
「一生ダブり続ければ」

 怒りと軽蔑をふんだんに籠めながら言い放つと、東京卍會総長と一番隊隊長は氷づけられたように固まった。






「どーすんだよ! 場地のせいで菜摘キレたじゃん!」
「オマエが言いだしっぺだろーが! マイキーはいつもそうだ! タンポンをダイナマイトだとか言いやがった事をオレはまだ忘れてねーからな!」
「だってそっくりじゃん! 場地だって『これぜってーダイナマイトだ!』って納得してたってこんなバカに関わってる暇はねえ! 菜摘ーーーーー! たい焼き十個あげるからーーーーー!」
「川原ーーーー! これ以上オフクロを泣かせる訳にはいかねえんだーーーー!!!」




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