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「12月24日?フツーに仕事でィ」
わたしは笑顔のままで固まった。「そ、そうだよねえ」と平静を装ってうなずく。24日もお仕事。他の皆さんが働いているのに総悟くんだけお休みなんて、そんなことあるはずがない。うん、しょうがない。
しょうがない、と言い聞かせるものの、頭の中で思い描いていた総悟くんとのホワイトクリスマス(実際に雪が降るのかどうかは知らない)がガラガラと音をたてて崩れていくことにショックは受けていた。
頑張ってケーキ焼いて、編みかけのマフラーも完成して、巻いてあげちゃったり、とかして。イルミネーションとか一緒に観たかったんだけど、まあ、仕方ない。それに残念に思うのはわたしだけじゃない。きっと、総悟くんも残念に思っているはずだ。ね、総悟くん。と、思いながら総悟くんに視線を送る。総悟くんはふわぁっと欠伸をしたあと、言った。
「今回の仕事はおえらいさんの警備でよ、あのオッサン、人がいいから、若いモンはたくさん食えつって、たらふくうめェもん食わせてくれんだよな。やー割がいい仕事でィ」
…へ。
ぱちぱちと瞬きをする。瞬きをしたあとも、総悟くんの表情は変わっていなかった。笑顔というわけでもないけど、満更でもなさそうだった。
…総悟くんは。
わたしといっしょに、クリスマスを過ごせなくても、そんなに悲しくないんだ。
総悟くんは記念日とイベントとかを大切にするような男の子じゃない。そんなことは昔からわかっていたけど、お付き合いを始めてから、こういう形で目の前に突き出されると。
「んじゃ、ごっそーさん」
総悟くんがパンと両手を合わせたあと、すくっと立ち上がって出ていった。襖を閉める音が虚しく響き渡った。
…ああ、そっか。わたしショックを受けているんだ。
イベントごととか、記念日とか、一緒にいたがる人じゃないってことわかっていたつもりなんだけどなあ。小さくため息をもらしたあと自嘲した。
「メリークリスマース」
銀ちゃんが死んだ魚のような眼で、そして間延びしたやる気ない声で言ったあと、クラッカーを鳴らした。パァンと鳴り響いたあと、キラキラの紙ふぶきが飛んで、わたしの頭に降り注いだ。
「銀さんが頑張った成果をてめーら存分に味わって食えよ」
「パチンコでね」
「パチンコでもなんでもいいアル!銀ちゃんでかしたネ!キャッホォォォ!いちごがいっぱいのってるアルヨ、小春!」
神楽ちゃんはきらきら目を輝かせながらはしゃいでいる。可愛いなあ。思わず頬が緩んでしまう。「はい、神楽ちゃんのケーキ」とケーキを切り分けて神楽ちゃんに渡すと、神楽ちゃんは「キャッホォォォ!」とケーキのお皿を掲げながら小躍りした。
「新八くんも、銀ちゃんもどうぞ」
「ありがとうございます、小春さん」
「小春、なんか新八のがでかくね?」
「隣の芝生は青く見える現象が起きてる…」
いつも通り万事屋で過ごすクリスマス。強がっているとかではなく、純粋に楽しい。神楽ちゃんはサンタさんのコスプレをしていてとても可愛くて目の保養だし、新八くんは神楽ちゃんに無理矢理鼻眼鏡をかけさせられていて面白い。銀ちゃんはいつも通り銀ちゃんだった。
「ケーキ食ってっと、アレだわ。オレ…生きてる!!って感じがするわ」
「銀さんあんな爽やかに自転車漕いでないでしょう。っつーか銀さんめんどくさがってまず漕がないでしょう。というかあの漫画にあんたみたいなただれた大人出てきませんからね」
「おいおい、銀さんほど爽やかに満ち溢れた男いねーよ?あー酒呑みてェ、浴びるようにして呑みてェ」
「今の発言のどこが爽やかかわかりやすく教えてください」
新八くんのツッコミをBGMにビールを出してあげようと思って冷蔵庫を開いた。ビール、ビール…。あれ、ビールひとつもない…。わたしは上着を羽織って、「ちょっとビール買いに行ってくる」と三人に向かって声をかけてから外を出た。
肌寒い空気が頬を撫でる。でも、熱い頬にはこれくらいの寒さがちょうど良いかもしれない。はあ、と息を吐くと空気を白く染め上げた。総悟くんも今頃ごはん食べてるんだろうなあ。そう思いながら階段を降りていくと肩に手を置かれた。振り向くと、マフラーを巻いた銀ちゃんがいた。
「未成年が酒買いに行っても買えねェだろ」
「誤魔化せたら買えるよ」
「銀さんはそんな女に育てた覚えはねえぞ」
銀ちゃんはそう言ったあと、カンカンと階段を降りた。わたしも慌てて降りる。ふたりで降りきったあと、肩を並べて歩く。銀ちゃんは前を見据えたまま、どうでもよさそうに言った。
「なんか、アレだわ。光るもん見てェ」
「…へ」
「なんか今日ってピカピカピカピカ禿げ親父みてぇーに光ってんとこ、あんだろ。景気づけに観に行くか」
わたしは驚きで瞬きをたした。銀ちゃんが、あの面倒くさがりの銀ちゃんが、暗にイルミネーションを観たいと言っている…?ど、どうしたの一体…?
「誰かさんは詳しいみてェだしな、そういうことに」
ぶっきらぼうに放たれた一言で、あ、と思い至った。銀ちゃん、わたしがイルミネーション雑誌を読んでいたの、知っていたんだ。たくさんふせんをつけていたのも、もしかしたら知ってるのかもしれない。
口元が、静かに、ふっと緩んだ。
…ほんとに、わたしは銀ちゃんにかなわないなあ。
うん、と笑顔で頷いてから、わたしは銀ちゃんの手を引っ張ってイルミネーションの場所に連れて行った。
「銀ちゃん銀ちゃん、すっごく綺麗!」
「見りゃわかる」
舞い上がってはしゃぐわたしの隣で、銀ちゃんは鼻の穴に人差し指を突っ込みながら感情をこめずに言った。
きらきらと輝く光の粒たち。綺麗なものが大好きなわたしのテンションは最高潮だ。うわあ、うわあ、と歓声をあげることしかできない。
きらきら、きらきら。とってもきれい。
こんなに綺麗なもの、なかなかお目にかかれない。これほど綺麗なものを見たのは、ああ、そうだ。
夕陽に照らされた総悟くんの髪の毛以来、だ。
「…きれい」
金茶色の髪の毛が、照らされて、眩しくて、触りたくなった。掬い上げると、さらに反射して、だらしなく口元が緩んだのは、綺麗な髪の毛だったからというより、総悟くんの髪の毛だったから、というのが大きな理由だったのだろう。
あの時のことを思い出して、郷愁にかられて目を細める。
明後日、また真選組のお仕事がある。明後日になったら、会える。
きらきらと舞う光。総悟くんはこれを見たらなんて言うんだろう。電力の無駄遣い、と真顔で言いそうだ。わたしがこんなに喜んでいるのに、少しも同調しないで、それどころかけなす人。そういう男の子だ。
でも。それでも。それでもいいから。
総悟くんはこれを見て、なんと思うのか、知りたかった。
「小春」
ふいに、銀ちゃんに名前を呼ばれて、顔を上げる。銀ちゃんはとても真剣な顔をしていた。どうしたんだろう、と思っていると、ぎゅうっと手を握られた。
…へ。
幽霊でも見たのかな、と思っていると、銀ちゃんは真っ直ぐに、とある店に向かって指をさした。そのお店には長蛇の列ができていた。銀ちゃんが…列に並びたい…?看板に目を向ける。
…あー、はいはい。
「カップル限定特大クリスマスパフェね…」
「愛してるぜ小春」
「わかったわかった…」
わたしはよく銀ちゃんのガールフレンド(仮)。をしている。こういう理由で。
◆
「あー食った食った」
「食いすぎなんだよお前、友達の誕生日パーティじゃねーんだぞ」
「まァいいじゃないかトシ!幕府のお偉いさんが総悟のこと息子のように思ってくれるなんて光栄じゃないか!」
「良いパパでさァ」
「お前がパパっつーとキャバ嬢が言うパパみたく聞こえんだけど!?」
近藤さんと土方さんと適当に話をしながら、パトカーに乗る。窓の外になんとなく目を遣ると、どこもかしこも浮かれていた。やたらとキラキラしてっし。クリスマスになるとどいつもこいつも浮かれる。
「総悟、これから小春くんに会いに行くのか?」
近藤さんが肘でうりうりとオレの脇腹をつついてきた。どーした気持ちわりィ。と思いながら「いや」と真顔で答えたら「え」と目を丸くされた。
「ク、クリスマスだぞ、今日?」
「そうですねィ」
「クリスマスだぞ!?」
「知ってますよ、んなこたァ」
近藤さんはポカーンと口を開けた。
「あ、会いたいとか…言われなかったのか…?」
「…あー、24日なんかあっかとはきかれやした。でも仕事あるって言って、終わりでィ」
「会おう!?会おうよ総悟ォォォ!!ちょっとトシィー、この子のデリカシーの無さやばいんだけどォー」
「なんで女子高生風なんだよ近藤さん。…まァ確かにデリカシーはねぇな。天元突破グレンラガンしてる」
無茶苦茶な言われようだが、自分でも自分のことデリカシー無いとは思っているので、反論はしない。24日に会えなくたって、他の日に会えばいいだけだろィ、めんどくせェ、と、あーだーこーだ言ってくる近藤さんの向こう側の窓を見る。すると、窓の外に、見慣れた人物がふたりいた。その見慣れた人物達は、手を繋いでいた。
…は?
不快な感情が一気に湧き上がる。目を僅かに見開かせて見ていると、旦那がオレの視線に気付いたようだった。目と目が合う。ニヤァッと下品に歪められる瞳。旦那は何やら小春の耳元まで背を屈めて、囁いた。それだけで、腸が煮えくり返るってのに。あの馬鹿は。小春は。うん、と頷いたあと、旦那の腕に腕を絡ませた。
「総悟?どうし…げふっ!!」
近藤さんを押しのけて、ドアを開けた。
◆
銀ちゃんに腕を組んだ方が恋人同士っぽく見えるから、と言われて腕を組んだ。なるほど、と頷いて、組んだ結果。これ、なかなか暖かくて良い…!寒い日には打ってつけ…!!
とうとうわたし達が先頭になって、店員さんに「カップルさんですね〜」と笑顔で確認された。
「カップルっつーか、なんかもう、人生の伴侶っつーか、大親友の彼女の連れ美味しいパスタ作ったお前家庭的な女がタイプの俺一目ぼれっつーか」
「は、ハァ」
「マジで愛し合ってっから、もうやべーから、だから、特大パフェをさらに特大にしてほしいっつーか」
「い、いや、それはちょっと…」
「なァ、小春。俺達愛し合ってるよな?」
銀ちゃんがわたしの肩を掴んで引き寄せる。その顔はとても真剣だ。全くもう…。ため息を吐きたいのを堪えてから、わたしは頷いた。
「はい、わたし達、愛しあ、ごふっ!!」
喋っている途中で、誰かに、横からマフラーを引っ張られ、暖かいなにかに閉じ込められる。目の前が黒で覆われる。
嗅ぎなれた匂い。
「旦那ァ、嘘はいけやせんぜ」
聞きなれた声。
顔を上げると。
「っつーことで、これは詐欺の証拠品として持って帰るんで」
顔を上げると、会いたくて仕方なかったポーカーフェイスがそこにあって、目を見開かずにはいられなかった。
ぐいっと腕を引っ張られて、強引に連れて行かれる。足がもつれかける。雪が降り始めて、真っ黒な背中に、ぽつぽつと白い雪が落ちて、すぐに消えていく。総悟くん、と背中に呼びかけるけど、返答はない。キラキラと光るイルミネーションの下に辿りついてから、総悟くんは、振り向いた。
「田舎モンのくせに、随分悪女になったな」
きらきら光るイルミネーションの光にあてられて、総悟くんの髪の毛が輝く。
「いっしょにクリスマス過ごしてェってんなら、そう言やいいだろィ、なのに、まわりくどいこと、」
「そ、総悟くん!!」
嘲笑を浮かべている総悟くんに、わたしは詰め寄った。総悟くんの空色の瞳が驚きで見開いた。構わず、わたしは問いかける。
「あ、あの、ちょっと待ってくれない?すみませーん!あの、写真お願いできますか…!?」
通りすがりのカップルに頼んで、写真を撮ってもらう。総悟くんと肩を並べて、撮ってもらう。ありがとうございます、とお礼を言ってから、ケータイを受け取って、総悟くんに見せた。
「総悟くん!見て、すっごく、綺麗!すごい、総悟くんの髪の毛に光りが反射して、きらきらしてて、綺麗、綺麗」
「…」
「きれえ、ほんとに」
きらきら輝くイルミネーション、それを背景にした隣に、総悟くん。ずっと、これをやりたかった。総悟くんに言ったら、馬鹿にされること間違いなしだって、わかってたけど、したかった。したかったの。
へらりとだらしなく緩む口元。
すると。
―――ビシィィィッ
チョップが、頭に落とされた。
「い…っ、い…っ、い…っ」
痛すぎて何も言えないで、ただ頭を抑えていると、チョップに続いて、ぶっきらぼうな声が降ってきた。
「他」
「…へ?」
「他やりてェこと」
「へ、え、それ、は」
「はい、いーち、」
「う、う、うで…!」
突然のことに頭がまわらないわたしに、容赦なくカウントダウンをする総悟くんに向かって、わたしは声をあげた。
冷たい空気に反して、熱くなるほっぺた。心臓がどんどんはやくなっていく。馬鹿にされるかもしれない。馬鹿女の願いだって、一蹴されるかもしれない。けど、今日だけは、馬鹿女でいさせてほしい。
「腕を、組みたい、です…!」
だって、クリスマスなんだもの。
さらに頬が熱くなる。総悟くんは、何の感情も顔に出していなかった。少しの間、静寂が流れてから。
すっと腕を出された。
驚きと、嬉しさで、体が固まっているわたしに、総悟くんはつっけんどんに言い放った。
「はやくしねェと、口ん中にナマコぶちこむ」
「は、ははははい!!」
慌てふためきながら、腕に腕を絡ませる。細く見えて、意外としっかりしていた。ぴとっと右側をくっつける形になる。
あったかくて、くすぐったくて、ああ、なんだか。
「総悟くん」
「…なんでィ」
いつも通りの声色。でも、いつもより、ほんの、ほんの少しだけ、違う色が混じっているように聞こえるのは、わたしの勘違いだろうか。
「…なんでもない」
そう言うと、なんでもねェなら呼ぶんじゃねえ、と言われた。
おなじ気持ちで駆けてくる
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