ディア・マイ・ヒーロー


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鳴子くんのおかげで。幹ちゃんのおかげで。私は再び、友達とごはんを食べることができるようになった。

信じられないことに、今、私はクラスの女子達とお昼を食べている。

「結衣ちゃん、私のハンバーグとからあげ交換しない?」

「いいよ」

「わ〜い、太っ腹!」

幹ちゃんの計らいで、クラスの女子と友達になることができた。彼女たちも、私のことを人の彼氏を盗る悪女という噂を鵜呑みにしていたらしい。でも、幹ちゃんとアヤちゃんがそんな子じゃないよーと言い聞かせてくれたおかげで、友達になることができて、お昼を一緒に食べるようになった。遊びにも誘ってくれる。移動教室もひとりじゃない。たったそれだけと言えば、それだけかもしれないけど。すごく、嬉しい。

でも、ひとつだけ、心に引っかかっていることがある。

昼休み、中庭でお弁当を食べていたら、少し遅れてからやってきた鳴子くんの笑顔が、心に引っかかっている。

クラスに友達ができた、と言ったら。鳴子くんはまるで自分のことのように喜んでくれた。友達との写メを見せると『おー可愛いやん!やっぱり可愛い子の真の友達は可愛いな!ブスやとひがむからな〜!』と言っていた。

私のことを、私がいないところで庇ってくれた鳴子くんに、私はまだお礼を言えていない。幹ちゃんに、『鳴子くんはお礼を言ってほしくて、あんなこと言ったんじゃないと思うよ?』と言われたけど。

…それでも。

胸の奥がきゅうっと鳴いた。痛くてむず痒くて甘くて苦い。鳴子くんのことを思うと、最近こうなる。初めて感じる胸の鼓動をどう対処したらいいかわからない。

『これからはクラスの女子と弁当食えるやん。良かった良かった!』

明るい笑顔を浮かべながら、カッカッカッと笑う鳴子くん。

女友達と、笑い合いながら、お弁当を食べる。それが夢だったのに。

…鳴子くんと、もう食べられないのかな。

そう考えると、気分が沈んだ。トレードで手に入れたハンバーグを頬張る。脳みそは美味しいと言っているのだけど、心が美味しくないと言っていた。変なの。






「鳴子って、最近楠木さんのところに突撃しないよな」

「せっかく友達できたのに、男が突撃しまくっとったら、また男好きーとかくだらんことを言われるかもしれへんやん」

「あー確かに。っつーかさあ、女子のお前を見る目やべーよな」

クラスの友達が、周りに視線を走らせてから、ぶっと笑った。それとは反対に、ワイは「けっ」とつまらなさそうに言う。女子をブスと言って泣かせた結果。ワイはクラスの女子の大半にゴミを見る目で見られるようになった。中には、鳴子くんの言い分すかっとしたー!と言ってくれた女子もいたけど、大半は『いくらひどいことを言われたからって、女の子にブスなんて言うなんてサイテー!』という意見だ。でも実際、史上最強のブスに見えたのだから仕方ない。

「鳴子って無神経な時多いけど、そうやって考えられる時は考えられるよなー」

「貶すんか褒めるんかどっちかにせえ」

「んじゃ褒めるわ。オレはあの時の鳴子すっげーって思ったよ。あの手の女子敵に回すの面倒くさいのに、ブスとか言うって。怖いモン知らずの馬鹿ですげーって思った」

「結局貶しとるやないかい!」

「いや、褒めてるって。マジで」

「お前に褒められても嬉しないわ」

メロンパンに齧り付く。ああ、この前まで可愛い可愛い楠木さんがそこにおったのに。今じゃ、むさ苦しい男が目の前に…。しかも周りの女子のワイを見る目な。注目を浴びるのは大好きやけど、これは流石に鬱陶しいもんがあるで。ゴミを見る目やで。

この、むさ苦しいのと、めんどい女子だらけの空間に、楠木さんがおったら、砂漠に咲く一輪の華のような感じなんやろうなあ…。ってオイ、ワイ、今普通にポエム作ったで。俵万智になれるんちゃうか。って、なんでやねーん!

心の中で、一人でノリツッコミをしていると、影が差した。ん、と思いながら紙パックのストローを咥える。咥えたまま、目を見開いた。

「鳴子、くん」

突如、砂漠に一輪の華が咲いた。

一輪の華、もとい楠木さんは、恥ずかしそうに俯いている。楠木さんが、ワイに会いに来たという解釈をしていいのだろうか。というか、ここは、楠木さんのことを嫌っているブスが三名生息しているところで。今はたまたまおらんけど。

「…自転車乗りは、エネルギーが必要なんでしょ?」

恥ずかしそうに、目を合わせてきた。あ、覚えていてくれたんや。楠木さんは、最初の心底面倒くさがっていたころから、話はきちんと聞いてくれていた。気乗りしないようだけど、相槌も打ってくれていた。

「だから、これ、その、いらなかったらいいんだけど、お弁当、作ってみたんだけど」

ぼそぼそと呟きながら、背中に隠していた弁当箱を、恐る恐る差し出してきた楠木さんの頬に赤みが差している。

「い、いらなかったら、いらないって、」

「いる!」

楠木さんが言い終わる前に、言葉を被せた。もう一度「いる!」と大きな声で言う。

「わ、わかったから」

「じゃあ、いただきます!」

弁当箱を引っ手繰って、急いで包みを開ける。弁当の蓋も急いで開ける。美味そうな匂いが鼻をくすぐった。ばくばくと物凄い勢いで食べていく。

「めっちゃうまいで、めっちゃ!もう、なんていうん、もぐもぐっ」

「鳴子食べ方きったねーな」

「もっとゆっくり食べなよ…」

楠木さんと友達に白い目を向けられながらも、弁当を食べるスピードはとまらない。美味くて、嬉しくて、食べるのをとめられない。

「ごほっ、ごほっ」

「あーもう。だから言ったのに」

喉に食べ物が詰まって、楠木さんは苦笑しながら、紙パックのジュースを渡してきた。受け取って、ジュースで食べ物を奥へ押し込む。楠木さんが、ぷっと笑った。

その笑顔は初めて見るもので、思わず箸を動かす手が止まった。

「…鳴子くん」

「は、はい!?」

楠木さんの笑顔に見とれて、ぼうっとしていると、楠木さんにおずおずと名前を呼ばれた。裏返った声で返事をしてしまうという、ダサい行動をとってしまった。

「…ありがとう」

…え?

何に対して、礼を述べられているのか、わからない。ただ、わかっていることはただひとつ。

『…ありがとう』

そう言った楠木さんの顔が、恥ずかしそうで、嬉しそうで、とても可愛らしい笑顔だったということ。

「…楠木さん!」

だから、思わず大声で楠木さんのことを呼んでしまったのは仕方ないと思う。そして、勢いのまま。

「今度、一緒に飯でも食いに行かへん!?」

デートに誘ってしまったのも、仕方ないと思う。

楠木さんは、大きな目を瞬かせた。顔が熱い。好きな子をデートに誘うのって、めっちゃ緊張する。ヤバイ、緊張でウンコしたくなってきた。

「…うん」

頬をほんのり赤く染めた楠木さんが、こくりと頷いた。

「ほっ、ほんま!?」

「うん。…日程とかは、メールで決めよ。私そろそろ教室帰るね」

「あ、うん!弁当食い終わったら、弁当箱楠木さんのところに返しに行くな!」

「…うん。鳴子くん、」

楠木さんは、薄い微笑みを携えながら、ひらひらと手を振った。

「またね」

可愛すぎて、綺麗すぎて、目を見張らせて驚く。

自分のことをひどく嫌っている人間がいる空間に一人でやってきた楠木さん。それが、ワイに弁当を渡すため、多分、何かの礼をする目的で。

可愛くて、綺麗で、礼儀正しい子。

本格的に、自分の目が良すぎて怖くなってきた。今まで直観で選んだもの、なにひとつ間違ってこなかったけど、その中でも特大級。ロードレースぐらいの大当たりや。

「ま、またな!」

大声でぶんぶんと手を振る。楠木さんは、また、恥ずかしそうに小さく手を振りかえしてくれた。

今、地球上で一番幸せな男子高校生は、絶対、ワイ。




突き刺して静脈


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