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▼ マイキーの隣の席

 滅多に来ない佐野くんは、今日珍しく学校に来ていた。来たと言っても、机に突っ伏してずっと寝ている。ブリーチを重ねたあまり、ギシギシに痛んだ金髪が、風に吹かれる度にそよそよと揺れている。
 普段佐野くんが来たとしても、妙な因縁をつけられたらかなわないので、できるだけ彼を視界から外そうと懸命に努力する。だけど、今日はかってが違った。

 佐野くんの足元に転がっている、小さな消しゴム。わたしのものだった。

 取りたい、だけど、取りに行って起こしてしまい不興を買ったらと思うと、身が竦んで動けなかった。

 眼力で物を動かせるのなら、わたしはとっくに消しゴムを操って、不死鳥のごとくわたしの元へ蘇らせただろう。そろそろ何かの念が宿っているんじゃないかと思うほど、ずっと消しゴムに視線を注いでいる。けど、一向に動く気配がない。

 休み時間の時に、コッソリ取りに行こ…。残りの十五分、絶対に板書を失敗しない事を誓い、消しゴムの救出を諦めた時だった。
 腕の中に蹲っている痛んだ金色の髪の毛が小さく身じろいだ。「んん…」と掠れた呻き声が続き、佐野くんはゆっくりと上半身を起こした。頭をガシガシ掻きながら、ぼうっと前を見据える。焦点の定まらない瞳がまだ眠気に浸っていた。
佐野くんは端正な顔立ちを崩すような大きな欠伸をしながら、両腕と両足を伸ばす。消しゴムに当たった事に気づいたようで、怪訝そうに机の下を覗き込んだ。

「これあんたの?」

 あんた≠ェわたしを指している事に一泊遅れてから気づいた。「う、うん」と頷くと佐野くんは足で消しゴムをボールのように軽く蹴り、机と椅子の間に移動させ、椅子に座ったまま身を屈めて腕を伸ばし、消しゴムを拾った。

「はい」

 佐野くんに消しゴムを差し出されて、慌てて両手を水を掬うような形に変えると、佐野くんはそこに落としてくれた。

「あ、ありがと」
「どいたまー」

 佐野くんは無気力にそう言うと、また大きな欠伸をした。「眠い」と呟いて、もう一度机に突っ伏す。すぐに寝息が聞こえてきた。

 消しゴムは佐野くんのぬくもりが移ったのか、生暖かった。






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