がやがやと人でにぎわっている三年生の教室。時刻はお昼。私はお弁当箱を広げて、友達と楽しく昼食を摂っていた。そして繰り広げられる、何回目かの会話。
「荒北くんと未央ってさー、仲良いよねー」
「付き合っちゃえば?」
…ああ、またか…。
友達の軽口に、私はチッチッチッと指を三回振りながら舌を鳴らした。
「荒北と私が付き合う?どーこーのギャグですか、それは」
「いやギャグじゃないよ。マジで言ってる」
「いーや、ギャグだね。私と荒北…?」
腕を組んで、荒北と付き合っている状態を想像してみる。
『お待たせ、靖友くん!待った?』
そう言って小走りで駆け寄る私に、荒北は爽やかな笑顔を浮かべて言う。
『いや、全然待ってないよ』
「ぶわっはっはっは!!」
そこまで想像した時には、もうこらえきれなかった。きつい。あの顔で少女漫画みたいなことされたらきつい。
「あっはっはっ!なんかっ、もうっ!下手なギャグ漫画より面白い!全然待ってないよ…とかあの顔で言われてもあっはっは!!」
抱腹絶倒していると、バシンッという衝撃が頭に走った。痛む部分を両手で抑えながら振り向くと、ニタァッと笑っている荒北の姿があった。口角は上がっているが、目は笑っていない。あ、やばい、これ。たらりと冷や汗が背中を伝うのを感じた。
「わりィなァ、ブッサイクな面で?」
「い、いやあ、そこまでは言ってない、ジャン?」
ははっと外人のように肩を竦めて言うと、また頭を叩かれた。
「いったーい!何すんの!女子を殴るとかサイッテー!!」
「女子だァ?お前が女子だったら俺も女子だわ」
「意味わかんないっつーの!」
「っつーか、いいから、貸せ」
荒北は、“ほら”とでも言うように掌を差し出してきた。意味がわからず、そこに手を置くと「そうじゃねーヨ」と頭を叩かれた。殴られ過ぎてそろそろ馬鹿になる。
「もう馬鹿だヨ」
「…!?」
「顔見りゃあわかる。わかりやすいんだよ、てめー。いいから俺の電子辞書、返せ」
視線だけではなく、物言いも上からだ。こんな横柄な態度の奴に返す電子辞書はない!と言いたいところだけど、荒北のものなので返します、ハイ。スンマセンでした。
「長い間、スンマセンでした…」
深々と頭を下げて電子辞書を返すと「ったっく…」とぶつぶつ言いながら荒北は受け取った。
「利子はコレで許してやんよ」
「え、あ!!」
荒北は私のお弁当箱から、ひょいっとエビフライをつまんで頬張った。もっさもっさと噛まれていく私のスイートハニィ。
「じゃーな」
そう言って踵を返して。荒北はさっさと自分の教室に戻って行った。
エ、エビフライ…わ、私の、私の、私の…一番の好物…!
「荒北のブァァァカァァァァアァ!!」
それはそれは、とても悲痛な叫び声が、箱根学園三年生の廊下にまで響き渡ったとな。
メランコリーに飛び乗ってprev|next