寮に戻ってきて、部屋に戻る途中尽八に出くわした。スエットを着て、カチューシャを外している。風呂上りのようでほかほかと暖かそうだ。
「おお、隼人。お帰り。どうだった?」
「すっげー面白かった」
「おお!そうかそうか!お前もとうとうそういう日がきたか!いやー彼女はな、いいぞ!人生の潤い!生きがい!!ワッハッハッハッ!」
尽八は楽しそうに大きく笑う。向こう側から靖友が歩いてきた「っせーなマジで…」と悪態を吐きながら尽八を鋭い眼光で睨んでいる。
「聞いてくれ、荒北!隼人にもとうとう春がきたぞ!」
「へーえ。オメデト。今日紹介してもらった女、当たりだったのかヨ」
「そりゃあ吉井の友人だからな!良い子に決まっている!」
尽八は腕を組みながらうんうんと頷く。靖友は心底どうでもよさそうに「アッソ」と言った。
「当たりは当たりだけど、付き合わねえよ。っていうか、告られて、振った」
ははっと笑う。尽八と靖友もオレに釣られて笑った後、固まった。
「「…は?」」
二人の声が重なった。この二人、普段は気が合わないが、合う時は合うので面白い。今だって二人そろって、ぽかーんとした表情でオレを凝視している。
「最初会った時は、特に何にも思わなかったんだけど、あの子、ちょいちょい変でさ。どう変って言えばいいかわかんねえけど…。天然っていうほど可愛らしいもんじゃないしなあ」
今日の出来事を最初から振り返ってみる。一瞬で、わかった。この子オレにすっげえがっついているな、と。まあそれはいい。そういうことは結構ある。はいはい、と思いながら受け流そうとした。だが、堀田さんは今までがっついてきた女子とは違って、かなり変な子だった。
わざと何もないところでつまずいたフリをして『しまったー!ドジっこだからつまずいたー!大変だー!わたしはドジっこだー!』と喚いたり、『わたしお箸より重いものを持ったことがないの!だからこのフォークを持つのも大変で…!』とわざとらしく手を震えさせたり。オレの前でわざとらしく天然アピールをしてきた子は何人も見てきたけど、ここまでえげつないのは初めてだった。ここまでくると、逆に不快になるということは全くなくて、面白いとすら思っていた。
そして、極め付けが。
あの告白を思い出して、ぶっと噴出した。尽八と靖友は目を点にしてオレを凝視したまま。必死に笑いを噛み殺しながら言う。
「すっげえんだよ、堀田さんの告白…!汚い本音をあんなにぶつけられたの初めてだよ…!自慢したいから付き合ってください、って…!あは、あははははは!!」
駄目だ、面白すぎる。堪えきれなくなって、また大笑いしてしまう。今まで何人か、ステータス上げ狙いで、オレに告白してきた女子はいた。『新開くんの優しいところが好きで〜』と言っているものの、汚い欲望が透けて見えていて、あー、はいはい、と振ってきたけど。堀田さん。あの子は別格だ。取り繕うという気が全くなかった。
「自慢したいって言っちゃってどうするんだよ…!隠せよ、そこは…!!」
「…まあ、そこまで言われると、いっそ清々しいな…」
「すっげェ、変な女だな」
「だろ、変な子だろ。だから、友達になった」
「え」
「は?」
「自慢したいから付き合ってください、なんて告白この先されることもないだろうしな。あんな逸材もう現れない。観察したい」
「…お前というやつは…」
尽八がハァーッと呆れたようにため息を吐いた時、ケータイが振動する音が響いた。尽八が「む、オレか」と言いながら、ポケットからケータイを引き抜く。
「知らん番号だな…」
そう言いながら、耳に当てて、素っ頓狂な声を出した。
「…堀田さん?」
え。
噂をすれば、というやつか。まさか、堀田さんが尽八に電話をかけるとは思わなくて、おお、と驚く。靖友も興味深そうに尽八を見ていた。
「いや、別に構わんが…。ほう、吉井から聞いて…。…はあ…なるほど…」
尽八は通話口に手を置いてから、何とも言えない顔をオレに向けた。
「…弟に、イケメンの友達ができたと自慢したら信じてもらえなかったので、お前の写メを今すぐ撮ってきてくれないか、と頼まれたのだが…」
「ぶっ、尽八、ちょっと貸してくれ」
尽八からケータイを受け取って、耳に当てて、笑いを噛み殺しながら「もしもし」と言う。息を呑む声が聞こえた。
「えっ、新開くん!?なんでなんでー!?」
「さあ、なんででしょう」
「うわー、なんでだろー!」
なんでだろー!って。いちいち、反応がおかしい。ぶーっと噴出した。靖友が「きったねえな」と顔をしかめた。
「事情は聞いたよ。弟が信じてくれないんだって?」
「…!! そうなの!ひどくない!?姉をなんだと思っているのか…!ほとんど話したことない東堂くんに頼みごとをしちゃうくらい追い詰められているの!」
ぷりぷりと怒っている声。すごく怒っているのが伝わってくるのだが、いまいち緊張感に欠けている。
「オレに直接頼めばいいのに」
「は、ほんとだ…!怒りでテンパりすぎて、幸子ちゃんに電話しちゃってね。それで、幸子ちゃんから東堂くんを連想して、そうだ!東堂くんに撮ってきてもらおう!と思って…気付いたら幸子ちゃんに東堂くんのケー番聞き出して、勢いのままに頼んでしまったの!」
「わかったわかった、オレの写メ送ればいいんだな?」
「うん!お願いします!」
「りょーかい。今から送る。じゃあな」
「うん!ばいば―――、あ、太一!!今にみてなよ!!お姉ちゃんの実力を見せてやる!」
切る直前、なにやら誰かに息巻いていた。太一、というのは弟だろう。堀田さんの弟、太一っていうのか。へえ。っていうか、弟いたんだ。そう思いながら、電源ボタンを押す。
「尽八、悪いけどオレを撮ってくれないか」
「別にいいが」
尽八にケータイを返して、オレのケータイを渡す。レンズを向けられて、ピースを作って、にこっと笑いかける。ぱしゃり、とシャッター音が鳴り響いた。ありがとな、と礼を述べながら受け取る。
アドレス帳から『堀田美紀』を探し出して写メを送りつける。『こんなのでいい?(笑)』という文章も添えて。
打ち終えて、パチンとケータイを折る。靖友がガシガシと頭を掻きながら言った。
「なんっつーか…なんて言えばいいかわかんねェ女だな…」
「少々変わったところはあると確かに思ってたが…ここまで変わった女子とは思わなかったな…」
眉間に少し皺を寄せた尽八も顎に手を当てながら、うーんと唸る。
「そこがいいんだよ、そこが。付き合いたいとかそういうのではないけど」
ははっと笑って返す。あくまでも、友達としての付き合いが良い。堀田さんも、恋に恋している感満載だった。考えとか、言動とか、齢の割には幼い。高3女子というより、小2男子、といった感じだ。
そんな風にふたりと話していると、ケータイが着信を告げた。相手はもちろん、堀田さんで。ふっと笑いながらケータイを耳に当てる。
「あれで、全然オッケーです!ありがとう!太一もすっげー!!って言っていたよ!!姉ちゃんマジでイケメンの友達いるんだー!!姉ちゃんの妄想じゃないんだー!!ってやっと認めてくれた!」
「それはなにより。よかったな」
「うん!あ、太一っていうのはわたしの弟なの!」
「うん、そうだろうな、って思っていた」
「えっ、言わなかったのにわかったの!?すっごーい!」
わ〜!という歓声が上がる。あの話の流れから誰でもわかるだろ、と突っ込んだら、そうなの?と不思議そうに問いかけられた。うーん、この子、本当にアホの子だ。
「じゃあな、堀田さん」
「うん、ばいばーい」
今度こそ、電話を切る。何とも言えない表情を浮かべている尽八と靖友に、笑いかけた。
「ほんと、堀田さん、すっげえ面白い」
「…コイツ、新しいオモチャ手に入れたガキみてェな顔してんヨ…」
「ああ…」
「ぶはっ、確かに」
今日、オレをずっと包んできたものは、プレゼントの包みを開ける直前の時の昂揚感だったらしい。堀田さんのことをオモチャ扱いしているのは、あながち間違いでもなさそうだ。そう思うと、さらに面白くなってきて、また大きく笑った。
すぺしゃる事変
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