ディア・マイ・ヒーロー


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あれから。鳴子くんは私とお昼を共にするようになった。というか、鳴子くんが勝手にやってきて、『隣座らせてもらうで!』と笑顔で言いながら、座るのだ。必要最低限の相槌しか打たない私と、何かしら口が動いている鳴子くんは、傍から見て、見事に対照的に映っただろう。鳴子くんに悪い感情を持っているわけではないけど、付き合う気もないのに優しい態度をとるのは鳴子くんに失礼だし、それに、勘違いさせたら面倒くさいし、ということで、あまり反応を見せたくないのだけど。

困ったことに、鳴子くんの話は面白かった。

「そんで、そん時な、じいちゃんの入れ歯がワイの髪の毛に吹っ飛んできてな〜」

なんで入れ歯が吹っ飛ぶの…!!

笑い出しそうになるのを、ぐっと堪える。反応を見せたら、間違いなくつけあがるタイプだ、鳴子くんは。笑ってはいけない、笑ってはいけない。面白くて小刻みに震える太腿をぎゅっとつねる。口内の肉を噛む。そうやって、痛みで誤魔化す。

「楠木さんのクラスの現文の先生って、山口先生?」

「う、ん」

笑いそうなのを堪えているため、声が震える。

「ワイんとこもそうやねん〜、あの先生めっちゃおもろい喋り方するよな。スネ夫のオカンみたいな。『鳴子くん!?話聞いてるんザマスか!?』って」

声を二オクターブぐらい高くしてから、人差し指でメガネのブリッジを上げる動作をしてみせた。それが、あんまりにも、そっくりだったので。私はとうとう。

「ぶ…っ」

噴出してしまった。

「お!やっと笑った!!」

鳴子くんの弾んだ声が聞こえたけど、笑っている顔を見られたくなくて俯いているので、どんな顔をしているのかわからない。けど、間違いなく嬉しそうな顔をしているだろう。単純な性格の彼のことだから、一歩前進できたとか思っているかもしれない。たまたまだって言ってやりたいけど、面白すぎて、声が出ない。

に、似てる…!似すぎてる…!!声とか、仕草とか、完璧に本人をコピーしている…!

「かっかっか!ワイの物まねスキルはかなりレベル高いからな!」

「…っ」

「なー、そんな隠さんくてもいいやん?いいや、隠さないでほしいザマス!!」

「やめ…っ、も…っ、ははっ、あはははははっ」

鳴子くんが、また、山口先生そっくりの声で言ってくるから。私はとうとうこらえきれず、声に出して笑ってしまった。

味をしめた鳴子くんは、それから、色んな先生の物まねや、部活の先輩、友達の物まねを披露した。部活の先輩や鳴子くんの友達なんて知らないはずなのに、どれも特徴をよく掴んでいることがわかった。知らないはずなのに、面白くて、私は涙を流して笑った。

「もう、ほんと、鳴子くん…」

人差し指で涙を拭いながら、意味を為していない言葉を鳴子くんにぶつける。鳴子くんは、ご満悦そうに、私を見ていた。にこにこの笑顔。口が開いて、綺麗な八重歯が姿を覗かせた。

「やっぱ、好きな子が笑ってるのを見るのは気持ちええな!」

恥ずかしげもなく、さらりとそんなことを言ってしまう。…この人、やっぱり、ちゃらいな…。気をつけないと、と思って顔を引き締めようとしたところで、鳴子くんが再び物まねを始めて。私はまたぶっと噴出してしまったのだった。

こんな風に笑ってしまったら、つけあがられて、面倒くさいことになるってわかっているのに。それでも、面白いものは面白いので、私は笑うのをやめることができなかった。

風が揺らす青葉の隙から、陽光が差し込んで、鳴子くんを照らす。赤い髪の毛と同じで、太陽みたいな男の子だと、思った。

「あ、でも、太陽って、ほんとは赤くないか」

「え、なに?」

きょとんとした顔で訊いてくる鳴子くん。あどけない顔立ちが、いっそうあどけなくなって、ちょっと可愛いなと思ってしまったのは、私の小さな不覚。







とろけるふつう


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