風が窓をかたかたと叩いていた。うわあ、寒そう。なんとなく窓の外に眼を遣ると、一枚の葉っぱが目についた。くるりと一回転してから地面に舞い落ちた黄色い葉っぱは、ステージの上でくるくると軽快なステップを踏む美希ちゃんを彷彿させた。今日は、美希ちゃんは学校に来なかった。着てても、美希ちゃんは机で寝ているか男子に言い寄られているか友達と話しているかだから話せないんだけど、それでも直に顔を見れないということは寂しかった。

「は〜…、美希ちゃん…」

 がっくりと首を落としながら、重い溜息を吐いたあと、よっこらしょと体を持ち上げて、姿勢を正す。いつまでもうじうじしていたって仕方ない。鞄からセブンティーンを抜き出して、机の上に広げた。いつもはぱらぱらと適当に捲っていくけど、今日は穴が開くんじゃないかというくらいに、真剣に見る。

 11月23日。もうすぐ、美希ちゃんの誕生日だ。絶対、たくさんの人からプレゼント貰うだろう。私のプレゼントなんて簡単に埋もれてしまうだろう。それでも、あげたい。私なりに考えた最高のプレゼントを、美希ちゃんにあげたい。それで。『わあ、ありがとうなの!』と、喜んでもらったら。私は、それだけで、強く生きていける。

 美希ちゃんが欲しそうなもの、美希ちゃんに似合うもの…。口内でぶつぶつと呟きながら、目を血眼にして必死に吟味する。スマホケース…、いや、サイズが合わなかったら悲惨だ。可愛いアクセサリー…。あ、それ、いい。美希ちゃんに似合いそうなやつ、ないかな。お、これいい!可愛い!9850円!値段は全然可愛くない!

 1人で百面相を繰り広げていると「あれ、葛西」と、不思議そうに呼ばれた。おお、この声は。顔を上げると我が彼氏がひょっこりと教室をのぞき込んでいた。よ!と軽く会釈してから、私はまたもや雑誌と睨めっこを始める。…と静寂が流れたあと、呆れたようなため息が聞こえてきた。ガタッと椅子を引く音が聞こえる。前に彼氏が座った気配を察知したが、構っている暇はないので目もくれなかった。

「…星井さん?」
「うん。もうすぐ美希ちゃん誕生日だから」
「あー、はいはい…。貢物?」
「うん」
「否定しろよ」
「だって、実際そうだし」

 ぱらっとページを捲る。美希ちゃんはネイルアートが趣味だと雑誌で言っていた。マニキュアとかいいかもしれない。奮発してアナスイとかの買っちゃおうかなあ、美希ちゃん大人っぽいしなあ。

 彼氏は貢物という単語をあっさりと受け入れた私を不憫に思ったのか、優しい声色で慰めてきた。

「や、でも、最近お前星井さんと仲良いじゃん。貢物ではなくね?普通に、友達からのプレゼントとして受け取ってくれんじゃ…って何その顔」

 私はきょとんとした顔で、彼氏を見据えながら口を開いた。

「友達じゃないよ?」
「…はい?」

 彼氏が間抜けな声を上げたその時、遠くで何かが倒れる音が響いた。びくっと肩が跳ね上がる。窓の外から聞こえてきた。見下ろすと、私の友達がへたりと座り込みながらアイタタ…と言うように膝小僧を摩っていた。その付近でロッカーが倒れている。い、一体何が起こったんだ…。私は窓を開けて「どうしたのー!?」と大声を上げた。友達はきょろきょろあたりを見渡す。「こっちこっちー!」と、言うと、やっと気づいて、私を見上げた。

「せんせーにー!ロッカー運べって言われてー!運んでたらー!こけたー!!」
「バーカ!」
「うるせー!!」

 あはは、と二人で笑う。「ちょっと待っててー!」と友達に言ってから、私はくるりと身を翻した。

「ちょっと手伝ってくる!」
「俺も行くわ」
「お〜、サンキュ〜!」

 教室の入り口には、夕陽が差し込んでいた。眩しくて、目を細める。次第に光に慣れた虹彩が人の影をおぼろげに捉えた。暖かな光が、金色を淡く透かした。

「み…星井さん…?」

 オレンジ色の光の中、美希ちゃんはひっそりと佇んでいた。ただ立っているだけなのに強い存在感を放っていて、圧倒される。もう放課後なのに、なんでいるんだろう。それだけのことを言うのに、「えっと」と、もたついてしまう。美希ちゃんを前にすると、緊張で雁字搦めになって、口がうまく動かない。

 美希ちゃんはじいっと私を見つめていた。何もかもを見透かすような瞳に見つめられ、胸が詰まる。心をきゅうきゅうと締め付けられた私は、その視線を返すことしかできなかった。

 不意に、美希ちゃんが眉を寄せる。悲しげに歪んだ瞳が私を苛んだ。

「馬鹿」

 …へ?

 呆然とする私を余所に、美希ちゃんは教室へ入っていく。ガサゴソと何かを漁る音が遠くから聞こえてきた。実際は、そんなに距離が離れていないのに。忘れ物、とりにきたのかな。ぼんやりと思う。また、美希ちゃんが私の横を通る。さらりと揺れた金髪が視界を横切る。私と美希ちゃんを隔てる金色の境界線のようだった。そんなものあるわけがない。錯覚でしかない。そう、わかっているのに。

 手を伸ばせば。声をかければ届く距離にまだいるのに。根が張ったかのように私の脚は動かなかった。

「…葛西、お前何したの」
「…わかんない」

 わかんないって、お前なあ。呆れた声が耳から耳を通り抜けていく。私はただぼうっと、もうすっかり遠くにいってしまった美希ちゃんの背中を眺めていた。動きに合わせて揺れる金髪が光に照らされて輝いている。美希ちゃんがいる場所はちょうど夕日が差し込んでいた。私が立っている場所は陽の傾き加減のせいで、いつのまにか影が差し込んでいた。

 かたかたと風が窓を打ち付ける。
 窓の隙間から入り込んできた冷たい風が、ぽっかりと穴があいた胸の真ん中を吹きつけた。

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