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ふわあっと自然と大きな欠伸が口から漏れて、慌てて手で覆う。
わたしは本日完徹してしまった。
いつも最低七時間寝ているわたしがなんで今日は完徹してしまったのかというと。
『そ、そそそそ、そ、そう、そう、総集編!!』
『ちっがあああう!!なんでそうアルか!!』
『小春〜。そーうーご、沖田くんの下のお名前はそーうーご』
『そ、そそそそそそそそそそそそそ総司!!』
『それ本家の人です。ツッコミ辛いです』
と、こんな風にして銀ちゃん新八くん神楽ちゃんも巻き込んで沖田さんの下の名前を呼ぶという練習を夜通し行っていたからだ。
しかし、夜通し練習しても、わたしは結局、呼べなかった。
そのことを思い返し、はあっと重く長いため息をつく。
下の名前を呼ぶだけなのに。“そ”と“う”と“ご”を続けて言えばいいだけだ。続けて言えばいいだけなのに。
どーして、それだけのことがわたしにはできないんだろう…。
また深いため息をつきそうになると、新八くんが「まあまあ」と気遣う声色で声をかけてきてくれた。
「そう気を落とさないでください。あ、ほら。あんみつきましたよ」
新八くんがそう言うと、店員さんがたっぷりの餡子と白玉と生クリームがかけられたあんみつを、おまたせしました〜と言いながらテーブルに置いた。
新八くん…本当にいい子だなあ…。
「ありがとう、新八くん…」
「いえいえ。練習していたらきっと呼べるようになりますよ!とりあえず今はあんみつを楽しみましょう!」
ね?と笑顔で諭してくれる新八くんは、本当に、神様だと思う。
わたしと新八くんは今、昨日言っていたいきつけのあんみつ屋さんで、向かい合ってあんみつを食べている。完徹のせいでテンションが上がってしまい、寝れなくなってしまったわたし達は、午前中のやるべきことを片づけると、仮眠もとらず、そのままあんみつ屋に来た。ちなみに、銀ちゃんと神楽ちゃんは今よだれを垂らして爆睡中。
生クリームとあんこを小さなスプーンですくって口にいれると、両方の美味を兼ね備えたハーモニーが口の中に広がり…お口の中がIT革命や!状態になって、頬が緩むのをとめられない。
「おいひ〜…完徹明けのあんみつ…これに限る!…ってわたしは漫画家か!」
「小春さん今完璧に完徹のテンションでしたね…」
新八くんはわたしに多少引きながら、そうツッコミを入れると、続いてあんみつを食べる。
「うん、確かにおいしいですね、相変わらず」
「だよね〜、ここのあんみつおいしいよねえ。…あ、新八くん。ほっぺたに、生クリームついている」
「え、ここですか?」
新八くんは目を丸くして、生クリームがついている左の頬を触らず、なにもついていない右の頬を触る。
「違う違う」
わたしはテーブルに身を乗り出して、ナプキンで新八くんの左の頬を拭いた。
「ん、とれた」
にっこりとほほ笑んでみせると、ぽかんと小さく口を開けていた新八くんの頬が、ほんのりピンク色に染まった。
「…小春さん」
「ん?」
「沖田さんと喧嘩したのって小春さんにも問だ「わー可愛らしいカップルですねー!!」
新八くんの声が、甲高い女性のきゃぴきゃぴした声に突然遮られた。えっと驚いて、声の方向に目を遣ると、目の前には高そうなカメラと、見たことのある女性アナウンサー。
「はーい、花野でーす!観ましたかーテルーさん!今の可愛らしいカップルのお姿をー!」
そう花野アナウンサー(そうだ、花野アナだ)が言ったあと、真っ直ぐカメラをわたし達に据えなおすカメラマンさん。
は、い?
わたしと新八くんは、ただただ目をぱちくりさせるだけだった。
***
真選組と見廻組。その仲の悪さは犬猿というレベルを超えるほど仲が悪い。エリートとゴロツキがどうやって仲が良くなれようか。いつもいつもいがみ合い、できればあいつら死なねえかな、と口に出さずとも双方がそう思っている。
だが。
『警察の二大勢力が仲悪いってどーいうこったァ。ガキじゃねーんだからよォ、もうちょい協力し合えェ。っつーわけで明日お前ら合同で市中巡回してこい。せめて上辺だけでも仲がいいってことを市民に見せつけ。しなかったら全員、切腹』
という指令、いや、命令、いや、脅しが松平のとっつあんから出た。上にそう言われちゃ仕方ねえってことで真選組と見廻組はしぶしぶ、いっしょに市中巡回している。土方さんが苛々で死にそうになっている。そのまんま死ねばいいのに。死ね。死ねよ土方。
…って、俺もだいぶイラついてんな。
名前を呼べっつっても、顔を赤くして、いっこうに呼ばない山川が思い浮かび、さらに苛々が増す。
メガネや旦那には、名前で呼ぶだけじゃなく、あんなに気安く触るし、全然ビクつかねーし、甘えんのに。俺には、まだちょっと距離がある。アイツから俺に触るなんて、めったにねえのに。
ムッシャムッシャ。
―――いつだって、俺ばっかだ。
もっぐもっぐもっぐ。
―――俺ばっか、アイツに振り回されて、触りたがって、欲しがって、嫉妬して。
クチャクチャクチャ。
―――…なに女々しいこと考えてんだよっつーか。
「うっせェ」
ぎろり、と騒音の出所に睨みを効かす。が、出所の今井信女は表情ひとつ変えず、ちらりと俺に視線を走らせると、またドーナツをむしゃむしゃと食べ始めた。
雲一つない青空の下、惚れた女とは微妙な空気のまま、真顔でドーナツを食う女と仕事。っつーかムッシャムッシャうっせなオイ。しかもまだ食うのかよ。
紙袋に手を突っ込んで次のドーナツを食い始める今井信女に呆れた眼差しを送ると、じいっと視線を返された。
「欲しいの?」
「いらねえよ」
間髪入れずに返事をする。今井信女は、ふうんともなんとも言わず、また視線を前に戻し、もぐもぐとドーナツを食い始める。
そういえば、コイツが食べてんのって。
今井信女が今食べているのは、普通のオードソックスなドーナツに蜂蜜をまぶした…なんだっけ、そう、ハニーオールドファッションってやつだった。山川がずっと前うまいうまいと頬を緩めながらしあわせそうな呑気面で食っていたから、覚えている。なんでもハニーなんたらが山川は一番好きらしい。
…って。
ガツンと拳で頭を殴る。
山川に、確かに苛々してむかついてんのに。
なんっで、あいつの好きな食い物のことなんか、思い出してんだよ。
そんな自分にたいしてイラついて、思わず頭を殴ってしまった。
自分の馬鹿さ加減に、反吐が出る。
はあっとため息ついて顔を下に向けて、右手で覆う。
そして、顔を上げると、軽い人だかりができていた。看板に目を遣ると、そこはあんみつ屋なのに、あんみつ屋らしからぬ喧噪音だ。
なにやってんだと不思議に思い、ひょいっと中を覗き込むと。
そこにはメガネと山川が、いた。
「お二人とも雰囲気が似ていてお似合いですね〜。何年くらい付き合っているんですか?」
どっかで見たことのある女子アナがメガネにマイクをつきつけていて。
「いやいや、だから僕ら違うんですって!」
「またまた〜!」
江戸の若者カップルについて、なんて看板を持ったどっかで見たことのある芸能人がメガネをひやかしていて。
「いや、ちょっと…!は、話を…!」
おどおどしながら、芸能人に話しかけている山川が、いて。
「え〜本当に付き合ってないの〜?」
「だ!か!ら!そうですってば!!」
メガネがいつものツッコミのように切れ味するどく否定する。
「でもいい感じでしたよ〜?それに二人とも、本当にお似合いだと思います!ほのぼのカップル〜って感じで!」
「やっぱね、付き合うとした似た者同士がいいよ〜!」
芸能人はそう言うと、俺の視線に気付いたのか、顔を上げ、俺を見た。
そして何故か、ぱあっと顔色が明るくなる。
たたたと近寄ってきて、俺にマイクを向ける。
「お〜、これはこれは真選組の沖田隊長、ですよね!?それに見廻組の今井信女副長!おおっとこれは怪しいなあ、デートですか!?」
…なに言ってんだコイツ。
今井信女は興味なさそうにドーナツを食うだけで否定も肯定もしない。
「べつにそんなんじゃねーよ」
苛々が最高潮に達している俺は投げやりに言う。が、芸能人はそんな俺に構わず、「え〜、お似合いなのに〜!」と声をわざと悲痛そうに上げる。
そしてそれから、息を吐く間もなくべらべらと立石に水のごとく喋り続ける。
「お互いね、若くして真選組と見廻組のエースとして活躍するだけあってお似合いですよ!ほんっと!」
「雰囲気も似ていて、お二人とも落ち着いていて!」
「美男美女ですし、どうです、くっついちゃったらいいんじゃないですか〜?」
…あ゛―…。
めんどっくっせェ。
否定を入れるのも面倒くさくて、放置をしていると、芸能人は調子に乗り口の回転がどんどん速くなる。流石に鬱陶しくなってきたので、そろそろ黙らすかと口を開くと。
「やだ!!」
聞きなれた、声が耳に飛び込んできた。
その聞きなれた声は、大声を出す時はツッコミを入れる時か、ギャアギャア泣きわめくときにしか使われないもんだから、大声の出し方がへたくそで、変に裏返っている。
声の持ち主は、立ち上がって、顔を真っ赤にして、丸めた拳を震わせている、山川だった。
「ちがうもん、その人は、その人は…!!」
二つの真っ黒な瞳がうっすら滲んだ涙で揺らいでいる。
山川は、ぎゅうっと目を閉じて、声を震わせて、大声で、叫んだ。
「総悟くんは!わたしの彼氏です!!」
狭い店内に、山川の叫び声が、めいっぱいに広がった。
もぐもぐとドーナツを食べる今井信女の咀嚼音以外、なにも聞こえない。
山川は大声を出した、五秒後くらいに、口を両手で勢いよくおさえた。きょろきょろとあたりを見わたしたあと、俺に、視線を向ける。
真っ赤な顔が、さらに赤く染まった。
「ぎっ、ぎっ、ぎ…っ!」
ギイヤァァァァァァァッァ!!
山川は光のような速さで店から脱兎のごとく出ていった。いや、逃げ出した。
店にはぽかーんと間抜け面のやつらと、ドーナツを貪り続ける今井信女と。
『総悟くんは!わたしの彼氏です!!』
山川の表情や声が頭から離れられない、ぼんくらな俺しかいなかった。
***
おわったおわったおわったおわったおわったおわったおわったおわった。
「おわっ、た…」
わたしはソファーの上で膝を抱えながら虚ろな目でひとりごとを漏らした。
テーブルには置手紙が置いてあり、
そこには『俺パチンコ行ってくっからー。銀さんより。私は遊んでくるネ。神楽』と書かれている。よかった、誰もいなくて。正直今はひとりになりたい。っていうかもう誰にも会いたくない。っていうか、消えてなくなりたい。
なにが、なにが総悟くんはわたしの彼氏あああああああ消えたい消えたい消してリライトしたい。
神様、お願いします。時間を巻き戻してください。あの発言を消させてください。
あんな、嫉妬している顔を、沖田さんに見せたっていう過去を、消させてください。
抱えている膝のふとももに視線を落とす。
あんな、嫉妬している、醜い女の顔を、沖田さんに見られた。見られたんだ。
視界の中の太もものニーハイの部分に水滴が落ちる。
「もう、やだ…」
背中を丸めて太ももに額を押し付けて、小さく縮こまった時だった。
カンカンカンと階段を上ってくる音がした。
そっと耳をすますと、ちょっとしてからぴんぽーんとチャイムが鳴り響いた。
チャイムを鳴らすってことは、もしかして、お客さん?
それだったら、お断りしないと。今日は休みです、って。
と、腰を上げかけると。
「いんだろ、俺でさァ」
という声がしたので、フリーズしてしまった。
え、え、え、ええええええええ!?
な、なななんで、なんで、なんで沖田さんが…!?
いま、一番会いたくない人なんですけどおおおお!!
ムンクの叫びのような表情をしているわたしに構わず、沖田さんの「入りまさァ」という声が耳に入ってくる。
やばい、これは、ちょっ、え…!
ああなんで鍵かけなかったんだろうわたしバカバカバカバカああああもうだれかわたしを消してええええリライトしてえええええ。
あちこちをきょろきょろ見渡す。
か、隠れないと…!
そう思って、真っ先に目に飛び込んできたのは、神楽ちゃんが寝床としている、押し入れだった。
「お邪魔しやーす」
がらっと扉が開かれた音がする。襖越しでもそれくらいはわかる。
どっどっどっと鳴る心臓。
荒くなりがちな息を必死の思いで呼吸音を最小限にとどめる。
しばらく足音があちこちを行ったりきたりしていたけど、その足音はしだいに少なくなっていき、どんどん遠ざかった。
ぴしゃりとドアが閉まる音が聞こえた。
わたしはふうっと長く息を吐いた。
なんとかやりすごせたみたいで…よかった…。
それにしても暑いな。当然か。ただでさえ梅雨の時期でじめじめしているのに。
押し入れの中はじめっとした空気が濃縮されていて気持ち悪かった。
襖に手をかけ、あけると。
何故か、そこには沖田さんがいた。
十秒か、五秒か、三秒か。視線は重なったまま、何秒かわからない沈黙がわたしたちの間に流れる。
わたしは無言で襖を閉めなおそうとしたが、沖田さんによって阻まれた。
「離して、離してください!!」
「嫌でィ」
あっという間に襖は開けなおされた。しかも、なんと、沖田さんが襖に乗り込んでくる。
「えっ、ちょっ、なにを」
沖田さんはあわてふためくわたしに構わず、足で襖を閉めなおす。
暗くて、なにも見えない。
「お、沖田さん帰ったんじゃ…!」
「てめーの草履が玄関にあんのに易々帰るわけねえだろィ。こんな狭い家で隠れられる場所っつったらここぐらいなもんだ。一回玄関まで行ってドアを中から閉めて、足音たてないようにしてここに戻ってきただけでさァ」
そ、その手があったか…!
まんまとひっかかってしまった…!
わたしは沖田さんの計略にまんまとはめられてしまった。ああ、なんで、もう。
「なァ」
暗闇の中、沖田さんが声を出す。
「お前、嫉妬した?」
その問いかけに、体中の血液が沸騰しているのかと、思うくらい、体が熱くなる。
ああ、もう、やけくそだ。
「しましたよ…!」
わたしはやけっぱちになって投げやり気味に答える。
「だって、あんなお似合いって言われて、そりゃ、わたしは地味だし美人じゃないし田舎臭いし、でも、それでも…っ、わたしが、彼女だもん…!」
やけくそだやけくそだやけくそだ。
もう笑われたっていいじゃないか、沖田さんが意地の悪い人だなんて知っているし、笑いたきゃ笑ってよ、笑って笑って、バカにしてよ、
こんな、あなたに首ったけな、バカなわたしを、バカにしてよ。
が、沖田さんはなにも言わない。
不思議に思って、沖田さんを真っ直ぐに見る。
暗闇に目が慣れてきて、少しだけ、沖田さんの表情がわかる。
多分、沖田さんはいつものようなポーカーフェイスを浮かべている。
「おき、」
名前は最後まで呼べなかった。
最後の言葉は、唇を唇でふさがれて、喉の奥へ落っこちていく。
「総悟」
唇が離されたあと、沖田さんは息がかかるほどの至近距離で、そう言う。
「そう、ご」
オウム返しのように、反射的にそう返すと、またしても唇で唇を塞がれる。ん、という声が塞がれた時に漏れる。
ゆっくりと布団の上に押し倒され、頭がちょうど枕の位置に落ちる。
狭い押し入れの中に、二人入るのはとても窮屈で、足と足が絡み合っている。
「総悟って、呼べる女は、お前しかいねえよ」
沖田さんはそう言うと、また、わたしにキスをする。
前、はじめて一緒に出掛けた時の最後にしたのと、今日、押し付ける程度のキスとは違って、今のはとても深い。
ぬるっとしたものが口内に入ってくる。それは冷たくてぬるぬるしていて、気持ち悪い感触のはずなのに。
どうしてわたしは気持ちいいって思っているんだろう。
「んっ、ふぅ、っ、ふっ、んん…っ」
息が苦しい、酸素が欲しい、苦しい。
目尻に生理的な涙が浮かぶと、総悟くんが舌でそれを舐めとった。
「しょっぺ」
はあはあと息切れするわたしにたいして、総悟くんは冷静にそう言う。
「…ずるい」
「は」
「ずるい、ずるい、総悟くんは。ずるい。いつも冷静で落ち着いて、わたしの考えなんてお見通しで、いつだってわたしばっか、背伸びして、置いていかれそうで、わたしばっか、わたしばっか、余裕なくて、ずる、」
むぐっと我ながら色気のかけらもない呻き声が唇を押し当てられた拍子に出る。
「んっ、んん〜っ、ふっ、ふうっ」
総悟くんの舌が、わたしの口の中で好き勝手をする。
ほら、こうだ。こうやってわたしはいつも総悟くんに振りまわされて、巻き込まれて。
本当に、ずるい。
ちゅぱっと唾と唾が離れる音がして、唇を離される。総悟くんの顔はいくら慣れてきたと言っても暗闇だからはっきりは見れない。
「ずりィのは、お前だろィ」
酸素を求めて荒く息をするわたしを見下ろす総悟くんの顔は、どういう表情をしているのかも、よくわからない。
「俺がどんだけお前に振り回されってっか、知らねェくせに。初めて声かけてやった時、白目剥いてぶったおれやがって」
「そ、そんな大昔のこと」
「しかもなんでィ、あのわざとらしい避け方。びびりすぎんだろ。ザキとか近藤さんとは楽しげに話すくせに」
「だ、だってあの頃怖かったんだもん」
「今は?」
総悟くんがわたしをどんな目で見ているのか、よくわからない。
わからない、はずなのに。
その声が少しだけ震えているから、きっと、置いていかれるのを怖がっているような顔をしているんだろうなと思うと。
胸の奥から愛おしさがこみあげてきて。
総悟くんの首の裏に手を回し、上半身を持ち上げて、彼の唇に、触れるだけのキスを落とす。
「怖い時もあるけど、それよりも、好きだから。大好きだから。わたし、総悟くんのことが大好きだから。だから、大丈夫」
暗闇で見えないだろうけど、わたしは微笑みを浮かべながら、そう言う。
「…ごめんね、怖くないよ、なんて言えなくて。でもわたしはビビリだから、やっぱり、どうしても、」
言葉は遮られた。
今度は唇ではなく、言葉で。
「小春」
わたしの名前で。
驚きで目が目開く。
「今、わたしの、名前、」
「小春」
総悟くんはもう一度わたしの名前を呼んで、わたしをぎゅうっと抱きしめてくる。
湿った空気の中、足が絡まっていて、体が密着しているから、熱い。
けどこの熱は絶対にそれだけじゃない。
好きな人って、すごい。
その人に下の名前を呼ばれると、こんなにも恥ずかしくて、こんなにも、嬉しくて、こんなにも、幸せな気持ちになれるんだ。
ぎゅうっと総悟くんの背中に手を回す。
―――スッパァァァァン!!
「この泥棒ォォォ!!」
「コノ家ニハ酢昆布ト縮レ毛シカネーゾ!!」
「泥棒さん。観念してお縄についてください」
それは突然のことだった。
突然光が差し込んだのだった。
棍棒や掃除機やモップで武装しているお登勢さんキャサリンさんたまさんが、襖を開いた先にいた。
この場にいる全員、固まった。
最初に動いたのはお登勢さんだった。
「…邪魔したね」
「ッタク。誰モイナイト思ッテ上デナンカゴソゴソ物音ガスルカラ泥棒カト思ッテキテミタラ発情期ノ猿ガ二匹カヨ。リア充死ネ!デキルダケ苦シンデ死ネ!!」
「それでは引き続きお楽しみを」
三人はくるりと背を向け、次々に好き勝手なことを言いながら去っていく。
「ちょっ、ちょっ、ちょっと待ってくださあああああああああああああい!!」
わたしは火事場の馬鹿力で総悟くんを押しのけ、三人の背中を追いかけた。
真っ白なままのあなたの名を「ただいま〜。って、なんでお前私の押入れで寝ているアルか!」
「チャイナ。…悪ィ」
「お、お前が素直に謝るとか気味悪いネ」
人様の布団の上でいちゃついてさーせん。
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