さいきょう の じゅもん





 1989年生まれの私は2017年の今、28歳だ。成人過ぎてから8年。月日が経つのは早いものである。目まぐるしく時は流れ大学を卒業し入社し一応社会人となった今――、
 私は、JKの時の制服を着ていた。




 何故こんなことをしたのかというと、青宗君にキャッキャッと騒いでいるJKに触発されて、だ。最近ドラケン君と青宗君はJKにきゃあきゃあ言われている。自転車のパンクを直してから懐かれるようになったらしい。

『イヌピーゴムほどけてるよー、うち結んであげよっかぁー?』
『いい。無理』
『イヌピーまじ塩〜! ね〜ドラケンどう思う〜?』
『イヌピー大抵の奴それだから。気にすんな』

 高い声でキャッキャッと楽しげに笑っているJK二人はさながらヒヨコのようで微笑ましい。そう。微笑ましい光景だ。
 
 だけどぬわ〜〜〜〜〜んでこんなに胸の中に真っ黒なものがあるんだろうな〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜?

 胸を中を巣食いまくっているドス黒い感情に身悶えしながら、壁に背を預けて耳をそばだてる。いやいや私は大人、もうすっかり大人、そんな、まだ生まれて16〜18年しか経っていないヒヨコに闘争心だなんて嫉妬心だなんてそんなまさかそんな……。言い聞かせるように『嫉妬してない』と心の中で唱えながら、店の中をこっそり覗く。

 生まれてから16〜18年しか経ってない女の子達。
 剥きたての卵のように、ぷりっぷりの肌をしていた。
 チェックのミニスカから伸びている足は健康的な肌色で、内側から瑞々しさを訴えている。弾ける若さ! ピチピチフレッシュ! 

 自分の頬に触れてみる。

 ……………………………………。

 私は無言で踵を返し、とぼとぼと家に帰る。帰ってきた青宗君はご飯を食べたらいつもの如く私を膝の上に乗せて触ろうとしてきたけど『疲れてるからごめん』と拒否した。萎れていた青宗君に罪悪感を抱きながら、私はスマホを持ち込んで浴室に籠る。半身浴でパックをしながら目を血眼にしてエステの予約を取った。

 青宗君との付き合いが十年を突破したことに胡坐をかき、また仕事と家事のWパンチで疲れていた私は自分磨きを怠っていた。ここ最近のツケを払うようにエステに行き、高いトリートメントと高い美容液を買った。その甲斐もあってか最近は髪と肌が良い感じだ。よかった、青宗君の誕生日までに間に合って! 星野源の『恋』を鼻歌でくちずさみながら寝室で衣替えをしていく。
 
 最近青宗君は仕事が忙しく、あまりちゃんと喋れていない。寂しいけど秘密裏に自分磨きを行えることができた。うんうん、ある意味良い感じのサプライズっしょ! 明日勝負下着はこーっと! 満足気に私は頷きながら、衣替えを進めていくと、去年買ったカーディガンの下にあるチェックの何かに既視感を覚えた。

 そういえば…………。

 引っ張り出すとそれは案の定制服のスカートだった。当時愛用していたリボンも出てくる。青宗君と同棲を始める時に適当に家の服をぽいぽい段ボールの中に入れて行ったのだ。絶対にもう着ないだろって服を入れるとは大雑把な私らしい。あー、思い出した。去年も『もう着ないわ』と思いながら収納ケースにしまい直したんだよね。捨てようかと思ったけど高校三年間の思い出が詰まっているので、なんとなく捨てがたい。

 スカートを眺めているうちに、昔の記憶がゆるやかに流れ込んできた。ナナコって子にハブられたり当時はそれを認めたくなかったり青宗君に出会ったりユカリに慰めてもらったり柚葉に守ってもらったり……私も昔はJKだったんだよなぁ……。しみじみ思う。
 青宗君も昔よりは喧嘩っ早くなくなった。クレーマーにも手を出さずに耐えている。こめかみに血管は浮かんでいるけど、あの青宗君が手を出さずに耐えているのだ。あのオレは女だとか関係ねぇ全員ぶっ殺してやると息巻いていたらしい青宗君が。
 そんな風にキレる若者の代表例だった青宗君が今じゃ立派に社会人やってることに青宗君のお母さんは号泣し『青宗をよろしくね』と頼まれた。そういうのって普通男が女の親に言われるんじゃね? と松野君が言っていたけどまぁ2017年なので。新しい時代なので。

 ……制服……。

 D&Dに来ていたJK達を思い出すと、小さな炎が胸の中に灯された。

 GUで買ったルームウェアを脱いで、スカートに足を通す。白シャツに腕を通し、リボンを留める。それからユニクロのベージュのカーディガンを羽織った。制服っぽい出で立ちを見下ろしてから、どくどくと逸る心臓を抑えて、全身鏡の前に立つ。

 ………………………………うん!

 この前(遠くからだけど)見たJK達と鏡の中に映る私には、明確な違いがあった。なんだろう、何かが、何かが違う! けどその何かを追及しない方がいいと本能が叫んでいる!

『イヌピーかわいい〜!』

 きゃっきゃっと騒いでいたJK達が脳裏を過る。全身から溢れ出す瑞々しさを思い出すと、ずうんと気が重たくなった。いや、うん、歳は誰でも取るものだし、そもそも若さ=至高って考え方もどうかと思うし、青宗君はロリコンじゃないし、ていうか基本女という生き物に無≠フスタンスだし、ああでも、やっぱ若い子って無条件に可愛いんだよね、擦れてないし、無邪気だし、あーやっぱ青宗君もなんだかんだJKは、

 ――ガチャ

 もし私と青宗君の生活が撮影していたら、この瞬間は1カメ、2カメ、3カメと色んな角度から撮られた場面を放送されただろう。

 青宗君が、コスプレしている私を凝視していた。

 ……………………………………………………。

「ぎゃーーーーーーーーーー! ちょ、タンマタンマ!! え、なんで、ちょっ、今日呑みに行くって!」

 両腕をクロスにして体を隠しながら青宗君に問いかける。青宗君はいつも通りあまり表情筋動いていなかったけど、それでも驚きが滲んでいた。
 
「元気ねえから帰れって言われた」
「え!」

 私は慌てて青宗君に近寄る。

「どしたの? 頭痛い? それかお腹痛いの?」

 青宗君はじーっと私を見ていた。上から下まで見られている事に気付き、全身の血液が集まったかの如く顔が熱くなる。

「わ、私着替えてくるね!」

 頭皮から噴出る脂汗をそのままに硬直する頬を無理矢理釣り上げながら背を向けると、腰をガシッと掴まれた。足がふわりと宙に浮かぶ。こ……この展開は……! 今まで何回も受けてきた流れに呆れやら驚きやら様々な感情を渦巻かせながら、私はベッドの中に沈まされた。

「せ、青宗君、ちょ、しんどいんでしょ!」
「治った」
「んな馬鹿な!」
「治ったモンは治った」

 私に覆いかぶさる青宗君の目は爛々と輝いていた。何がそんなヤる気スイッチを押した!? 困惑している内に青宗君は私の服を脱がしていく。けどいつものように全部脱がすことはしない。リボンを外して、ボタンをあけて、はだけさせるだけ。ま、まさかこのまま制服で続行……!? それだけは何としてでも阻止しようと全部脱ごうとしたら両方の手首をひとつに纏められた。青宗君の瞳には咎めるような色がある。いやなんでやねん。

「あの、もうこれ脱ぎたいから、裸のがいいから、」
「ヤダ」
「ちょー! 無理無理無理!! 絶対無理!!」
「最初から諦めたら試合終了って安西のジジイが言ってただろ」
「よし試合終了しよう!! あーー試しに着てみただけなの!! 脱がせて!!」
「ヤダ。無理」
「無理なのは私の制服でしょ!! 青宗君だって萎え……、」

 大きく首をぶんぶん振ってから青宗君を直視して、固まる。青宗君の目は依然として爛々と輝いていた。というかぎらつきすらある。でも、視線を合わせているうちに柔らかくなった。私の手首の拘束を解き、頬を触ってくる。感触を確かめるようにむにむにと触られると、心がむずむずと震えた。

「十年前思い出す」

 淡々としているけど、優しい声だった。砂糖が入っているような甘い声。

「も、もしかして青宗君ってJK好きー?」なんだか恥ずかしくなって冗談交じりに尋ねる。
 
 青宗君はおもむろに考え始めた。もともと憂いをはらんだような顔立ちなので様になっている。

「オレもオッサンになったな」

 けど生まれる言葉はいつもこんなんだ。しみじみと感じいるように呟く青宗君に噴き出し、げらげら笑う。

「あはは! まぁ男の人ってたいていそうじゃん?」
「あ゛?」

 何故か青宗君のこめかみに無数の青筋が立った。怒りのスイッチが何故押されたかわからず私は「!?」と狼狽える。付き合い長いし青宗君は私には絶対暴力を奮わないので怖くはないけど、ただただ狼狽える。JK好きと言われてキレるってなに!?

「なんでキレてんの!?」
「自分の女が他の男に盛られてたらキレんの当たり前だろ」
「は!? なんでそういう話に!? 男の人ってJK好きだよねって話してたじゃん!」
「してねえだろ」
「いやしてたよ! 私青宗君JK好きって聞いてそしたらオレもオッサンになったなって」
「ちげえよ」

 青宗君はイライラしながら答えた。

「陽子のJK姿が好きっつったんだよ」

 ぽかんと呆けている間に青宗君は続ける。

「他のガキはどうでもいい」

 ……………………うわぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。

 多分真っ赤になったであろう顔を両手で覆っていると「つーかオマエ誰に盛られてんだ。課長か? 部長か?」と詰問してくる。

「課長も部長も良い人だよ……。盛られてないよ……」
「? さっき大抵の男はJK姿の陽子が好きって」
「大抵の男の人は本物のJKが好きって言ったの!」
「へえ」

 他人事のように頷いてから「紛らわしい事言うんじゃねえ」と言ってくる。そして続行を始めた。背中に手が滑り込まれて、ホックを外される。青宗君はヤる気満々姿勢を貫き通す。もう数え切れないくらいしているけど大学生ならいざしらずこの歳での制服プレイは居た堪れないものがある。顔を覆いながら指の隙間を開けて、青宗君に恐る恐る尋ねた。

「ま、マジでこれでヤんの?」
「ヤる」
「は、恥ずいんですけど……!」
「陽子。今0時」

 青宗君は私の手首を掴んで、手を両端にはけさせた。視界が晴れると、心なしかぱたぱたと振られている尻尾が見える。ご飯を待つ犬のように瞳の中に期待をきらきら輝かせながら、青宗君は言った。

「オレ、誕生日」

 


 

 

 
 
 

 
 


「えーじゃあ塩じゃない人もいるってことー?」
「いるいる。コイツ、嫁には砂糖」
「マジ!? イヌピー奥さんにそんなんだー! ウケるー!」
「てかエモ〜!」
「あ? エルモ?」
「会話の流れから察しろよ今のどこにエルモが出てくる要素あんだよ」
「陽子エルモの物真似うめぇんだ」
「知らねぇよ、いや知ってたわ酔ったオマエに何回も聞かされてたわ」
「イヌピーやっぱウケるー!」
 



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