ディア・マイ・ヒーロー


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私は友達がいない。少ないのではなくて、いない。なので、お弁当はひとりで食べる。中二の秋からいないので、ひとりで食べるお弁当にも、もう慣れた。でも、流石に教室でみんながワイワイ食べている中、ひとりで黙々とお弁当を食べるのは少し辛いので、私は中庭で食べている。

「よっ、楠木さん!」

…出た…。

鳴子くんは片手を挙げながら、私の名前を呼んだ。そして、私の隣にどかっと大きく腰を下ろす。

「ここで弁当食ってるんやなー、いいなあ、ここ。日当たりいいし」

「…なんでここにきたの?」

「探したんや!はよ見つけれてよかったわー。見つけられんかったら、ワイ、弁当食えんところやったわ!かっかっか!」

鳴子くんはパンを取り出して、ばくばく食べ始めた。当然のように、私と一緒に昼ごはんを食べるつもりだ。鳴子くんをちらっと見ると、口の端にパンの屑をつけながら、不思議そうに首を傾げた。

「どしたん? あ、これ欲しいとか?」

「…いらない」

「そっか」

再び、鳴子くんはパンに噛り付いた。私もため息を吐きたいのを堪えて、再び、お弁当を食べていくことにする。

「昨日のあれ、読んでくれた?」

「…一応」

「おー!ほんま!?初対面の男子に急に渡されたやつやし、読んでくれへんかもな〜って思っていたんやけど、そんなのいらん心配やったな!そんな失礼なこと思った昨日のワイの頭どつきにいきたい!」

鳴子くんは自分の頭を自分で殴っていた。そして「イタッ!」と涙ぐんでいた。…忙しい男子だな…。ずっとテンション高いし…。

「…読んだからこそ、思うんだけど。やっぱり、私と鳴子くん、合わないと思う。私、派手なこと、嫌いだし。赤色より、青色のが好きだし」

「昨日も言ったやろー、あんな紙切れ一枚で、ワイのことわかってもらうつもりはないって!だから、今日こうやって話にきたんや!それに、」

鳴子くんは八重歯を見せながら、大きく笑った。

「楠木さんのこと、めっちゃ知りたいし!…って、はず!はずいな!この台詞!わー!」

鳴子くんはぎゃーっと喚きながら顔を両手で覆った。その隙にパンが落ちた。

「うっわー!貴重なエネルギー源がー!!」

鳴子くんの顔がムンクみたいになった。そ、そこまで落ち込むこと…?と思った私は恐る恐る口を出す。

「袋の中に、まだたくさんパンあるじゃん。ひとつくらい」

「あっかん!あんな、自転車漕ぐのってな、めーっちゃ体力いるんやで!?めっちゃ食べな、エネルギー枯渇して死んでまうわ!あ〜どないしよ、部活中死んだら…!」

そ、そんな大袈裟な…。

鳴子くんは頭を抱えて、うわああと喚く。

笑ったり、恥ずかしがっがり、悲しんだり。万華鏡のように、くるくると表情が変わっていく。

「…いる?」

「へ」

「私のお弁当、なにか、いる?」

鳴子くんはポカンと口を開いてから「ええー!?」と目を丸くして声を上げた。

「え、い、いいん!?」

「いいから、言ってるんでしょ」

恥ずかしくなって、少し強い口調で言う。でも、鳴子くんは気にしないようで、「やったー!」と大きくバンザイした。

「やったやったー!」

「そんなに喜ぶこと…?」

「あったりまえやん!楠木さんがなんかくれるって言うんやから!好きな子がくれるっていうんやで!?やったー!」

今まで何人からか、アピールされてきた私だけど、ここまでストレートな表現は初めてなので、ちょっと顔が熱くなった。

「ほら、なにかひとつ、選んで」

「んーとなあ…、んじゃ、これ!卵焼き!」

お弁当を差し出すと、鳴子くんは卵焼きをひとつ取った。頬張りながら「うっま〜!」と嬉しそうに目を細める。

「楠木さんのオカン、めっちゃ料理上手やな!この甘さが絶妙や!」

「…このお弁当、私が作った」

「…え、そうなん!?」

「うん」

「ええー!!えっ、嘘、もうちょい味わって食べればよかった…!!」

がーん、というショック音が聞こえてきそうだ。…本当に表情がくるくる変わるなあ…。見ていて飽きない…。もうひとついる?と訊こうかと思ったが、やめておいた。調子に乗りそうだから。

「でも、これで、楠木さんのこと、また、ちょっと知れたわ。中庭で弁当食っていることと、卵焼き作るのがめっちゃ美味いってこと!やー、収穫や、収穫!」

鳴子くんは、かっかっか、とご満悦そうに大きく笑った。そして、パンを食べながら、たくさん質問を繰り出してきた。

「何人家族?」

「…四人」

「兄弟おるんや!なにがおるん?」

「…弟」

「へー!こんな美人な姉ちゃんいるとか羨ましいわー!好きな食いもんは?」

「…クリームシチュー…」

「あーワイ、ビーフシチュー派やわ〜。ま、でもクリームシチューも美味いよな!」

「…鳴子くんってさ」

鳴子くんの質問を、少し大きな声を出して遮った。鳴子くんを見据えながら、訊く。鳴子くんはきょとんとしていた。

「なんで、私のことすきになったの?」

…予想はついているけど。

「一目ぼれ」

あっけらかんと、答えられた。とても能天気な顔で。

…やっぱり。

ハァッとため息を吐いた。どうせ、そんなことだろうと思った。だいたい、この時期、違うクラスなのに、告白してくる理由なんて、そういった理由以外、ないだろう。別に、見た目から入ることが悪いとは思わないけど。

褒めるところは、いつも私の顔。体。髪。最初の頃は嬉しかった。

でも、そればっかりになると。

私の中身って、人から見たら空っぽに見えているんじゃないかって、怖くなった。

自然と、視線が下に向く。膝の上に広げあるお弁当箱を見ながら、鳴子くんの話を聞いた。

「ワイ、たいてい一目ぼれやねん。ロードも一目ぼれで始めたし、今のロードバイクも一目ぼれで買うたし。周りからはな、もうちょっとちゃんと考えてから決めろって言われるんやけど、ワイ、見る目あるからな、絶対、外さんねん。スポーツも、ロードも、女子も!」

…え。

視線を上げて、隣を見る。鳴子くんと目が合った。ニカッと笑いかけられる。

「初対面の男に変な紙切れ渡されても、ちゃんと読んでくれて、おかんに頼らんと自分で弁当作っていて、弁当分けてくれて、質問にも無視せんと答えてくれる。やっぱり、ワイは見る目ある!」

腕を組みながら、得意げな表情で、うんうんと頷く鳴子くん。

「な、他に何が好きなん?好きなスポーツは?得意教科は?好きな色は、青やんな!えーっと、じゃあ、」

鳴子くんは指折り数えながら、私にする質問を考えている。とても真剣な表情だ。考えすぎて、頭がこんがらがったのか、ああもう!と声をあげてから、頭をガシガシと掻いた。

「なんでもええから、なんか教えて!なんか!」

この通り!と言うように、鳴子くんは頭を下げて、両手を合わせた。そして、またパンが落ちた。

「あーっ!!」

綺麗な青空が覆う中庭に、鳴子くんの絶叫が轟いた。うるさくて、思わず顔を顰めた。

くるくる表情が変わって、いちいち大きな声を出す。苦手なタイプだけど。

誰かと一緒に食べるお弁当は、いつもよりは、少しだけ楽しかった。






開花するまなざし


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