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「で、何の用かしら?」
艶やかな紫色の髪の毛をさらりと掬い上げ、さっちゃんさんはメガネをくいっと人差し指で持ち上げた。
「私は忙しいのよ、銀さんとネチャネチャイチャイチャランデヴーするのに忙しいの。こんな雌ゴリラとフック女と芋臭いあなたと一緒に過ごす時間なんてないの」
月詠ちゃんは煙管をふかしながら、呆れた眼差しをさっちゃんさんに向ける。猿飛さんうるさいわよ、と妙ちゃんがさっちゃんさんに氷のような笑顔を向けた。
「うるさいってなによ。雌ゴリラに言われたくないわね」
「あら、私が雌ゴリラなら貴女はなんなのかしら、さしずめ、ジャスタウェイにも劣るメガネ掛け器ってところかしら」
ゴゴゴゴ…と地響きが鳴る。ひいいと恐れおののいたわたしは月詠ちゃんの腕に抱き着く。どうしてわたしの周りは銀ちゃんと土方さんしかり、九ちゃんと桂さんしかり、総悟くんと神楽ちゃんしかり、仲が悪い人達で溢れているの…!わたしはこんなに平和主義者なのに…!
怯えているわたしを宥めすかすように、月詠ちゃんが頭をポンポンと弾むように撫でてくれた。
「わっちら三人集めてまで、相談したいことがあるんじゃろ?」
美人さんに優しい瞳で見つめられ、心臓が高鳴る。わたしは綺麗なものが、もう、死ぬほど好きなのだ。わたしの周りは美人さんや美少女に溢れているけど。
「この雌ゴリラァァア!!いいわよ上等じゃない!!ここで決着つけてやるわよ!!」
「こっちの台詞だっつーのこの変態眼鏡掛け器がァァァァ!!」
目を吊り上げて、口汚い言葉で罵り合っているので、せっかくの綺麗なお顔が台無しになっているのだ。ひいい、と恐怖で気絶しかけるわたし。ここで決着つけないでぇぇぇぇ、ここファミレスだからァァァァ。月詠ちゃんは大きなため息をひとつ零したあと、パンパンと手を叩いた。
「主ら、静かにせんか。小春が怯えていて話せんじゃろ。…ところで、女子の集まりなのに、神楽はいないんじゃな。何故じゃ?」
月詠ちゃんがきょろきょろと辺りを見渡してから、わたしに問いかける。ぼんっと頬に熱が灯った。わたしは手遊びをしながら、ごにょごにょと言葉を濁す。
「そ、そのーえっとー…。えっとー…。神楽ちゃんには、まだはやいっていうか…。刺激が強いっていうか…」
わたしのその一言で、妙ちゃんとさっちゃんさんの耳が大きくなった。そして、喧嘩をやめ、何事もなかったかのように、席に座り直す。
「小春ちゃん、それは一体どういうことかしら?」
「さっちゃんに話してごらんなさい。ほらほら」
二人とも、目に爛々と好奇心という名のぎらつきを宿らせている。二人とも、やっぱり年頃の女の子なんだな…としみじみと思う。
「あの茶髪の坊や関連かしら?」
さっちゃんさんの問いかけに、こくりと頷く。顔が熱い。今から口にすることは、とても恥ずかしい。でも、田舎者でろくに恋愛もしたことのないわたしは、誰かに相談するしかなかった。すうっと息を吸い込む。視線を泳がせる。妙ちゃんが『さっさと言いなさい』と笑顔で脅しかけてくる。はいぃぃと背筋を正して、わたしは言った。
「…お、お付き合いしている方が、そ、その、し、進展を望んでいるかもしれないようでしたら、どうしたらいいんですかね…?」
シーン、と沈黙が流れた。聞こえてくるのは周りのお客さん達の喋り声や、食器を動かす音、料理を食べる音だけ。さっちゃんさんがややあとあいまってから、口を開いた。
「それってつまり、茶髪の坊やが小春さんに一発ぶちこみたいと、」
「下品よ」
その口の中に、妙ちゃんが注文していたピザを丸めて突っ込んで黙らせた。さっちゃんさんはふがふが呻きながら苦しんだ後、ピザを呑むように食べて、息巻いた。
「だってそういうことじゃない!なによ、別にいいじゃない。股を開けばいいじゃない。私はいつも銀さんに心も股も開いてるわ!」
「銀さんは突っ込む気ないようだけどね」
「銀さんは超ド級のSだからじらしているのよ!じらしプレイなのよ!」
「猿飛さん本当に黙っててくれません?」
「い、いやいや待って!!かもしれない、だから!かもしれない運転だから!!」
「ふむ。じゃったら、何故“かもしれない”と思ったんじゃ?」
月詠ちゃんが真っ直ぐに問いかけてくる。喧嘩していた妙ちゃんとさっちゃんさんも、わたしに顔を向けた。う、うわああ…。そんな注目されると…。ああほんと恥ずかしい…。茹蛸のように真っ赤であろう顔を俯けて、手遊びをしながら、ごにょごにょと、ついこないだの出来事を話しはじめた。
『美味しかったあ〜』
御馳走様と、手を合わしたあと、へらっとだらしない笑顔を浮かべた。今日はなんと…豚肉の生姜焼きがメインのおかずだったのだ。お肉が、あったのだ。ああ…お肉…。久しぶりに噛みしめたお肉の味は、美味しくて、美味しくて。思わず涙が零れそうになった。総悟くんも小さな声で『ごっそーさん』と言う。わたしの顔を見て『あり』と言った。
『なんか、ついてんでィ』
『え、どこ?』
小首を傾げて訊く。ここ、と総悟くんは自分の右側の頬っぺたを指した。わたしは左側の頬っぺたを触る。総悟くんがじれったそうに顔をしかめたあと、わたしの隣に腰を下ろした。
『こっち』
そう言って、親指でわたしの口元を拭った。ぐい、と持ち上げられる。カァッと熱が頬に集まった。
『あ、あ、あ、ありがとう』
恥ずかしくて、顔を逸らそうとすると、ぐいっと頬を捕まえられた。強引に、総悟くんの方へ向けられる。空色の瞳が閉じられていた。長い睫がよく見える。総悟くんの前髪と、わたしの前髪がぶつかりあって、やんわりと唇を押し付けられた。そして、離される。ゆっくりと、総悟くんの目が開いた。
『…お前って、キスの時、目ェ開けてんの?』
何を考えているかよくわからない瞳が、わたしを射抜く。動いたら、また唇が重なってしまいそうなくらい、近い距離で話されているので、息が当たる。
『び、吃驚してたから、その、一声あれば、っ、んっ』
また、塞がれる。一声断ってからなら、準備できるのに。いや、準備ってなんだって話なんだけど…!生姜焼きの味がする唇を押し付けられながら、どさりと柔らかく、頭が畳の感触を覚えた。
…ん?
近すぎて、もうどんな表情をしているのかもわからないけど、総悟くんが目を閉じていることがわかる。それと、今のわたしの体勢。
お、お、お、お、お、押し倒されている…!?
脳みその中で裸の天使たちがラッパを吹いていた。こ、これは、その、あの、赤ちゃんを作るあれ…!?漫画だとこのあとしゃぼんだまのトーンで誤魔化されるアレ…!?
総悟くんが唇を離した。いつもと同じ、ポーカーフェイスを浮かべている。でも、少しだけいつもと違った。瞳に、熱が浮かんでいる。
どくんっと心臓が大きく跳ね上がった。
そりゃ、総悟くんも、男の子だから、銀ちゃんや新八くんと同じようにエロ本とかAVとか読んだり見たりしていて、もしかしたら銀ちゃんとは同じ性癖だから、AVの貸し借りとかもしているかもしれなくて。頭ではわかっている。わかっているんだけど、わたしはそういったことに経験がない田舎者の生娘でして…!
じっと見つめられる。視線が絡み合う。わたしは今どんな顔をしているのだろう。頬が熱いから、真っ赤なことは間違いない。総悟くんの唇が、わたしの首筋に移動した。がぶっと噛みつかれて、「っ」と痛みで顔をしかめる。
裸の天使たちがバンドを組み始めた。頭の中でシャボン玉が弾ける。お花が咲き乱れる。
漫画の中では、そうかもしれないけど。でも、実際は、すごく痛いって聞いた。それに、裸で抱き合うなんて。しかも、好きな男の子と裸で向き合うなんて、そんな、えっと、えっと。えっと。頭と目がぐるぐる回る。天使がギターをかき鳴らしながらイェーイ!のってるかーい!と叫んでいる。のっていません、わたしはまだのっていませんんんん!!
総悟くんが首筋で口を開いたのがわかった。息が当たる。びくり、と肩が跳ねる。
『…跡、どうやってつけっか、わかんねェ』
そう言うと、総悟くんは、そっとわたしから退いた。へ、と、瞬きをしているわたしに背を向け『じゃあな』といつものように去っていった。
「ムラムラしてるわね」
「ムラムラしてるな」
「ムラムラが服を着てるわね」
妙ちゃんは笑顔で。月詠ちゃんは煙管をふかしながら。さっちゃんさんはメガネをくいっと上げながら、同じことを言った。
カァーッと、体中を熱が支配する。
さっちゃんさんはストローを咥えながら「もういいじゃない」と面倒くさそうに言う。よくない。全然よくない。
「好きならいいじゃない。私はいつでも銀さんにぶちこまれる準備できてるわよ。もうどんなプレイでもオッケイ!!…あれ、ちょっと待って」
さっちゃんさんが顎に手を当てながら、なにやら思案を始めた。
「あの坊や、銀さんと同じ性癖よね。…小春さん、あなた、M?」
「―――はい?」
突然、性癖を訊かれて、瞬きすることしかできない。妙ちゃんが「猿飛さん、下品よ」と笑顔を浮かべながら険のある声で注意する。
「冗談で訊いているんじゃないの。これは大事な問題よ。あの坊やは超ド級のSよ。ということは、」
さっちゃんさんはメガネをきらりと輝かせて、叫んだ。
「あなたを目隠しして、鞭で打ったり、蝋燭をたらしたりしたいと考えてるに違いないわ!!」
ビシッと、人差し指をわたしに突き付けながら。
め、目隠し…?
鞭…?
蝋燭…!?
「そういえば。吉原にもそういうことをしたがる客はいるの。まあ、そういう場合はMっ気のある女が相手するな」
「ツッキーあんたほんと意外とこういうこと強いわよね…」
「ぬしは、Mなのか?」
「え、えええ…。わ、わからない…」
「でも、あの人と交際できるくらいなんだから、ちょっとはMなんじゃないの?」
「というか、Mじゃないとこの先きついわよ。知っている?離婚する理由って、結構性生活の不一致が大きいのよ」
「え、ええ、えええええ…」
普段SとかMとかによく触れるけど、まさか自分にお鉢がまわってくるとは思わなくて、目を白黒させることしかできない。そういえば、この前、夜中にトイレで目が覚めたら、銀ちゃんがお尻を叩かれてあんあん喘いでいる女の人のAVを観ていて、見て見ぬふりをしたなあ…。そっと、忍び足でトイレを済まし、そっと、寝床に戻った…。
「試に、ちょっと目隠ししてみなさいよ。お妙さん」
「…仕方ないわね」
へ、と思った時にはもう遅かった。わたしは妙ちゃんに後ろから羽交い絞めにされていた。ものすごく強い力だ、女の子の力とは思えない。
「いつか銀さんに目隠しされるようのネクタイを貸してあげるわよ。はい、ちょっと目を瞑って」
「い、いやいや、ちょっとおかし、もごっ!?」
「ついでに口も塞いでおきましょう。その方がそれっぽいし」
「おい、ぬしら。無理強いは…」
「あーツッキーったらまたいい子ぶるんだー!?さっすが十位ねー!それが十位たる所以なんでしょうねー!カーッ!憎いわー!!」
「だからいい子ぶるとかいい子ぶらないとかではなく!!」
口の中で、タオルの味がする。視界はネクタイで覆われているので何も見えない。さっちゃんさんとツッキーが激しく言い争っている声が聞こえる。ああ、なんでこうなったの…。
「小春ちゃん、どう?気持ちいい?」
妙ちゃんがそっと耳元で訊いてくる。タオルの味がすることと目が見えなくて少し怖いという感情しか生まれなくて、首を振る。あらあ、そうなの、と妙ちゃんが言った。
「じゃあ、外しましょう。小春ちゃんはMじゃない、と…。って、あら?」
妙ちゃんが何かに気付いたような声を上げた。
「沖田さんじゃない」
―――え。
わたしの今の姿。ネクタイで目隠しされて、口の中にタオル突っ込まれていて、妙ちゃんに羽交い絞めされていて。
好きな人に、見せる姿じゃない。
「〜っ!!」
声にならない悲鳴が漏れた。わたしはタオルを吐き出して、少し力を緩めた妙ちゃんの腕を振り払って、うわあああああんと泣きながら店から出てった。
あんな、あんな、あんなはしたない姿を…!
「もうやだァァァァァァ!!」
走りながら大声で泣く。涙と鼻水が、きらりと輝いた。
にっちもさっちもあっちもこっちも「あーあ、行っちゃった…」
「だから言っただろう。やりすぎだと…」
「ほらいい子ぶるー!さーすがツッキー!さーすが十位ー!!」
「だから!!いつまでも過ぎたことを言うな!!」
「流石十位さんですよね。ま、最新の人気投票では私の方が…、沖田さん?どうしたんですか?」
ムラムラした。
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