男女倉庫


▼ 絶対特権/ドラエマ

「え〜なにそれ〜」
「マジやばいウケる〜」

 全ッ然ウケないんですけど。

 ケンちゃんに群がる女たちに心の中でそう毒づいた。

 ケンちゃんはモテる。東卍の2だからという地位もあるけど、デリヘル嬢に囲まれて育ったからか、同年代の女子に対して無暗にがっつかないし、立ち振る舞いが大人っぽい。身長も高いし面倒見良いし、なにより、優しい。

 現に今もケンちゃんは溜まり場で興味ない女達に囲まれていても(絶対ケンちゃんは興味ない! ないったらない!)、嫌な顔一つせず「何がンなウケんだよ」と鷹揚に笑っている。優しいのも問題だ。突っぱねればいいのに。ていうか突っぱねろ。オレにはエマしかいらない。女絡みいらんって言え。

 ぎりぎりと奥歯を噛みながら怨念の籠った眼差しを女達に送り続ける。睨むだけじゃなくて直接ケンちゃんに近づかないでよと乗り込みたい。だけどできないのは、ウチはケンちゃんの彼女じゃないから。
 マイキーの妹のウチは、他の女よりは特別だと思う。だけど彼女じゃない。彼女なら当然得ている権利を、ウチは宿していない。
 嫉妬心よりも遣る瀬無さが上回り、しゅるしゅると気分が萎れる。隙間風のような寂しさが心を通り抜けた。

 ……もう帰ろっかな。踵を返そうとした時だった。

「ねぇねぇ、ドラケンの髪ってどうなってんの?」

 女が猫撫で声で話す内容に、頭の一点が燃やされたようにカッと熱くなった。

 ウチは彼女じゃない。彼女じゃないけど、ウチのものじゃない、けど、ふざけんな。

 ブリーチを繰り返したせいで痛み切った金髪を三つ編みにする朝の作業。文句を垂れながら、ほんとは、嬉しかった。
 ケンちゃんが時間ないからやってと頼むだけで、ウチに与えられた特権じゃない。だけど、でも、でも、
 
 女の指がケンちゃんの髪に近づいてく度、嫉妬心がひりついて、胸が焦げていった。

「それはなし」

 不意に、ケンちゃんが頭を反らして、さりげなく避けた。

「えーなんでー」
「セットが崩れんだろ」
「そっと触るから〜」
「髪触られんの苦手なんだよ」
 
 平坦な声で穏便に『ノー』を繰り返すケンちゃんは話を切り上げるように踵を返した。
 切れ長の目が、真っ直ぐウチを捉える。
 凄んでいる訳でも怒っている訳でもない。だけど強い眼差しに息が詰まった。

「帰んの」

 真っ直ぐウチの元までやってきたケンちゃんは淡々と訊いてきた。つっけんどんな尋ね方だけど、怒っている訳じゃない。そのことをウチは知っている。

 こくりと無言でうなずく。ケンちゃんは「送ってく」と言い、ウチに背を向けた。きっと行き着く先はウチのライバルのもとだ。

 ケンちゃんの後に無言で着いて行く。頭の中にとろみのある液体が満ちているせいで、周りの喧騒が遠ざかって聞こえた。足の爪先の感触が薄くて、ふわふわと宙に浮いているような、そんな感覚で歩いていく。

 髪触られんの苦手なんだよ。
 ケンちゃんのぶっきらぼうな声が、耳の中でずっと反響している。

 なんとなく俯けていた顔を上げると、金色の弁髪が左右に揺れていた。猫じゃらしに飛びつく猫の心境ってこんな感じかな。手を伸ばして毛先にそっと触れる。傷んだ髪の毛はいつも通りざらざらしていた。

「何」

 前を歩くケンちゃんにつっけんどんに問いかけられる。不機嫌な訳じゃない。ケンちゃんは声が低いから怒っていないのに怒っていると誤解されがちだ。マイキーに付き合えるケンちゃんが短気な訳ないのにね。

「何にもー」

 手を離し、ケンちゃんの髪の毛の感触を確かめるように、親指と人差し指を擦り合わせた。

 髪の毛には神経が通ってないし体温も宿っていないとこの前理科の授業で習った。ほんとにそうかなぁ。科学的に証明された確かな事実が、どうにも信じられない。

 だって、こんなに熱いのに。

 指先に残る熱を逃さないように、もう片方の手で包み込んだ。



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