ディア・マイ・ヒーロー


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放課後に呼び出されて、真っ赤な顔をした男の子に、こう告げられるのは、わかりきっていた。

「めっちゃ好きです!!付き合ってください!!」

ほら。

私は、真っ直ぐに私を見据えている赤い髪の毛の男の子を、同じく、じいっと見据えた。意思の強そうな瞳。…これは、なかなか諦めてくれないかもなあ…。ため息を吐きたいところだけど、それは流石に失礼すぎるので、我慢する。こんなこと、声に出して言ったら批判が殺到するから、口には出さないけど、私は見栄えが良いので、平均よりもモテる。告白される。でも、男子にモテるということは良い事だけではない。楠木さんって〜なんか調子に乗っているよね〜、と陰口を叩かれることも多い。表では男子と仲良くする材料として使ってきて、裏では陰口。たまったものじゃない。

だから、私は、男子に告白されても、特別嬉しく思えなかった。

「…悪いけど、鳴子くんとは付き合えません。ごめんなさい」

ぺこりと頭を下げた。

自己紹介はここに連れてこられるや否や、『ワイ、鳴子章吉っていうねん!チャリ部にはいっとる!』と、手短にされたので名前は知っていた。聞いてもいないのに部活まで教えてくれた。自転車を漕いでいるらしい。ふうん。

すると、鳴子くんは、特に落ち込んだ素振りも見せず、「やっぱりか…」と息を吐いた。

玉砕覚悟だった感じ…?まあ、それならそれで、ラッキー。と、不謹慎なことを思っていると。鳴子くんは大きな声で「なあ、楠木さん」と呼びかけてきた。

「それって、あれやろ?鳴子くんのこと、よく知らないから…ってやつやろ?」

…なんで『鳴子くんのこと、よく知らないから…』ってところだけ、声を高くしたんだろう…。私の物まね…?

そうだね、と頷く。鳴子くんのこと、知っていても振っただろうけど、という言葉は呑みこむ。赤い髪の毛、大きな声、関西弁。静かに暮らしたい私と違って、派手に生きていきたいことが、風貌からありありと伝わってくる。

「じゃあ、知ればいいやん!」

鳴子くんは、ニカッと大きく笑った。八重歯が見える。

「…え?」

「そう思ってなー!これ、持ってきてん!はい!!」

鳴子くんは、私に何かを差し出した。目の前に、風に吹かれてひらひらと動いている、一枚の紙が現れた。

こ、これは、昔懐かし…。

「プロフィール帳…」

思わず声に出してしまった。懐かしい。小学校の頃、友達と交換した。鳴子くんは得意げに説明する。なんで得意げなんだろう…。

「妹から一枚貰ってん!そりゃな〜、全く知らん男を彼氏にするのは不安があるよな!ちゅーわけで、これにびっしりワイのこと書いてきてん!!まあ、こんな紙切れ一枚にワイのすべて書けへんけどな!」

「は、はあ」

すごく喋るなこの人…。流石関西人…。

立て板に水のように喋るので、全く言葉を挟めない。目を点にしながら訊いていると、ビシッと指を突き付けられた。

「っちゅーわけで!これから、めっちゃワイのこと知ってもらうからな!振るのはそれからってことで!」

高らかに宣言したあと、腕を組みながら、かっかっかと大笑いする鳴子くん。私は、口の端を引きつらせることしかできなかった。

…めんどくさいことに…なった…。

右手に持っているプロフィール帳がやけに重く感じた。





疾走する青い春


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