はじめて恋をした記憶


サクサクッとポッキーを食べ進めていく。最後の一本はあっという間に消えてなくなった。口内に残るチョコの甘ったるい味を舌で堪能する。うーん、やっぱりポッキーは極細に限る。

「依里ちゃんの彼氏さんってどんな人なの?」

「えー、普通。普通に普通」

「普通に普通かあ」

グループ内の友達のひとりに彼氏ができました。めでたいめでたい。もう一人の友達にも彼氏がいる。うるさいけどイケメンだ。彼氏がいないのはわたしだけである。わたしは彼氏がいたことがあるのかないのかよくわからない微妙な状況だ。付き合おうと言われて、おう、いいとも!と了承したのはいいものの、手も繋がないまま、自然消滅した。それになにより、二人みたいにわたしはその男子と一緒にいてドキドキする〜というのを味わうことはなかった。今にして思えば、恋愛感情を持っていなかったのだろう。…やっぱりあれは彼氏じゃないな…。

二人をちらっと見る。恋する乙女の表情。なんか可愛い。楽しそう。羨ましい。いいなあ。

「わたしも彼氏欲しいなあ」

なんとなく呟いたひとりごと。その言葉はどこかに消え失せる予定だったのだけど。二人の友達にキャッチされてしまった。

「…えっ!?」

「あ、あの食い気と食い気と食い気にしか興味ない美紀ちゃんが…!?」

「失礼な!」

「ポテチの袋を開けながら言われても説得力が皆無だよ!っていうか、え、ほんと!?彼氏、欲しいの!?」

二人の友達のうちのひとり、依里ちゃんがわたしの肩を強く掴んで揺さぶる。わたしは「もちろん〜」と揺らされながら答えた。

「美紀ちゃんが…!美紀ちゃんがやっと色気の話題に興味を持ち始めた…!幸子ちゃん!!東堂くんの友達でなんか空いてるの美紀ちゃんに紹介して!!」

「へ、わ、わたし?」

「なんのための東堂くんなの!!イケメンの男子を友達に紹介するための東堂くんでしょ!?」

「え、ええ…!?」

戸惑っているもう一人の友達、幸子ちゃんに強い口調で命令する依里ちゃん。それをわたしはぼけーっとポテチを貪りながら眺めている。だいたいいつもこんな感じです。








そして、なんやかんやあって。わたしは東堂くんの友達とデートをすることになった。待ち合わせの場所でぼけーっと待つ。あの雲ステーキに見えなくもない。ステーキが食べたい。ステーキがー、たべたーい!

また食い気に犯されそうになる脳みそ。はっ、いけないいけない。しっしっと食欲を追い払って、顔をきりっとさせる。今日はカッコいい男の子とデートできる、素晴らしい日だ。そして、頑張ってゲットしたい。カッコいい彼氏、欲しい。食い気にしか興味ないと色んな友達からバカにされてきたわたしだけど、恋愛ごとにだって、ちゃーんと興味があるのだ。カッコいい彼氏をゲットして、それをみんなに証明してみせる。

よし、と拳を丸める。すると、「堀田さん?」と穏やかに名前を呼ばれた。おお、きてくれたようだ。声の先に目を遣る。

思わず、目を見張った。

「ごめん、待たせた?」

イ、イケメンだー!!

頭の中で『大当たり〜!』と福引の一等賞が当たった時に流れるベルが鳴り響いた。大当たりです!すごい大物です!イケメンの友達はイケメンです!ごめんなさい東堂くん、実は君のこと『毎日カチューシャしていたら禿げそうだなあ』とか思っていました!ごめんね、もうそんなこと思わないようにする!

「えっとー、オレ、尽八…東堂尽八の友達でチャリ部の新開隼人っていいます…なんか恥ずかしいな、こういうの」

ははっと笑った顔がとても爽やかでございます。うわー!かっこいい〜!すっご〜い!かっこいい〜!と、見惚れていると、「えーと、堀田さん、だよな?吉井さんの友達の」と新開くんに話しかけられた。こくこくと首を縦に動かす。

「今日はよろしくね」

にこっと笑いかけられて、きゅーんと胸が高鳴った。イギリスの劇作家マーローは言いました。『最初の機会で恋を感じないなら、恋というものはないだろう』と…!胸がきゅんきゅんする。新開くんの周りがきらきら輝いている。そうだ、きっと、そうだ。

これが…恋だ…!!

頭の中で花が咲き乱れ、天使たちがラッパを吹き、わたしは空へ空へと高く舞い上がった。





「今日は楽しかったよ。ありがとう」

すっかり夜になってしまった。わたし達は映画を観に行ったり本屋に行ったりご飯を食べたり。そんな感じにデートをした。今、わたしと新開くんはバス停の備え付けのベンチに腰かけている。わたしが乗るバスが来るのを、一緒に待ってくれているのだ。新開くんは乗らないのに。優しい。好きになりそう。いや、もう好きだ。だってずーっときゅんきゅんしているもん。っていうか、デート、か…ふふ!!デート!!こんなカッコいい男子と…デート!!世界中の女子に自慢をしたい!

「堀田さん?なんで笑ってんの?」

「え、わたし笑ってた?」

「うん、笑ってた。なんかすげー嬉しそうだったよ。堀田さんって、ちょくちょく面白いよな」

新開くんはくつくつと喉で笑う。こ、これは…きたのではないかな…!?だって、少女漫画だと『お前って面白いよな』って、ヒーローが主人公に言ったら、絶対好きってことだもん。好きまではいかなくても、かなりいいなあ、って思っているもん…!こ、これは…!!

手を丸めて、ぎゅうっと拳にした。新開くんを真っ直ぐに見る。何か言いたげなわたしを見て、ん?と首を傾げた。

「新開くん」

「なに?」

すうっと息を吸い込む。しっかりと、足を地につけて踏ん張る。新開くんの肩越しに月が見える。夏目漱石はアイラブユーを『月がきれいですね』と訳しました。そうです、今です、とてもロマンチックな今、言う時なのです。

「わたしと、男女交際をしてください!」

…と静寂が流れた。新開くんがゆっくりと瞬きをした。あ、そうか。付き合ってほしい理由を言わなきゃ。初めて告白したから、忘れていた。うっかりうっかり。

「えっとね、なんで男女交際をしていただきたいのかというと。まず、新開くんがとてもかっこよくて優しいから、きゅーんとなってね、それで、そんな新開くんを彼氏にしたら周りからヤバーイ!羨ましいー!って目で見られるのだと思うと、えっへん!となるって思ってね。つまり、わたしは新開くんを彼氏にして、色んな人に自慢したい!きゅんきゅんしたい!以上!」

よし、理由を余すことなく言えた!えへへ、と笑いかける。新開くんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。ぱちぱち、と目をしばたかせたあと、俯いて、肩を震わした。新開くん?と声をかけると、仰け反りながら大笑いを始めた。

「あは、あははは!あははは!!堀田さん、おもしろいなあ、本当に…!!ははは!!すっげー、そんな、欲望を取り繕わない告られ方されたの初めて…!!自慢したいって…!隠そうぜそこは…!!」

お腹を抱えながら笑っている。こんなに笑っているのにお顔が崩れていない。流石イケメンだ…!!ぱちぱちと称賛の拍手を送りたい。

「あー、もう、こんな笑ったの久しぶりだ…」

新開くんは目に浮かんだ涙を拭いながら言う。まだ声が笑っている。わたしは面白がらせるつもりではなかったのだけど…。あ、でも、面白がられた方が恋愛には効果的なんだし、これでいいんだよね。お前って…面白い奴…は少女漫画の定番。うんうん。

「堀田さん」

「うん」

「ごめん。堀田さんとは付き合えない」

新開くんは片眉を下げて、困ったように笑いながら、わたしを振った。

振った。

振った。

つまり。わたしは振られた。

ふ・ら・れ・た。

「えー!!」

吃驚して大声をあげてしまった。今、わたしの目は満月のように真ん丸だろう。

「わたし、面白いのに駄目?」

「うん、面白いけど、駄目。オレ、堀田さんのことそういう対象で見られない」

「オ、オーマイゴッド…」

顔を俯けて、がっくりと肩を落とす。お前って面白いよなって言われたらうまくいくんじゃないの…?普通に振られたよ…?あっさりと…。

「でも、友達にはなりたいかな」

…え?

ゆっくりと顔を上げると、新開くんが面白いものを見るように目を細めて、わたしを見ていた。

「面白いから、友達にはなりたい。っていうか、堀田さん。オレのこと好きじゃないと思うよ」

「…えー!?一緒にいると、きゅんきゅんするよー!?嵐の大野くんを見ている時ぐらいきゅんきゅんする!」

「それは光栄だなあ。でも、違うよ」

「…そうなの?」

「うん」

新開くんはきっぱりと言い切る。あまりにもきっぱりと言い切るので、じゃあそうなのか、と単純なわたしは言いくるめられてしまった。どうやらこれは恋ではないらしい。きゅんきゅんするけど、恋ではないらしい。マーローのうそつき。

「じゃあ、友達になろう」

「ん、そうしよ。…あ、バス来たよ」

新開くんの言う通り、バスがやって来た。扉が開いて、わたしは階段を昇っていく。振り向くと、ひらひらと手を振っている新開くんが、視界に入った。

「…新開くん、写メ撮っていい?お母さんにイケメンの友達ができたって自慢したい」

「ぶっ、バスの車掌さんが早く乗れって顔しているから、また今度な」

「うわ!ご、ごめんなさいー!」

むっつりと不機嫌っぷりを露にした車掌さんに謝って、慌てて乗り込む。窓際に座って、新開くんに「ばいばーい」と口パクで言いながら、手を振った。新開くんも口を開いている。四回動いたから、多分「ばいばい」。きゅーん。

バスが発車して、新開くんの姿がどんどん遠くなっていく。とうとう豆粒になり、やがて消えた。ふうっと息を吐きながら、座席に背を預ける。

いっしょにポップコーンを食べてもらったり、高いところにある本を取ってもらったり、カニトマトクリームパスタを一口もらったり。フラれちゃったけど、友達になれたし、うん。

今日は、良い日だ!

心の中があったかくなる。バスの振動が心地よい。うつらうつら。意識が次第に遠くなっていく。わたしはそっと瞼を閉じた。新開くんが爆笑している顔が瞼の裏に浮かんで、イケメンの爆笑…眼福だあ、と涎を垂らしながら、眠りについた。







わたしの恋が今日死にました



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