臆病者感謝短編集
 

「あら、可愛い」
「本当だ〜!可愛い!」

万事屋の仕事も真選組の仕事も今日はないので、わたしは志村家にお邪魔していた。卓袱台を妙ちゃんと囲み、お団子を食べているとテレビに今話題と言われている可愛いレストランが映り、二人してうっとりとつぶやいてしまった。気まぐれ猫とぺちゃくちゃおばさんのサラダとか可愛くて美味しそうだ。こういうのは銀ちゃんと行ったら『あ?なんつった?キン○マとビッチババアのサラダ?』とか言いそうだし、新八くんはお通ちゃんのライブに向けて忙しいみたいだし、神楽ちゃんは好きな食べ物が渋いし。と、考えたわたしは妙ちゃんに「今度ここに行こうよ」と誘った。そしたら、妙ちゃんはにっこりと笑い、予想のななめいく言葉を返してきた。

「沖田さんと行けばいいじゃない」
「え、無理だよ。だって沖田さんお忙しいもの」
「一緒にお出かけしたいって思わないの?」
「そりゃあ、思わないって言ったらウソになるけど、」

お団子に手を伸ばし、頬張る。口の端についてしまった黄な粉を舌で舐めとり、わたしは言った。

「わたし、どこでもいいんだ。沖田さんがいるなら。一緒にご飯食べたり、ミントンしたり。そんなこともうできないかもしれないって、思った時があったから、今、わたし、すっごく幸せなの」

一度目は、敵を斬り殺す沖田さんを怖いと思ってしまった時。二度目は、沖田さんにもう近づくなと釘を刺された時。あの時、もう二度と沖田さんはわたしといっしょにいてくれないと思った。

けど、今は。わたしの傍にいてくれる。

そして、わたしを好きだと、言ってくれた。

緩んでいく頬に気づいて、顔をきりっとさせ、だから別にいいんだと妙ちゃんに言おうとしたら、妙ちゃんはいつの間にかわたしの目の前に回り込んでいた。
妙ちゃんの真剣な面差しが目の前にいる。美人が真剣な顔すると、とても迫力があって少し怖い。

「小春ちゃん」
「は、はい!」

妙ちゃんはわたしの肩に手を置き、誓うように言った。

「任せといて」

なにを?








翌日。今日は真選組のバイトがある日なので、わたしは真選組屯所に向かっていった。

すると、柱にもたれ掛っている見慣れた人物が見慣れない恰好をしていた。

「沖田さん?」

沖田さんは腕を組んで、珍しく私服姿だった。久しぶりに見た。沖田さんがわたしに気づき、近づいてきた。

「おはようございます。今日はお休みなんですか?」
「なんか近藤さんに『お前は今日休みだから!』って宣言されたんでィ。やったよお妙さーんこれでいい?って廊下で小躍りしていたから間違いなく姉御になんか唆されたな、ありゃあ」

妙ちゃん一体何を近藤さんに吹き込んだの…。

「それじゃあ、今日はお休みなんですね。よかったですね!久しぶりの休日満喫してください!」

それでは、と頭を下げて屯所に入ろうとしたら腕を、がしっと掴まれた。

「お前も今日休みでさァ」

はい?





沖田さんの独断ではなく、本当にわたしはお休みだった。そして今日わたしは沖田さんと一日中行動をともにしなくてはならないらしい。近藤さん直々の局長命令らしい。あの人は局長命令の使い道を間違ってまさァと沖田さんがツッコミを入れていて、本当にそうだと深く同意した。

これは百パーセント、妙ちゃんが仕組んだことだ。間違いない。わたしに沖田さんと一緒にお出かけをさせてあげたい、という心遣いはすごく嬉しい。けれど、私は。

交際をしている人たちが一緒にお出かけする、デートというものが、実はよくわかっていない。どんなものかわかってないからデートしたい!という欲望も湧いてこなかったのである。

てくてくと歩きながら顎に手を当てて考える。

妙ちゃんが気を回してくれたことだし、デートというやつをちゃんとしたいんだけど…。デートって何?二人で外を歩くこと?銀ちゃんと時々ケーキバイキング行ったり、新八くんとお通ちゃんのライブ行ったり、神楽ちゃんとプリクラ撮ったりすることもデートなの?デートって何?そもそもデートの名前の由来って何?わたしって何?宇宙って何?

「…なに百面相してんでィ」

考えすぎて頭から煙が出ていると、沖田さんがちょっと引いた目でわたしを見ていた。

「いや宇宙ってなんだろうって思いまして…」
「俺ァ、お前って存在がなんだろうって思った」

どうしよう。言い返せない。

ハハハハと乾いた笑いでごまかすと、美味しそうな匂いが鼻をついた。

匂いの元を辿っていくと、美味しそうなタコ焼き屋さんがあった。

だーっと一気によだれを垂らすわたしを、沖田さんは引いた目で見ていた。





「うわあ、おいしそう!」

ベンチに腰掛け、膝に置いたほかほかのタコ焼きを見ているだけでよだれが垂れてくる。万事屋の特性は年中食に飢えている人間ばかりで構成されているところだと思う。

「食べ物でお前のテンションはどんだけ上がるんでィ」
「だって美味しそうじゃないですか!」
「めでてえやつ」

沖田さんはわたしに構わず、さっさとタコ焼きを頬張った。

わたしも食べようっと。そう思い、大きいタコ焼きを一気に口の中に入れた。

「〜〜〜〜!?!?」

ものすごく、熱かった。

「はふっはふっはふっ」

熱いタコ焼きを必死に喉に押し込め、ぜえぜえ息切れをする。熱かった。予想以上に熱かった。舌が熱で溶けるかと思った。なんで沖田さんこんな熱いタコ焼きを無表情で食べられるの。

「オーバーなやつでさァ」
「オーバーじゃないでひゅよ!ひゅっごく熱かったですよ!ほら、見てくだひゃい!舌、舌、火傷していません!?」

舌が熱くてうまくまわらない。このタコ焼きがどれだけ熱くて、いかにわたしが苦しんだかを知ってもらうために腫れ上がった舌を見せる。

「…」
「ほら、腫れているでひょ!?」

無言の沖田さんに構わず、わたしがどれだけタコ焼きの熱と戦ったかを切々と訴える。

沖田さんは、黙りこくったまま。が、次の瞬間。

「ちょっ、沖田さっ、なにっ、ぎゃああああ!」

わたしは沖田さんに無理やりペットボトルのお茶を浴びせるように飲ませられた。いきなり飲ませられたのでびっくりするわ気管に入るわ鼻にまで入るわで、昔プールでおぼれた時の感覚を久しぶりに味わった。

「なっなにするんですかああああ!!」
「お前が舌火傷した火傷したうっせーからでさァ。感謝しなせェ」
「いやいやいや!なんか違いますよね!?」

どうせわたしがギャアギャアうるさいのを黙らせるためにやったんだ。絶対そうだ。そうにちがいない。

そっぽを向いてタコ焼きを食べ続ける沖田さんを気づかれないように睨みながら、わたしは次のタコ焼きに手をつけるのだった。

が、そんな憤りもタコ焼きを食べ終えたときには綺麗さっぱりなくなっていた。

「美味しかった〜」
「お前ほど単純な脳みそでできている人間っていねえよな」

この人はいちいち嫌味を言わなければ生きていけないのだろうか。

「あっ」
「なんでィ。びっくりさせんな」
「いやあまりびっくりしてないですよね。いつもと同じ顔ですよ。…その、お弁当の存在、忘れていました」

わたしは自分の横に置かれている、風呂敷包みに気まずそうに視線を動かした。今日も仕事があると思っていたから、作ってきてしまったのだ。

「でもお腹いっぱいですよね。持ち帰ります」
「別に、食えるけど」
「えっ」

わたしは沖田さんをまじまじと凝視した。この細い体にまだ入るというのか。

沖田さんにお弁当を渡すと、無理している様子もなく、普通に食べ始めた。

細くて、中性的な顔立ちをしていても、やっぱり男の子なんだなあ…。

「お前は食わねえの?」
「わたしはお腹いっぱいなので…。持ち帰ります。銀ちゃんと神楽ちゃんがわたしのお弁当食べてみたいって言っていましたし」
「腹減った」
「え」
「だからお前の分も寄越しなせェ」

沖田さんってこんな食べる人だったっけ。


わたしの分のお弁当も平らげ、沖田さんはうう…と息苦しそうに呻いていた。

「だ、大丈夫ですか?」
「食い過ぎ…てねえ。断じて食い過ぎてねえ」

いや絶対食べ過ぎですよね。

強情を張る沖田さんに苦笑すると、沖田さんが「あ」と声を漏らした。
「どうしたんですか?」
「そこ、染み」

沖田さんが指さした部分は着物の胸元の部分の茶色い染みだった。今初めて見た染みなので、多分先ほどのお茶の染みだろう。

「あー…大丈夫です。これもう三、四年前から着ているやつですし。普段着ですし」

実際にその通りなので、わたしは沖田さんにあまり気を遣わせないように笑顔で話す。沖田さんはちょっとの間黙り、すっくと立ち上がった。

「沖田さ…わっ」

沖田さんはわたしの手首をつかみ、ずるずると引きずるようにどんどん歩いていく。

途中何度も沖田さんと名前を呼ぶけど、返事は一向に返ってこない。なにがなんだかと途方に暮れる。歩いていくうちに、お店の通りに入った。

なにか買うつもりなのかな…?

辺りをきょろきょろ見渡すと、沖田さんは呉服屋さんに入っていった。そして、ようやく手首を解放される。

「弁償しまさァ。欲しいやつ言いなせェ」
「ええ!い、いいですよ!!」
「目覚め悪ィだろィ」
「いや、でも「いらっしゃいませー!」

沖田さんと押し問答をしていると、横から店員さんが甲高い声でわたし達に話しかけてきた。

「なにかお探しですか?」
「こいつに似合いそうなだせえ着物頼みまさァ」
「沖田さんだから別にいい…ん?ってまたひどいことを…!ほら店員さんも返事に困ってらっしゃるじゃないですか!」

店員さんは無理矢理作った笑顔をひくひく震わせながら、桃色の桜柄の着物を見せてきた。

「そ、そうですね。ださいと言いますか、彼女さんは可愛らしい、優しげなお顔立ちなのでこういったふんわりとした淡い色などがお似合いだと思います」

そう言ってわたしに着物を合わす。

「わあ、ほら、やっぱりお似合いです。今着られている袴が濃紺ですから色合い的にとっても合っています。彼氏さんもそう思いでしょう?」

こ、この店員さんさっきから彼女さん彼氏さんって…。いや確かにそうなんだけど実際そう口に出されたらなんかこう恥ずかしい!!すっごく恥ずかしい!!

前、遊園地に行った時も言われたけど、あの時わたしと沖田さんはお付き合いしてなかったから、そう言われても特に恥ずかしくなかったけど、今は実際にお付き合いしているので、なんか、こう、恥ずかしい。

「あーまあそうなんじゃねえの」

沖田さんはものすごくどうでも良さそうに言う。

そしてあなたは特に興味なさそうですね…!こういうことに興味ない人だと知っていたけど傷つくよ、さすがに!

「では、これでよろしいですか?」
「よろしくたのまァ」
「お買い上げありがとうございます〜」
「今ここで試着させてくれやすかい」
「もちろんでございます〜」

わたしが、えっえっと動揺している間に、あれよあれよと瞬く間に、わたしは店員さんに試着室に押し込められた。






「沖田さん。これ、払いますね」
「しつけーぞ。いい加減にしねえとその口にナマコねじこむ」
「わかりましたもう二度と言いません」

再びわたしと沖田さんはてくてくと町を行くあてもなく歩いた。新品の着物はぱりぱりとのりが効いていて気持ちいい。

何度払うと言っても沖田さんは断固として聞き入れなかった。たかがあれだけの染みを沖田さんが気にするとは思わなかったから、戸惑いが大きい。

けれど、新しい着物が手に入って嬉しいという気持ちも大きくて。

新しい着物なんて、久しぶりに買ったなあ。

自然と顔が綻んでしまう。

それに、これは、沖田さんが買ってくださったものだと思うと、他の着物とは違う特別な着物に見えてくる。実際、わたしにとっては特別だ。ほかの何よりも。

「沖田さん、ありがとうございます。一生大事にしますね」

そう言うと、沖田さんは、へえへえわかりやしたとぞんざいに返した。


「あっ、そうだ沖田さん!プリクラ撮りません?」
「プリキュア?よく知らねえが俺はプリキュアファイブの青いのをこけにしたくてたまらねえ」
「う〜ん、私はやっぱり初代派…じゃなくてええ!プリクラです、プリクラ!」
「めんどくせェから嫌でさァ」
「そ、そうですか…」
「嘘でィ」
「え!やっ、」
「ってのが嘘でさァ」
「…そうですか…」
「ってのが、嘘でさァ」
「…か、からかってます…?」

沖田さんは、さあ、どうだかな、と言うとすたすたとゲームセンターに入っていったので、わたしも慌ててそのあとに着いていった。

ポーズを撮ってね!三、二、と機械がカウントダウンを取っていく。一、になる直前沖田さんに名前を呼ばれた。

「山川」
「は…」

はい、とは答えられなかった。沖田さんに無理やり前を向かせられ両頬をこれでもかというくらいに引っ張られた。

パシャリとシャッター音が響いた。

こんなのが撮れたよ!という機械の声とともに画面に現れたのは、いつかの床屋に来た将軍様のような顔面になったわたしと極悪面をしている沖田さんだった。

すべて撮り終えたあと、沖田さんは印刷されたプリクラを見て抱腹絶倒していた。わたしはひりひりする頬を摩りながら、悪魔の笑いだと思った。

「ひどいでひゅよほひたひゃん…」
「やっべえ何言ってんだか全然わかんねえ日本語で頼みまさァ」

もうこれ苛めだと思っていいかな?

「っと。結構暗ェな。晩飯とかどうすんでィ?帰るか?」
「えっ」

まだ沖田さんといっしょにいたかったわたしは、思わず不満げな声を上げてしまった。慌てて口を押さえるがもう遅い。

「あっ、いや、えと。今のは…!そ、そうですね沖田さんも疲れましたよね!わたしも帰ってごはんの用意とかしなきゃいけませんし!」

恥ずかしさのあまり早口になる。顔に熱が集まっているのがわかる。きっと今のわたしはタコのように真っ赤な顔色だろう。
わたしは巾着袋から携帯電話を取り出し、万事屋に電話をかけた。

「もしもし銀ちゃん?今から帰るね。…あっ、今日はお仕事なくて、」

と、まで言ったところで、引っ手繰るように携帯電話を沖田さんから奪われた。

「旦那、俺でィ。ちょっと山川に飯たかるんで、こいつ帰り遅くなりまさァ。帰りは送ってくんで。…あ?…天パで大変そうですねー旦那は。俺ァ、生まれもってのサラサラストレートヘアだからわからねえや」

沖田さんはそう嫌味を言うと、電源を切り、わたしに放り投げてきた。あわあわしながらそれを受け取る。

「お、沖田さん…?」
「行くぞ。飯食いに」

ぱあっとわたしの心が晴れていく。振り向きもせず、さっさと歩き始める沖田さんの背中を、わたしは弾むような足取りで追いかけた。









「はー美味しかった美味しかった!」

晩御飯は沖田さんがよく行くラーメン屋さんで済ました。何故か強面のお客さんしかいなくて最初は恐怖に震えていた。けど、ラーメンはものすごく美味しいし、店長さんもすごくいい人で話しかけてくださって、いつのまにか恐怖は消えていった。

「…沖田さん、途中で店長さん殴り飛ばしていたのは一体何でですか?」
「蚊がとまっていたからでさァ」
(※『沖田さんも隅に置けねゴハァァァッ』という冷やかしが腹立ったため)

すっかり陽は堕ち、月が昇っていた。首をあげて月を見上げる。

こうしている間にもどんどん万事屋までの距離は縮まっていく。

横を歩く沖田さんを見て、思う。

迷っちゃえばいいのに。道を一本間違えて、迷っちゃえばいいのに。わからなくなったらいいのに。

そんな馬鹿なことを、本気で思う。

万事屋は大好き。銀ちゃんも新八くんも神楽ちゃんも定春もみんなみんな、大好き。

なのに、すごく帰りたくない。

もっと、一緒にいたい。

お昼の時間いっしょにいるだけの幸せに満足していたのは嘘じゃない。本心だ。

それなのに、なあ。

こうして一日中一緒にいる幸せを知ってしまって。…人間の欲望はとまらないって聞いたことあるけど。

本当に、その通りだ。と、身を持って痛切する。

とうとう、万事屋についてしまった。沖田さんの足が止まり、つられてわたしもとまる。

「沖田さん、送ってくださって、ありがとうございます」

まだ、一緒にいたい。

そんな本心を悟られないように、わたしはにっこりと笑顔を作って礼を述べる。

「今日はとっても楽しかったです。また、機会があれば、」

ご一緒に、という続きの言葉は飲み込まざるをえなかった。

沖田さんの手がわたしの耳にかけられて。

さらさらの茶色い髪の毛がわたしの前髪にあたってくすぐったくて。

沖田さんの唇が、わたしの唇に押し付けられていて。

「ニンニクくせえ」

沖田さんはいつものポーカーフェイスでそう言うと、踵を返し、去って行った。

わたしはというと。そのまま。

気絶した。










「小春ちゃん、この間の沖田さんとのデートどうだったの?テレビで言っていたおしゃれなところ行った?」
「なっ、何も!!何も!!森羅万象まるまる何もしていないッ!!」
「…小春ちゃん?」
「…はっ!ラ、ラーメン屋行った。うんまあそんな感じ。…じゃっ、じゃあね妙ちゃ「さあ、隅から隅まで話してもらいましょうか」










お前のちっぽけな欲望なんて、可愛いもんでさァ。

俺のに、比べたら。






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