臆病者感謝短編集
 

『サド野郎と小春がデートするみたいネ!面白そうだから着いて行くアル、銀ちゃん、新八!』

これぞ、鳩の鳴き声アル!と、最後に付け足して、得意げに踏ん反りが得った神楽に、ちげーよ、烏のギシアンだろ、と突っ込んだら、新八に『あんたら…』と白い目を向けられた。ま、そんなこんなで、ガキの色恋沙汰なんて興味沸かねェが、俺と新八と神楽で尾行していた。そしたら、なんやかんや、色々あって。

「あれ、銀ちゃん?」

俺だけバレた。

目を丸くして俺を見ている小春。よ、と手を挙げながら、新八と神楽はどこいった、と静かに目ん玉だけを動かしてあたりを見渡すが、全く見当たらない。大方、焼き芋屋でも見つけて、キャッホォォ!と喚きながら突進した神楽をきゃーぐらちゅわーん!と新八がとめに行ったのだろう。ったく、これだからガキは…。俺の分の焼き芋も買っとけよ、頼む、なあ、マジで、俺も芋食いたい。300円あげるから。って、その300円で焼き芋買えっか。

「あー、こっちに用があってなァ」

「そうなんだあ」

小春の横で、くっちゃくっちゃっとガムを噛んでいる総一郎くん。ぷーっとフーセン状にしている。いつも通りの感情が読めないポーカーフェイスを浮かべている。こんな顔しておいて、小春にベタ惚れっつーんだからよォ…いやァ、愛はいだ、

ガシャンッ。

…ガシャン?

手首に金属が当たる音がした。見ると、右手首に手錠がかけられていた。

「そ、総悟くんんんん!?」

「にやけた面がむかつきやした。おまわりさんの心を苛立たせた罪でたーいほー」

「このクソガキャアアア!!外せ!!うそ、外して!!ごめん銀さんが悪かった!!」

「ごめんで済んだら警察いらないっつー言葉、知らないんですかィ、旦那」

いけしゃあしゃあと言いのける沖田に、怒りが湧きあがる。こんのクソガキャアアアアと。ぷくーっとフーセンガムを膨らまして、すまし顔を浮かべているその横っ面を殴り飛ばしてやりたい。

「そ、総悟くん、わたしからもお願いします…!!ぎ、銀ちゃん可哀想だよ…!」

小春が、沖田の裾を引っ張って、眉を寄せて懇願する。優しさにほろりと泣いてしまいそうになる。齢だろうか。沖田は、無機質な瞳でじいっと小春を見る。そして、無言で着流しの中に手を突っ込んで、鍵の束を取り出した。ふうーっと安心したように胸を撫で下ろす小春。

…おやおや、沖田総一郎くん、うちの子になかなかのべった惚れを、いてててててて!!

「そ、総悟くんんんんん!?」

「わりー手が滑って手首捻りあげちまった。すまねえ旦那」

沖田は俺の手首を捻りあげながら、手錠に鍵を回す。Sは打たれ弱いということを知っていてのこの仕打ち。ちっ、これじゃねえ、とぼやいている声が聞こえる。本当かよ。わざと違う鍵まわしてんじゃねえだろうなオイ。と、疑っていたのだが。

―――五分後

「すいやせん旦那。ねえわ」

棒読みで謝罪された。

「オイィィィィ!!どーすんだコレ!!俺今日一日これかよ!?」

「屯所にいきゃあ、あるかもしんねェけど、」

沖田はそこまで言うと、ちらっと横目で小春を見た。小春は「ぎ、銀ちゃああん」と悲痛な声をあげている。パニックになっているので、俺と沖田の会話が耳に入らなかったようだ。

ああ、そういうことか。ここから屯所まで大分離れている。戻ったら、かなりの時間を食うだろう。

ガキの恋愛を邪魔するほど、俺は大人げない大人ではない。

ハァーッとため息を吐いた。

「まーいいわ。お前らは二人でちょめちょめやっとけ。じゃあな」

神楽を探そう。アイツなら、こんな手錠のひとつやふたつ簡単に粉砕できんだろ。そう思いながら踵を返すと、着物を引っ張られる感覚がした。振り向くと、「ぎ、銀ちゃん!」と小春が必死に俺の着物を掴んでいた。

「い、いっしょに、ケーキ食べない!?」

…は?


小春の言い分はこうだ。隣にいておきながら、俺が沖田くんに苛められていたのに止められなくてごめん。だから、お詫びにケーキを奢る、と。別に小春は悪いと思わないが、ケーキ。はい、ケーキ。将来の夢が糖分王の俺が食いつかない訳がなかった。

「美味い…死ぬ…久しぶりにこんな糖分摂取した…」

モンブランを頬張りながら、嬉しすぎて泣きそうになる。隣で小春も泣いていた。久しぶりのケーキ…と泣いている。万事屋はいつでも家計が火のタケコプターだ。そんな中、沖田は澄まし顔でショートケーキを頬張っている。無駄に整った顔立ちとマッチしている。だが、性格は甘いショートケーキと驚くほどマッチしていない。コイツ食い方きたねーなもっさもっさって感じだぞ。俺はもっさもっさとケーキにがっつきながら思った。あれ、これ、ブーメラン?

真選組一番隊隊長と、ケーキバイキング。なんともミスマッチ。

「総悟くん総悟くん、タッパーに入れて持って帰っていいかな?新八くんと神楽ちゃんにも食べさせたいの」

小春は風呂敷を開けて、いそいそとタッパーを取り出した。別にいいんじゃねえの、と適当に返事する沖田を見ていると、感慨深いものがある。死ぬほど沖田のことを怖がっていた小春。名前を聞くだけで歯をガチガチ鳴らしていた。それが、今じゃ、総悟くん、ねェ。

「はい旦那、あーん」

突然、沖田は俺の鼻の穴にいちごを突っ込んだ。ぐおおおおと奇声を上げながら後ろにひっくり返る。ドッシーン、と音を鳴らしながら椅子が倒れた。後頭部を打ち付けて悶絶する俺を、冷めた目つきで見下ろしている沖田総一郎くん。その姿は、まさしく、サディスティック星の皇子。星に帰れェェェェェ。

「ぎ、銀ちゃあああん!!だ、だい、大丈夫…!?」

「大丈夫じゃねえよ…」

小春が俺の手首を引っ張って、起こしてくれる。だが、勢いよく引っ張り過ぎて。そして、小春が脚を滑らして。

「ぎゃあ!」

「え、」

小春が後頭部を床に打ち付けそうになったのが視界に入った。あぶねえ、と咄嗟に後頭部に手を回す。そして、そのまま、二人して床になだれ込んだ。

「小春、大丈夫かー」

「うん、あいたたた…吃驚した…」

俺の下で「ありがとう、銀ちゃん」とへらへら笑う。ったく、と笑い返すと、かちゃりと何かを突き付けられた。

「婦女暴行罪で逮捕」

…はい?

恐る恐る顔を振り向けると、バズーカの口がすぐそこにあった。氷のような冷たい表情を浮かべている。ぞっとするような冷たい声が、綺麗な口から紡がれた。

「いや、死刑」

あ、やべ。これ、マジギレだわ。そうか、コレ、傍から見たらTo LOVEる的な展開になんのか。小春と神楽は俺の中で女というより女のガキなので、こういうことになっても、何とも思わない。こいつらも似たようなこと思っている。なので、こんなTo LOVEるを起こしても、お互い何にも思わないのだが、沖田の目には一大事に映ったらしい。

「はい、じゃあ、死刑執行」

あれ、これ、俺、死亡フラグ、踏んだ感じ?たらり、と冷や汗が背中を伝ったのを感じた。すると、「だめぇぇぇぇぇ!!」と耳をつんざくような悲鳴が聞こえたあと、小春が、沖田をとめようとした。だが、この店の床は滑りやすく、小春はまた、つんのめった。ぎゃあ!と色気のない奇声が聞こえる。そのあと、沖田と小春は。

「…へ」

「…」

沖田の上に覆いかぶさっている小春。四つん這いになった小春に覆いかぶさられている沖田。つまり、To LOVEっていた。ダークネスまではいっていない。ダークネスだったら今ごろ沖田は小春の着物の中に顔を突っ込んでいる。

カァーッと、顔を真っ赤にする小春。

「ごごごごごごごめん!!」

ものすごい勢いで飛びのいて、後ずさった。肩でぜえぜえと息をしている。沖田は無言でのっそりと起き上がり、ぽり、と頭を掻いた。

…とふたりの間に何とも言えない静寂が流れる。さっきから銀さん、ヤムチャしているんだけど。中学生日記を実況するヤムチャになっているんだけど。なにこれ。

「お前、すっげー重いな。ダイエットしなせェ」

がーん、とムンクのように顔を引きつらせる小春。いや、小春お前の上には乗ってなかっただろ。覆いかぶさっていただけだから、体重の重みはなかっただろ。

…訳わかんねェこと、口走るぐらいには動揺しているってことか。

沖田の顔にちらっと視線を遣る。いつも通りのポーカーフェイス。けど、一瞬、下唇を噛んでいた。でもそれはほんの一瞬だった。今度こそ、本物のいつも通りのポーカーフェイスを浮かべる。

思わず、口の奥でくっと笑うと、沖田にぎろりと睨まれた。おうおう、怖い怖い。肩を竦める。

「ど、どれくらい重かった…!?」

「マツコ・デラックスぐらい」

「!?」

おずおずと問いかけてくる小春に、沖田は視線を向けた。その瞳は、わかりづらい暖かみを帯びていた。

「なァ、どっちからケーキバイキング行こうつったんだ?」

多分、俺の考えは当たっている。でも、訊いてみた。ムンクの顔をしていた小春が元の表情に戻った。へ、と漏らしたあと、嬉しそうにへらっと綻んだ。

「わたしがケーキ食べたいって言ったら、総悟くんが、いだだだだだだだだ」

小春の頬をぎゅうーっと抓る沖田の表情は、やはりいつも通りのポーカーフェイス。ひとしきり抓ったあと、淡々とした声色で言った。

「変態ストーカーな部下に付きまとわれているんでィ。糖分でも摂取しとかなきゃ、やってらんねえよ」

小春がひりひりと痺れている頬を抑えながら「ああ、神山さん…」と呟いた。

「勘違いおつ」

「う、うう、ううう」

羞恥でぷるぷると震えている小春を、沖田は極悪人面でせせら笑う。心底楽しそうだ。

…ガキ。

「…あれ、銀ちゃん、なんで笑っているの?」

「なーんもねえよ」

「えー、なになに!教えてよ〜!」

口元をゆるませていた俺に気付き、小春がしつこく問いかけてくる。コイツは俺には年相応以下の振る舞いをすることが多い。言ったらつけあがるから言わねェけど、妹のようで可愛い。これ、あれか。妹萌えってやつか。

すると。小春の襟元が、掴まれた。ぐえっと呻き声を漏らす小春。犯人はもちろん沖田。

「すいやせーん、ペン貸してくだせェ」

店員を呼びつけて、ペンを借りる。店員は泡を吹いている小春を見て、笑顔を引きつらせていた。沖田はペンの蓋を口で取って、小春のうなじにペンを這わせる。

「へ、え、ちょ…っ!?」

驚いて動こうとする小春の腹に腕を回してがっちりホールドする沖田。おーい、沖田くーん、ここ公共の場だよー。小春の目がぐるぐる回っている。銀ちゃあん、と俺に助けを求める。あ、腕に力がさらに入った。…まァ、頑張れ、と小春に親指を立てる。銀ちゃああああん!と悲痛な叫び声が木魂した。

やっと解放されて、小春は「な、なに、何書いたの!?肉とか!?」とうなじを見ようと四苦八苦する。当たり前だが、見えない。

「…お前、何書いたんだよ」

頬杖をつきながら、呆れた声で問い掛ける。すると、沖田は飄々と、しれっと答えた。

「自分のモンには、名前を書けって言うだろィ」

…。

「小春ー、見せてみろ」

「うっうっ、銀ちゃあん…」

小春はぐすぐす鼻をすすりながら、俺に背中を向けた。

うなじに、はっきりと、黒い文字で書かれていた。

沖田総悟、と。

う、わー…。

白い目を沖田に向ける。奴は、これまたしれっと言った。

「俺、良い子ですからねィ」

にやり、と口角を上げて笑う様は、『だから手を出すなよ』と威嚇しているみたいで。

…お前、すっげえめんどくさいやつに惚れられたな。

ぐすぐすと鼻をすすっている小春に、ご愁傷様と心のうちで言った。






聡いこども



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