臆病者感謝短編集
 



今なら部屋にいるんじゃないかな。と、山崎さんに言われて、弾むような足取りで、わたしは沖田さんの自室に向かった、のだが。

沖田さんはすやすやと寝息をたてて、丸めた座布団に頭を乗せて気持ちよさそうに寝ていた。

「お、沖田さーん…?」

恐る恐る近づいて小声で呼んでみるが起きる気配は一向にない。アイマスクをつけないで寝ているところからして、寝転がってすぐに寝付いてしまったのだろう。

最近沖田さんはお仕事が忙しくて、お昼をいっしょにとることもできなかった。仕方ないと納得しつつも、寂しいという気持ちは拭えなくて。そんなわたしの心境を察したのか、山崎さんが『今なら部屋にいるんじゃないかな。行ってきなよ』と言って下さったのだ。

沖田さんは疲れているんだから、そっとしておいた方がいいんじゃないかな。とは思った。

けど。

わたしは会いたかった。ちょっとでもいいから、一言二言でいいから、言葉を交わしたかった。

しかし、沖田さんは寝ていて話すことはできなかった。でも、がっかりする気持ちはみじんもなかった。何故ならば私は今、沖田さんの寝顔を初めてお目にかかっているのだ。アイマスクをつけながら寝ているのはしょっちゅう見るけど。

沖田さんの寝顔をもう少し近くで見たくて、わたしも彼の横で寝転がってみた。沖田さんとの距離が縮まって、心臓の鼓動がはやくなる。

目とか鼻とか、こうやって沖田さんの顔の造形をまじまじと見るのはなんだかんだ言って初めてだ。沖田さんの顔立ちはとても整っていると思う。けど、わたしは本来男性らしいスポーツマン的な顔立ちがとても好きなので、こういう中性的な顔立ちの人は整っているとは思いつつもときめかなかった、のだけど。

沖田さんの顔を至近距離で見ると、心臓を鷲掴みされたみたいに胸が苦しくなり、胸のところに手を当てる。

すると、突然。

沖田さんの閉じられていた瞼がぱっちりと開き、赤色の瞳がわたしを捕えた。あまりにも突然のことだったので、わたしの体は硬直してしまった。

勝手に部屋に入って、横に寝転がって、顔まじまじと見ていて、え、なにこのわたしの行動、ただの変態じゃん…!

羞恥でカァッと顔が熱くなる。

「す、すみませんっ!」

と、慌てて身を起こして離れようとすると、沖田さんがわたしの腕を引っ張って、ぎゅうっと自身の腕の中にわたしを閉じ込めるようにして、抱きしめた。

沖田さんの肩からの世界しか視界に映らない。

「お、沖田さん!?」
「…なんでさァ」

明らかに寝起きの掠れ声。間違いない、これは…寝ぼけている…!

「ちょっ、えと、その、ちょっと、苦しいので、もうちょい緩めてほしいかなー…って」
「嫌でさァ」

ここまでは、まだわかった。理解できた。まだ。沖田さんはわたしの頼みごとを快く引き受けたことなんてほとんどないのだから。

理解できなかったのは、次の沖田さんの発言。

「久しぶりなんだから、これくらい我慢しなせェ」

…ん?

わたしの思考回路は初めて出くわす事例を処理しきれなかった。

え、ちょっと、何、いまの、甘えた口調。え。え。え。え。え。え。え。え。え。
いやでもいやちょっと待とうわたし。これからそうだきっとひどいこと言ってくるんだ。そうだそうに違いない。きっとわたしの関節を締め付けてギャアアアアって、わたしが悲鳴を上げて苦しむところを見たがっているだけなんだからそうなんだからそれ以外ありえないんだから。

だが、沖田さんの行動はまたしてもわたしの予想を裏切った。

わたしの頭を、沖田さんはとても優しい手つきで撫でてきたのだ。

心臓がどくんっと跳ねた。

頭をがしがしと撫でられたことや、安心させるようにポンポンと撫でられたことは、たくさんある。けど、こんな撫でられ方は初めてだ。こんな、大切な宝物を慈しむような、撫でられ方。

しかもそれをやっているのが沖田さん、という衝撃の事実。

「柔らけえ」

ぼんやりとした声が沖田さんからしたと思うと、沖田さんはわたしの胸元に頭を猫のように押し付けてきた。

「へえ!?」

ちょちょちょちょ、えっあのそのっ、えっ。

とうとうわたしの思考回路は爆発した。支離滅裂な言葉しか思い浮かばないし、発せない。

素肌に触れた髪の毛がくすぐったい。

寝ぼけているとはいえ、沖田さんが、こんな風に甘えてくるなんて信じられない。いつも鋭い眼光を光らせて、きつい口調で、隙なんてひとつも見せなくて。その、沖田さんが、今、母親に甘える子供のように見えるなんて。

胸の奥から羞恥とはまた違う、熱いというよりあたたかい感情が込み上げてくる。

よく、わからないんだけど。

この感情を、愛おしいと、人は呼ぶのではないのだろうか。


わたしは沖田さんの頭に、ぎこちなく手を伸ばして、そしてわたしも、彼の頭を撫でた。

「沖田さん、その、いろいろと、お疲れ様です」
「…疲れた…」
「…うん。頑張りましたね」

沖田さんの頭をあやすように撫でながら、柔らかな口調で言うと、沖田さんはさらにわたしの胸元に顔をうずめてきた。恥ずかしくてどうにかなってしまいそうな気持ちもあるけど、それよりも、沖田さんを守りたいというか甘やかしたいというか、そんな母性愛に近い感情の方が大きかった。

少し経つと、沖田さんの寝息がまた聞こえてきた。呼吸に合わせて規則正しく体が動いている。

…さて。そろそろわたしも行かないと…。

沖田さんを起こさないようにして、体を起こそうとする、が。真選組一番隊隊長の力は、すごかった。

ぬ、抜け出せない…!

沖田さんに気を使ってそっと抜け出そうとする程度の力じゃ、この腕という名のロープからは逃れそうにもなかった。ぎゅうっとわたしの背中に腕を回している力は寝ているにもかかわらず強い。

「あ、あのー、」

沖田さん、と名前を呼ぼうとしたら、沖田さんが安心しきった子供みたいな無垢な顔つきで寝ていたものだから、その言葉は、飲み込まざるを得なかった。

…しょうがない…。

わたしは観念して、沖田さんが起きるまで、このままの状態でいることを受け入れた。











カーカーと烏の泣く声が遠くから聞こえ、近くからは、

「へっへっへ…久々のお肉…」

と、よだれを垂らしながら気持ちよさそうな寝顔の山川の寝言と寝息。何故か、俺の腕の中にいる。しかも起きた時、なんつーか、その、…柔らかいモンが目の前にあったつうか…あ゛ー…頭いってえ…。

幕府のお偉いさんの一週間の警備が終わって、疲れて、すぐ寝たのは、覚えている。なにか夢を見たことも、おぼろげに覚えているのだが、内容は覚えていない。

あったかくて、優しい、ぬるま湯みたいな夢だったような気がする。肩の力が自然と抜けるような、そんなモンに包み込まれていたような気がする。

実際は、山川のオッパイだったという。俺の肩の力が抜ける場所、山川のオッパイ。肩の力が抜ける代わりに違うところの力が強まりまさァコノヤロー。

「お肉って、こんなにおいしいんだなァ…久々に食べたから、味忘れていた…」

山川はうっうっと泣いている。コイツどんだけ肉に飢えているんだ。

僅かに乱れた着物から除く白い谷間。

今、俺は近藤さんとたいして変わらない脳みそになっていた。


ムラムラする。


「へへっ、お肉…」

人の気も知らず、へらりと笑う山川が非常にイラついた。




prev / next


- ナノ -