カバンの中の探し物を見つけ出すように、頭を引っくり返した。今まで美希ちゃんと交わした会話を出来る限り鮮明に思い浮かべていく。早戻しボタンを押して、再生して。文字を丁寧になぞるように、慎重に記憶を辿っていく。手を口元に宛がいながら、感情の向くままに笑う美希ちゃん。少し不機嫌そうに、むすっと膨れっ面の美希ちゃん。冷たい寒空の下、真っ直ぐに向けられた強い眼差し。美希ちゃんとの思い出は、田舎のおばあちゃんちで見た星空のように、ひとつひとつ、きらきら輝いている。

「…わからん…」

 美希ちゃんとの思い出をひとつずつ振り返ってみても、全然わからなかった。学習机の上で頬杖を突きながら、はあ、と溜息を零す。気に障るようなことを言った覚えはない。けど、それはあくまでも私の視点での話だ。私からしたら気に障るようなことでなくても、美希ちゃんにとってみれば、腹立たしい発言だったのかもしれない。

 …明日、謝ってみよう。美希ちゃんが学校に来れば、の話だけど。

 重い足取りでベッドに向かう。もやもやと蟠った想いを胸に目を閉じる。すると、瞼の裏側に、悲しみと苛立ちで歪んだ瞳を私に向ける美希ちゃんが浮かんで、また、どんよりと気分が沈んだ。









 美希ちゃんは学校に来た。いつもは美希ちゃんが学校に来ていたら、昂揚とときめきに包まれる。けど、今日は少し、憂鬱…ではないのだけど、緊張が走った。自分の席に座って、足をぶらぶらと泳がせている美希ちゃんの後ろ姿に、ごくりと生唾を呑みこむ。謝らなければいけない。そう、わかっているのに。ドラゴンボールで悟空が重しをつけて修行してたじゃん?そう、あんな風に体が重くて仕方ないのだ。ああ私も脱ぎ捨てたい。
 でも、私がつけている重しは着脱不可能だ。ふう、と息をついてから、よし、と小さく喝を入れる。私は一歩、重い足を踏み出した。

 だがしかし。私は一つ、大きな失念をしていた。星井美希、今、売出し中のアイドル。彼女は。

「ほ、」
「星井さん、おはよう!」

 男子に、絶大的な人気を誇るということを。

 男子Aが美希ちゃんの前に回り込んでだらしなく笑いながら美希ちゃんに挨拶した。

「おはようなの」
「今日、寒いね!」
「そうだね」
「俺、なかなか布団から出られなくってさー!」
「ふうん」

 男子Aはものすごくつまらない会話を始めた。お前何回寒いって言うつもりだ。何か話したいんだけど、会話の内容が全く思い浮かばないから天気の話に頼っているということが丸わかりだ。おおっと、男子Bも参戦してきた。男子Cも、男子Dも、って、おいおいおい!

 そう、美希ちゃんはこれまたとにかく、モテる。1日に31人から告白されたこともあるのだとか。もうここまでくると別次元だ。そして男子諸君。君たちの気持ちはとてもわかる。わかるよ。美希ちゃんに声をかけたくなる気持ち、痛いほどよくわかるよ。でも、ね。

 お前ら、ちょっと、どけえええええええ!!

 私の心の叫びも虚しく、男子達は砂糖に群がる蟻の如く美希ちゃん目がけて集まっていく。無力な私は男子達の間に割って入って『私、ちょっと星井さんに話があるから!』と言えるわけもなく、気付かれないようにじとーっと睨みつけることしかできなかった。





 キーンコーンカーンコーン。放課後を告げるチャイムの音が鼓膜を虚しく揺らがせた。結局謝れなかった。ああ、私って、クソだ。美希ちゃん、しばらく学校来れないかもなのに。がっくりと肩を落とすと「葛西ー」と呼ばれた。どん底の気分なので緩慢な動作で振り向く。「うわ、何その顔」とぎょっと引かれた。

「掃除だよ。中庭いこ」
「…うん…」
「元気ないねー。どったの」
「…み…星井さんに…、」
「星井さんに?」

 馬鹿って言われた。何の脈絡もなく。

「…なんもない」

 ぐっと言葉を奥に押し込んで、私は頭を振った。がたっと立ち上がって、「えー?」と訝しがる友達を適当に受け流しながら中庭へ向かう。

 事実を告げるには憚れた。人の長所は捉え方次第で短所にもなる。優しいは優柔不断。素直は自分の信念を持ってない、というように。美希ちゃんはマイペースだ。つまり、短所として捉えれば自己中と言える。『え、急に馬鹿って言ってきたの?』『星井さん、ひどいね』友達にそう言われたら、私は間違いなく気分を害する。友達に苛立ちを覚えることも、美希ちゃんを悪く言われることも、どちらも嫌だった。だから、口を噤んだ。
 
 確かに美希ちゃんはマイペース、自己中な性格だ。でも、それにはきちんと理由がある。きっと、今回のもちゃんとした理由があっての発言に違いない。『信じる』という単語を用いるまでもない。空が青いように、太陽は東から昇るように、美希ちゃんは、そういう子なのだ。
 
 ろくに話したこともないくせに。自分の幻想を押し付けているだけかもしれない。それでも、彼女はその幻想を私の前で披露し続けてくれると、私は思いたいのだ。ああ、ファンって、恐ろしい。






 いや本当に厄日ですかね。マジで。

 ジャンケンに負けた私はゴミ捨てを命じられ、ぱんぱんに膨らんだゴミ袋を二つ持ちながらふらふらと歩いていた。クッソー、美希ちゃんに馬鹿って言われるわ結局謝れないわゴミ捨て当番になるわなんだなんだ本当に!そろそろ彼氏にフラれるか!?…あ、ちょっとそれ今きたらキツイわ、泣く、うん、フッツーに泣きます。

 中庭からゴミ捨て場までの距離は大いに空いていた。北風が体の芯まで冷やしに掛かる。びゅうっと音を立てて、私の髪の毛を乱暴に掻きまわすようにして吹いた。視界が自分の髪の毛で埋まる。ええい、邪魔だ邪魔だ!ぶんぶんと左右に振って、髪の毛を払い飛ばす。

 顔を右側に向けた時だった。
 はらりはらりと落ちていく髪の隙間から、きらりと何かが輝いた。
 光に反射して、きらきらと輝く。

 ああ、美希ちゃんって本当に。
 …綺麗な子だなあ。

 しかし、私の目は次の瞬間驚愕で見開いた。なんと、美希ちゃんは、何の躊躇いもなくく木に登り始めたのだった。頭の中が大量の「!?」でいっぱいになる。え、ちょ、どういうこと。なになに、なんなの。何が起こったの。とにかく、驚いている場合じゃない!

 美希ちゃんと今気まずいのも忘れて、私は慌てて駆け寄った。

「み、星井さん!何してるの!危ないよ!!?」

 美希ちゃんはちらっと私に目を向けたあと、ぷいっとそっぽを向いた。

「七海には関係ないの」
「あるよ!」

 間髪入れず、言葉を差し込む。力強い断定の言葉に、美希ちゃんはぱちくりと瞬いた。私は語気を強くしたまま、更に言葉を継いだ。

 だって、私。

「美希ちゃんの大ファンだもん!!」

 だもん、だもん、だもん…。やまびこのように声が反響して、はっと我に返る。わ、私、今、美希ちゃんって…!カァーッと頬に熱が集中した。クラスメートとして節度のある距離を取っていたのに…!ああ、たかがクラスが同じというだけで有名人を友達扱いしてくるような人間じゃないんですよという今までのアピールが…!全て…!全て無に…!

「い、いやちがくてね星井さん…!」
「七海」

 ぐるぐる目を回しながらもつれる舌で必死に取り繕おうとしていると、名前を呼ばれた。有無を言わせないような響きに「はい!」と、背筋をピンと伸ばして直立する私を見ないで、美希ちゃんは言った。

「こっち来て」
「へ」
「はやく」
「あ、えっと、うん」

 淡々と命じられ、私はのこのこと美希ちゃんの元へ寄る。美希ちゃんは木に足をかけるのをやめ、地面に立った。立てば芍薬、なんて言葉があるけど…本当にその通りだ。真っ直ぐに背筋を伸ばした美希ちゃんは、お花みたいだ。

「ミキじゃ、あそこまで届かないの」
「うん」
「七海も届かないの」
「あ〜…、うん。そうだね」
「でも、合体したら、届くの」
「…うん?」

 どゆこと?首を捻る私に顔を向けて美希ちゃんは言った。

「肩車しよ」
「へ」

 かくしてこうして。私は美希ちゃんと肩車をすることになった。


「七海、ふらふらしないで〜!怖いよー!」
「ご、ごめん…!」

 美希ちゃんは華奢だ。けど、羽のように軽いというわけではなかった。一般的な女子中学生としての腕力しか持ってない私は、肩車しながらあっちへふらふらこっちへふらふらと非常に不安定だった。
 私から、下は私でと申すつもりだったけど、当然のように私が担ぐ側に宛がわれた。すーっと。ナチュラルに。うん、流石美希ちゃんだ。ゴーイングマイウェイ。

「七海、ストップー!」
「う、うん」

 足元を必死に地につけて、ふらつかないように踏ん張る。美希ちゃんは「おいでー、猫ちゃん」と優しい声を出していた。猫に近づこうと、私の肩の上で少しみじろぐ。柔らかな太腿が私の頭をぎゅっと挟んだ。

 男子だったら、勃ってた。

 私は真顔で思った。いやほんと、柔らかい。すごい。すべすべだ。「猫ちゃーん、おいでよー」今人生の絶頂期を迎えているような気がする。あっいや彼氏に告られた時も嬉しかったよ。でもそれとは種類が違うと言いますかね。彼氏はラブで美希ちゃんはライクといいますかね。
 ああでも不思議だ。
 ライクなのに、くっつかれたらドキドキする。良い匂いだとドギマギする。笑いかけられたら、天国へ羽ばたきそうになる。
 私の心をこんなにも掻き乱す同性は、後にも先にも、美希ちゃんだけだろうなあ。

 しみじみと噛みしめていると、「七海ー!」と、はしゃいだ調子で名前を呼ばれた。「ん?」と首を持ち上げる。美希ちゃんが猫を抱きかかえながらにこぱーっと笑っていた。

「猫ちゃん、ゲットなのー!」

 嬉しそうに美希ちゃんが笑った時、ぱあっと世界が色を持った。とくんと心臓が高鳴りぶわあっと感情が溢れ出す。心臓が大きく動き、強く血液を送り出していく。たくさんの想いが胸の中で溢れているのに言葉に詰まって私は浅く息を吐き出すことしかできなかった。甘い香りが鼻孔をくすぐる。くらりと眩暈を覚えた。

「可愛い〜、もうだいじょうぶだよ、ミキがいるから!」

 桃色に彩られた頬を崩して猫に押し付けると、猫は嬉しそうに「にゃあ」と鳴いた。

 何で、学校にスマホを持ってきてはいけないのだろう。今私の目の前に、この世の全ての幸福をかき集めたような光景が広がっているのに。

「七海ー、もういいよー」
「七海?」
「お〜い」

 思考の海に沈み込み黙りこくっていた私は、美希ちゃんの何度目かの呼びかけによってやっと覚醒した。はっとした瞬間足がもつれる。

「うわ!」
「え…ひゃあ!?」

 ドッシーン!と強い衝撃がお尻を襲う。二人して地面になだれ込んだ時、にゃあ!と猫が悲鳴を上げ、ぴゅーっと去って行った。

「あいたたた…」
「も〜、七海何やってるの〜」
「ご、ごめん…!大丈夫!?怪我してない!?」
「大丈夫だけど大丈夫じゃないの〜、痛いよ〜!」
「あわわわ!ごめん!ほんっとごめん!!み…星井さん!ごめん!!」

 両手を合わせながら必死に謝る。いやただの謝罪じゃ駄目だ。ここは…土下座だー!!正面にバン!と大きく手を振りおろして頭を大きく下げた時、勢いづきすぎて私は地面に額をぶつけてしまった。いってえええええ!めちゃくちゃいってええええええ!

「ちょっ、これマジ痛い痛い痛い痛いィィィ…!!」

 額を両手で抑えながら悶絶していると、ふっと噴出す音が聞こえた。手を退けると、開いた視界で、美希ちゃんがお腹を抱えながらけらけら笑っていた。


「あはっ、あははっ、七海って、ほんっとドジなの…!あははっ」

 睫毛を飾るように、涙がきらきらと輝いていた。長い睫毛が細めた目の奥にある瞳を覆い隠す。まあるい頬っぺたを桃色が彩っていた。

 世界が鮮やかに染められる。

 ごくりと唾を飲みこむ。可愛い。可愛いと思った。その可愛さに、否応なしに引き寄せられる。

 煙たがれるかもしれない。それに、私は美希ちゃんを怒らせてしまっている。断られる可能性の方が高いだろう。
 だと、しても。

「…星井さん」

 背筋を正し、畏まった声を向ける。美希ちゃんは目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら「んー?」と答えた。

 すうっと息を吸いこむ。

 ああ、そういえば一回目も美希ちゃんだった。彼氏にもきちんと言ったことないのに。三回目は彼氏にあげよう。でも、まあ、ひとまず。

「私、美希ちゃんのことが、だいっすきです!」

 二回目も、美希ちゃんに捧げます。
 私の、告白。

 美希ちゃんの動きが止まった。ぱちくりと瞬いた美希ちゃんの目を恥ずかしいけどしっかり見据えながら、更に言葉を継いだ。

「だから、友達になってください!」

 緊張で震えた情けない声が、秋空に響く。肌寒い風が火照った頬を撫でた。続けて口を動かすと、乾いた空気が口内に流れ込んだ。ただでさえ緊張でからからなのに、更に乾いていく。

「前、765プロのライブ行った時、美希ちゃんが、すごい、すごくて!お客さん微妙な反応してんのに、全然物怖じしてなくて、すごいって、マジで、私思って!」

 ああ自分のボキャ貧っぷりが憎い。あの時の美希ちゃんにどれだけ衝撃を受けたかを事細かく語りたいのに『すごい』とか『マジ』とかしか出てこない。もっと本読まなきゃ。

「すっごい難しいダンス二曲続けて踊ってて、しかも歌いながらで、いつもの声とは全然違ってて、ほら美希ちゃん、普段ほわほわしてるじゃん!でも歌う時はすごいかっこいい声で、」

 気付いたら、私はまたしても美希ちゃんの前で彼女を『美希ちゃん』と呼んでいた。けど、大好きな『美希ちゃん』の話をしている私はそのことに気付かず、熱を帯びた口調で饒舌に話し続ける。

「なんか、それから頭から美希ちゃんのこと離れられなくて、CDとか聴きだして、気付いたら買ってて、美希ちゃんが出てる雑誌買って、インタビューとか読んでるうちに、マイペースなとことか、甘え上手なとことか、小悪魔なとことか、マジでなんかもう、すごい好きってなって、大好きってなって、お近づきになりたいって思って、美希ちゃんと友達になれれば、すごい、マジですごい幸せなんだろうなって思って、だから―――あいだっ!!」

 額に衝撃が走って、言葉が途切れる。ぱちくりと瞬いた先には、きゅっと唇を噛みながら私を睨んでいる美希ちゃんがいた。

「馬鹿」
「へ」
「七海、馬鹿。塾行ってるくせに、馬鹿なの」
「え、え、え」
「もう、なってるよ」

 唇が『へ』で固まった私に、美希ちゃんはもう一度告げた。

「もう、七海と美希は友達だよ。馬鹿」

 ぷっくりと頬が膨らんでいく。ちょっと赤くなっていて、まるでりんごのようだ。私はぱちぱちと瞬いたあと、「…ええっ!?」と、素っ頓狂な声を上げてしまった。マスオさんか。

「いっしょに移動教室行ったり、夜喋ったりしてる時点で友達だよ。七海馬鹿。ほんと馬鹿」

 そういえば。美希ちゃんが『馬鹿』って言ったのは、私が彼氏に『友達じゃないよ?』と言ってからだった。あれ、聞かれてたんだ。それで、あんな、不機嫌に。悲しそうに、なってたんだ。

 不謹慎だとは思いつつも、美希ちゃんが私に『友達じゃない』と否定されて悲しんだことを、私は嬉しがっていた。
 だって、美希ちゃんだよ。
 ずっとずっと、憧れていた女の子にだよ。

「だ、だって、私、付き合ってくださいとか言ったから、お情けとして声かけられてきてると思ってて…!」
「ミキ、ドージョーとかそーゆーのしないよ。…まあ、でも、そだね」

 美希ちゃんは顎に人差し指を宛てながら、「んー」と考え込むような顔をした。

「七海があんなおもしろいこと言わなかったら、友達になろって思わなかったなあ」

 しみじみと呟いたあと、ふと、美希ちゃんは頬を和らげた。長い睫毛の向こうに瞳が隠れてしまうほどまばゆそうに目を細めて「あはっ」といつものように笑って、ふんわりとした声で、少し、照れ臭そうに言った。

「褒められたことはたくさんあるけど、そこまでだと、…へへっ、流石にミキも、照れちゃうの」

 きゅううううん、と、胸が高鳴った。世界が桃色に染められていく。

 ああ、あの時、死にたいって思ったけど。死ななくて良かった。
 変なことを口走ったから、美希ちゃんは私に興味を持ってくれた。ナイスグッジョブ、昔の私。
 おかげで今の私は、犯罪級にキュートな笑顔を向けられています。

「…そ、それ男子にはやらない方がいいと思います。フラれたあとに、面白いからって構ってたら、誤解されるよ…」
「えー、そう?」
「そうです…。み、星井さん」
「ぶっぶー!」
「へっ?」

 突如、美希ちゃんは人差し指を立てながら唇を尖らせた。驚いている私に、美希ちゃんは言う。

「星井さん、駄目!美希!美希って呼んで!」
「…へっ!?」
「さっき、美希ちゃんって呼んでたよね?あんな風に、呼んで!」
「へ!?はい!?わ、私美希ちゃんのこと…!」

 慌てて口を両手で閉じた。気付かなかった。美希ちゃんって呼んでたなんで。ああ普段美希ちゃん呼びしてるから…!どうしようもない羞恥に襲われて顔を下に向けると、頬を、柔らかい何かに包み込まれた。

 …へ。

 ゆっくりと持ち上げられる。目の前できらきらの星が光っていた。

「みーき」

 強制するような響きはない。
 けど。
 艶やかな声、甘美な瞳に、どうしても抗えない。抗おうという意思すら沸かない。
 ぱくぱくと酸素を求める魚のように口を震わせる。

 悪く言うと。私は、同い年の中学三年生の女の子に。

「み、き、ちゃん」

 どうしようもなく、たぶらかされてしまった。

 ゆるりと目が細められた。「ん」と顎が小さく引かれる。口元に満足げに浮かんだ蠱惑的な笑みに、どくんと心臓が高鳴った。あうあうおうおうと声にならない声を出している私を興味深そうにに見つめながら、美希ちゃんは言った。

「七海って、ほんとにミキのこと好きだねー」
「え、あ、そ、そりゃあもちろん…!」
「ねねね、どれくらい?どれくらい好き?」
「えっ、そ、そんなの言えないよ!」
「ええ〜」
「え、えっとだね美希ちゃん。こういう言葉がありましてね、」
「お腹空いた〜。おにぎり食べた〜い」
「美希ちゃあ〜ん!」

 秋空の下、情けない声が響く。「あはっ」と笑った顔はやっぱりどこまでも魅力的で。ああ、もう、ずるい子だ。

 流星のように突然私の胸に飛び込んできた美希ちゃんは、これからも、私の中で輝き続ける。
 そうして私はまた落ちてしまうのだ。―――恋に?いいや、違う。恋ではない。恋は平凡な同い年の男子に捧げてしまった。
 
 でも、きっと、私はどうしようもなく落ちている。
 
「ねえねえ、コンビニいこ!美希、おにぎりとキャラメルマキアート買う!」
「どんな組み合わせ…!?」

 夜空に浮かぶ星のように何者にも捉われないまま最高の輝きを放つ、彼女に。




フォール・イン・スター

FIN.

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