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今日は万事屋でお祭りにきました。わたしと神楽ちゃんは浴衣を着てお祭りに臨みました。神楽ちゃんは私の美しさにひざまずくがヨロシ!と非常にご満悦です。わたしも紺色地に朝顔の浴衣を着られて、本当にうれしいです。ですがわたしは非常に馬鹿な奴なのです。
迷子になりました。
「銀ちゃーん、新八くーん、きゃーぐらちゅわーん…」
わたしはウッウッと大粒の涙をぼろぼろ零しながらとぼとぼ力ない足取りで三人を探し歩いた。いない。どこにもいない。ていうかこんな大勢の中から、いくら銀ちゃんと神楽ちゃんが目立つからと言って(ナチュラルに除外される新八)見つけられるはずがない…。ウッウッ。
住みなれてきたとはいえど、江戸はまだ怖い。メガロポリス・江戸。ああ怖い。江戸の人にぶつかったらカツアゲされると思い込んでいるわたしは人にぶつかる度「すみません!マジすみまっせん!!」と必要以上に謝り倒して「いやそこまで謝らなくても…」と引かれる始末。でも謝らずにはいられない。だって怖いんだもの。
周りの人は楽しそうな笑顔なのに…わたしだけこんな涙と鼻水でグチャグチャで…。この年にもなって迷子くらいで泣くなよって話ですよね。でも迷子で泣くのがわたしなんです。
「おい」
うっうっ…銀ちゃん新八くん神楽ちゃあん…。
「おい、コラ」
ばしっと頭を誰かに叩かれて衝撃が走る。
「いたっ!…えっ!?そ、総悟くん!?」
振り向くと、いかやきを頬張っている総悟くんがいた。
「ぼっち祭りとはさびしい女だねィ、お前さん。って、うわ。なにその顔すげえひでえ。いつもの十倍ひでェ」
真顔とマジトーンで人の顔の悪口言わないでください傷つきます。
「いや、万事屋できていたんだけど、はぐれちゃって…」
「…もしかして、それで泣いてたのかよ」
「…はい…」
「ガキか、てめーは」
ごもっともです…。わたしは自分の情けなさが恥ずかしくて身を縮こまらせた。
「総悟くんは、どうしてここに?」
「俺ァ、仕事でさァ」
総悟くんはそう言いながらいか焼きをもぐもぐ食べている。この人は仕事の意味をわかっているのだろうか。
「旦那達、いっしょに探してやらァ。ついてきな」
「えっ、でっ、でも一応お仕事中なんじゃ…」
「これが仕事してるように見えんのかィ?」
「…自覚済みだったんだ…」
「お、あっちにうまそうなリンゴ飴が」
「わ、わー!待って!待ってください!」
すたすた歩いていく総悟くんの背中をわたしは慌てて追いかけた。
「あ…!」
わたしがずっと欲しかったクマのぬいぐるみが棚に飾られていたので、射的場を通り過ぎる直前、思わず声を上げてしまった。二、三人の人がおもちゃの銃をかまえて「やったー!」
「あー、はずれた!」と嬉しそうに歓声を上げたり舌打ちを鳴らしていたりしていた。
「何でィ。あれ欲しいのかィ?」
「あ、えと…うん」
わたしがそう言うと、総悟くんは舐めていたリンゴ飴をわたしの右手に無理やり握らせて、射的のおじさんに「これで頼まァ」とお金を渡して、銃を貰っていた。
え…!
「い、いやいいよ総悟くん!あのその、催促した訳じゃなくて!」
「俺がやりたいだけでさァ」
わたしが小走りで総悟くんのもとに行ってそう言っても、総悟くんはわたしの目を見ないで、銃を構える。いやいやでも…!とさらに言おうとした時、パァンと発砲音がなり、クマのぬいぐるみが倒れた。
「俺、こんなのいらねェからお前にやる」
総悟くんは乱暴にわたしに向かってクマのぬいぐるみを投げてきた。わたしはあたふたしながらそれをキャッチする。
ふわふわの生地につぶらな黒い瞳。か、か、か、可愛い…!
あまりの可愛さにぷるぷる震えてしまう。むぎゅっと綿が出そうになるくらいクマのぬいぐるみを抱きしめた。可愛くて仕方ないからってのもあるけど、それだけじゃない。自惚れかもしれないけど、これは、総悟くんがわたしのために取ってくれたもの。…多分。
そうだからか、このぬいぐるみが愛おしくてたまらない。
「総悟くん、ありがとう」
へらりとだらしのない笑顔でお礼を言う。総悟くんはじいっと真顔でわたしの顔を見たあと、つまらなさそうにそっぽを向いた。
すき、すき、大好き。
射的屋さんから出て、わたしはぬいぐるみを抱きしめながら、総悟くんに話しかける。
「そういえば昔、総悟くん神楽ちゃんと射的で闘争してたよね」
「そういや、んなことしたなァ」
「長谷川さんが可哀想で可哀想で仕方なかったよわたし…」
「お前はどーせびびってメガネの後ろにでも隠れてたんだろィ」
「な、なぜそれを…!」
「お前の矮小な脳みその考えそうなことなんかお見通しでさァ」
あの頃、わたしにとって総悟くんは未知の生物だった。顔は綺麗だけど、お腹は真っ黒。いつも神楽ちゃんとメンチを切り合っていて、新八くんはいつも仲裁していて、わたしは銀ちゃんや新八くんの背中に隠れてぶるぶるしながらそれを見ていた。
それが今じゃ、総悟くんの隣に立って、普通に会話しているって。…不思議だなあ。
ぼうっと歩いていると、いつのまにか、はじめて見る景色の中にわたしはいた。このお祭りは前も来たけど、こんな場所あったんだ。はじめてだ。
すると、ひゅ〜っ、どん!と、空に花火が打ち上げられた。
「わあ…っ」
濃紺の空に咲く光の花が、わたしの瞳に映る。綺麗すぎて、歓声が漏れる。
「すごい!綺麗…!」
「よく見えんだろィ。去年見つけたんでさァ」
「そうなんだ。あんな騒ぎの中よく見つけられたねえ」
へえ〜と感心していると。わたしは、あることに気付いてしまった。
カップル多…っ!
辺りを見渡すと、カップル、そしてカップル、カップルカップルカップル…!えええ…!い、いや、そりゃわたし達もお付き合いしているんだけど…!あれ、なんか、これ、恥ずかしい!総悟くんなんでそんな平然としてんの!?
「や〜ん、花火きれえ〜」
「お前のが綺麗だよ」
「もー、たっくんたらァ〜」
わたしの隣でカップルがそんなやりとりをしていちゃいちゃしている。絡み合っちゃって…う、うわあ、慣れてるなあ…!
隣の人たちを見ていると、なんだか恥ずかしくなってきたので、わたしは再び花火に視線をずらした。すると、不意に名前を呼ばれた。
「小春」
なに?と返事を返す間もなかった。総悟くんはわたしの名前を呼ぶと、すぐに、わたしの肩を掴んで、優しく自分の方へ引き寄せた。
…はい?
総悟くんらしからぬ行動に頭がついていかない。瞬きをぱちぱち繰り返していると、総悟くんの顔が目の前にあった。
「今日、すっげえ綺麗でさァ」
え。
「その浴衣、すっげえ似合ってらァ」
え。
総悟くんは耳元でそうささやいてくる。わたしは、ぽっかーんと口を開けて、なにがなんだか、理解できなかった。
え、えっと、えっ。も、もしかして、これは、総悟くんが、わたしを…、褒めてくれている?
こんな優しい甘い言葉、はじめてだ。
え、えと、どうしよう。どうしよう。綺麗だって、似合ってるって、どうしよう。
うれしい。
「あっ、あの」
つっかえつっかえになりながらも、お礼を述べようとした時だった。
総悟くんの顔があくどいものに変わり、続いて、総悟くんは、ぶーっと噴出した。
「くく…っ。嘘に決まってんだろィ…!ぶっ、ぶわははははっ!バッカじゃねえの…!」
総悟くんはお腹を抱えて、げらげら笑う。
あ。
そっかあ。嘘か。
すうっと熱が引いていく。
そりゃ、そうだよね。うんそうだ。わたし綺麗じゃないし。第一総悟くんが、こんなこと言うはずないし。というか思うはずもないし。総悟くん口悪いし。うん。しょうがない。しょうがないよ。
しょうが、ないよ。
「ぶわっはっは…え」
頬を冷たいしずくが伝っていくのを感じた。総悟くんの笑い声が止む。
あ、わたし。また泣いてるんだ。こんな、つまらないことで。どうしよう。めんどくさい奴だって思われちゃう。嫌われちゃう。どうしよう、どうしよう。でも今笑えない。笑いたいけど笑えない。
悩んだ結果、わたしが取った策は。
「ちょっ、ちょっと…う、うんこしてくる…!!」
早口の涙声でそう言い残して、逃げた。ああ、なんでわたしってこう…馬鹿に馬鹿を重ねる行動をするのだろう…と静かに思った。
***
うんこしてくると、泣き顔を隠しながら逃げ去ったあいつの背中を、俺はただ茫然と見ていた。
あいつを苛めて、何度も泣かしてきた。口には出さずとも“ひどいぃぃ”とその目は恨めしげで、その目を見るのがすきだった。だから、今回もそういう目が返ってくるのを期待して、からかってみた。綺麗だって俺に言われて、頬が赤くなって、いよいよ面白くなっていた。こっから突き落としてやったら、また、ぷるぷる震えて涙を目に貯めて、あのうらめしげな目で見てくんだろうなって思っていたら。マジ泣きかィ。
いままでもっとひでェこと言ってきただろィ、俺。不細工だって言った。色気ないとも言った。乳臭いガキの顔。とろい。ヘタレ。根性なし。そういう言葉をアイツは、ガーンという効果音がつきそうになるくらいショックそうで、泣きそうな顔をしたり、実際に泣いていたりしたが、こんな、今みてェに静かに泣かなかった。
「訳わかんねェ」
小さく漏らした不満は花火の音に隠された。
とりあえず俺は小春を探すことにした。うんこなんて嘘だ。どっかで泣いてんだろィ。なんで泣いてんのか問いただしてやらァ。と、若干苛々しながら捜し歩いていると。
「おお、総一郎くんじゃねーか」
「うげっ!」
「沖田さん、こんばんは」
万事屋三人衆と出くわした。
「おう。一歩間違えればニートと不法滞在者とメガネ掛け器じゃねーか」
「沖田くん?どったの?なんか毒舌がさらに増してね?」
「だぁれが不法滞在者ネこのクソガキャー!」
「明らかになんかこの人僕達に八つ当たりしてますよ…!」
ギャアギャアギャアギャア。やかましー奴らだぜィ。全員公務執行妨害で逮捕してやろうか。
「お前さ、小春見てね?あいつ迷子になってよォ」
旦那がりんご飴をべろべろ舐めながら間抜け面で問い掛けてくる。俺が知りてェっつーの。
「知りやせん。さっきまで一緒にいたんだが、なんか、急に、どっかいっちまって」
「えっ、マジ一緒にいたのかよ。ひゅう〜っ、やっる〜。で、どっか行ったって。もしかしてお前小春泣かしたとか〜?」
旦那がにやにやと冗談を投げかけてくる。ところがどっこい。その冗談は真実で。俺は言葉を返せなかった。…と俺たちの間に静寂が走る。
「…え、ちょっ、マジでか」
「…じゃあ、俺探しに行くんで」
万事屋たちの横を通り抜けようとした時だった。右肩、左肩、右腕を強く掴まれた。みしみしと骨が鳴る。
「ちょっとこっち来てくんねーかな、兄ちゃん」
「顔貸せやクソガキャア」
「…少しお時間よろしいでしょうか」
ああ、っとに、だりィ。
チッと舌打ちを鳴らした。
俺は万事屋三人に人気のないところへ連れ込まれ、変に話をはぐらかしてこいつらと一緒にいる時間を長くするのも嫌なので、あらいざらい全部吐いた。俺の話を聞いた旦那はメガネとチャイナに顔を向けた。
「だ。そうで。どう思った。新八、神楽」
「本当に顔以外取り柄のない最低最悪男だと思いました」
「銀ちゃーん。私このクソサドにわたあめの棒百本くらいぶっさしてやりたいからわたあめ今から百個食べてきてもいいアルかー?」
メガネはこの世の汚物を見る眼差しで俺を射抜き、チャイナはあどけない顔つきで、ものすごく残酷なことを旦那に問いかけていた。コイツらマジ殺してェ。
「百個もわたあめ買う金ねーんだよ、残念なことに。そりゃ却下させてもらうわ神楽」
「あーお金がないって不便アルな」
旦那は「世知辛い世の中だなァ」とチャイナに言ったあと、俺に顔を向けた。今日も死んだ魚の目だ。
「あんさァ、今日俺小春の浴衣姿を見て何も思わなかったわけよ」
…なんか唐突に語りだした。いるよなこういう奴。ツ○ッターで自分の過去を突然しゃべりだす奴。お前の過去とか別に興味ねえよ。
「新八は小春さん神楽ちゃん似合っていますねとか言ってやがってよォ。フェニミスト気取りか、この眼鏡掛け器がとか思ったわけよ」
「あんたそんなこと思ってたんですか」
「で、だ。神楽になんか言え言え言われてめんどくせーから、結野アナが浴衣着てたらさぞかし色っぽいんだろうなァって言ったのよ」
「最低アル。マジで銀ちゃん最低だったアル」
…何が言いたいんでさァ、この天パ。
「小春にもこんな感じで、ウワァ…って目で蔑まれたわけよ。いや、ほんと、感想言えっつーから言ったのに、なにこの態度。ひどくね?って思ったね、俺ァ。でもな、小春は、全然悲しそうじゃなかった」
「言いたいことが全然わかんねーよ。回りくどいこと言い回しはうんざりでさァ。さっさと言いなせェ」
俺は苛々を包み隠さずに言った。「おうおう、一番隊隊長さんのお怒りだ。こえーなァ」と旦那がわざとらしく怯えて茶化す。
意味わかんねぇよ。こんな茶番に付き合っている暇なんかねェのによ。
「なんでこんなこともわからないんですか。あなただからですよ」
メガネが静かに怒りをこめた声色で、俺に言った。
「小春さんは本来あなたみたいな口の悪いドS男なんて大の苦手なんです。あの人怖い。なんであんなすぐバズーカぶっぱなすの?なんで土方さんの命狙うの?すぐ神楽ちゃんと殴り合いするし。しかも最近何故かわたしに嫌がらせしてくるの。あ〜どうしよう新八くん。どうしたらあの人と関わらずにすむだろう。これ、小春さんがずっと前、僕にしてきた相談です」
ハンマーで頭を殴られたぐらいの精神的ダメージをおった。Sは打たれ弱いんでィ。
「そういえば俺にもそんな相談してきたな」
「私がサドと殴り合いしたあと大丈夫?って泣きながら心配してくれたアルな。」
もう一度言う。Sは打たれ弱いんだよ。ガラスの剣なんだよ。
「そんなあなただから、照れ臭さだかなんだか知りませんが、小春さんに優しい言葉をかけたことなんて片手で数えるくらいでしょう。きっと小春さんはすごく嬉しかったはずです。一生聞けるはずがないと思ってた言葉を沖田さんから聞けて。小春さんは少女小説や少女漫画が大好きで、昔はよく、ああわたしもこんなこと言われたいなあ、されたいなあ、と言っていました。そんなあの人が、絶対に、そういうことをやりそうにないあなたを好きになったんです。もっとその幸せを大切にしてください。小春さんを幸せにしてください」
てのひらに爪が食い込んで痛い。腹立つ。腹立つ腹立つ。なにが腹立つかっていうと。正論を吐くメガネが腹立つ、ていうガキみてェな八つ当たりと、メガネのが、小春のことわかっていることで。
俺はアイツのことを全然わかってねェんだと、思い知らされた。
「いやそれにしても、小春はなんでコイツに惚れたんだろーな」
「わからないアル。全然わからないアル」
「顔もアイツは、スポーツマン!短髪!ってのが好きだしなァ」
「ボランティアとか家庭菜園してるような人と結婚したいって言っていました」
「あー、言ってたなァ、んなこと。え、もしかしてお前ボランティアとか家庭菜園してたりする?」
「ぶーっ!ひゃっひゃっひゃ!サド野郎が、ボラ、ボラ、ボランティア!!」
「…想像したらなんか怖かったです…」
「こりゃ本格的にわっかんねーな。顔も好みじゃない、腹黒い、サディスト、おまけに泣かせるクソ野郎…。優しくねェ…。んー、わっかんね」
好き勝手言いやがって、この。俺のガラスのハートはずたずただった。
…本当に、アイツは、なんで俺に、惚れたんだろう。
そう思った時、茂みがガサガサと揺れて、
「―――優しいよ!!」
髪の毛に葉っぱをたくさんつけた小春が泣きながら眉を吊り上げて、出てきた。
「小春さん!?」
「小春!?」
メガネとチャイナがあんぐりと口を開けて驚く中、旦那だけが平然としていた。
「そりゃ確かに、わたし昔は総悟くんすっごく怖かったし、できれば関わりたくないとか言ったけど!」
やっぱり言ってたのかよ。オイ。ガラスの剣割れんぞ。
「でも、優しいところだってあるもん…!今日だって、銀ちゃん達探すの手伝ってくれたし、わたしが欲しがっていたクマのぬいぐるみ取ってくれたし、花火も見やすい良いところへ連れてってくれたし、っ、うっ、ぐすっ、ぐすっ」
「わたしが悪いのォ〜!あんなつまらないことでマジ泣きするめんどくさい奴なの〜!総悟くんごめんなさいぃぃ。わたしもうほんといい加減この泣き上戸やめるから、もうやめるから、今泣いてるので最後にするから、だから、めんどくさいって思わないで、お願い、ごめんなさい、ごめんなさいぃぃぃ」
小春は、わんわんとガキのように大声で泣き始めた。
ただ泣きわめく小春を茫然として見ていると、背中にとてつもない衝撃が走った。
「今度泣かせたら、股にぶら下がっている矮小なモン、潰すから覚悟しとけヨ」
どうやらチャイナが俺の背中に蹴りを入れたらしい。このクソアマ…と睨むと「さっさと慰めるアル。ほんとならお前なんかもう二度と小春に近づけたくないけど、小春はお前がいいって言ってるから、仕方ないネ」そう言って、ぺっと唾を吐き捨てた。
「んじゃ、あとはよろしく」
旦那は背中を向けながら、ひらひらと手を振った。右隣にメガネ、左隣にチャイナが並ぶ。
旦那は小春が隠れていたこと、知っていたってことかィ。とんでもねえドSだ。
しゃがみこんで、目に丸めた手をあてて、わんわん泣いている小春の前に腰をおろして、胡坐をかく。
「旦那、お前がここにいること、知ってたんだねィ」
今言うことそれじゃねえだろィ、と自分でも思う。だが、何をどう話せばいいのかわからなかった。
「そ、ごくんと、みんなが来た時、ぎ、ん、ちゃ、んと目が合っだの…。ふぐっ」
しゃっくりをあげながら小春は言う。小春がクマのぬいぐるみを大事そうに抱えているのが、目に入った。
優しくなんか、ねェのに。
俺はいつだって、“俺”のために行動をしている。
お前にそれ取ってやったのは、お前を喜ばしたかっただけだ。俺の行為でお前に笑ってほしかっただけだ。俺がした行為でお前が笑顔になる瞬間がたまらなく好きで。お前に笑顔を向けられたいだけで。
花火の穴場を教えたのだって、似たようなもんだ。お前に感謝されたかった。それから、ただお前と花火が観たかった。花火を見てきらきら目を輝かせているお前を、見たかった。
旦那達を探してやるってのなんて、もっとひでェ。そんなの嘘だ。探す気なんてさらさらなかった。お前といっしょに祭りまわりたかった。浴衣姿のお前を独り占めしたかった。
前の祭りの時は、浴衣じゃなかった。だから、はじめてみた。はじめてみた小春の浴衣姿に。
「―――似合って、らァ」
俺は腹の底から、声を絞り出して、言った。どんな顔を小春に見せたらいいかわからなくて、顔を伏せる。
浴衣姿に息を呑んだ。いつもと違う髪型に、紺色の朝顔の浴衣は、小春にぴったりだった。ここから連れ出したくなって、誰にも見せたくなくて。なのに泣かせて、なんで泣いているのかもわからなくて、苛々して、でも、そんな俺に、
「わたしのこと、嫌じゃないの?」
涙声でこんなこと訊いてくるから、コイツは今世紀最大のお人よしだと思う。バカがつくほどの。
「嫌じゃねェよ」
「面倒くさくないの?」
「面倒くせえ。けど、しょうがねえだろィ。お前みたいな泣き虫で甘ったれに惚れちまったんだから」
言ってから自分の失態に気付く。やべ、言っちまった。またやっちまった。
「あ、今のナシで。だから…」
ガシガシと頭を掻く。ああもう。どうでもいい女にはすらすら君だけは特別だからとかなんとか言えんのに。なんでコイツの前だとこんなんになんでィ。
頭をガシガシ掻いていると、ぷっと噴出す音が聞こえた。顔を上げると、小春が泣きはらした顔で、あははと声をあげて軽やかに笑っている。
なんでコイツこんな笑ってんだ。なにで笑ってなにで泣くのか全然わかんねェ。
多分万事屋の連中なら、コイツが笑う理由、泣く理由をわかることができるのだろう。
ああ、それは認めてやらァ。
でも。
コイツのことを一番理解したがってんのは、俺だっていうことだけは、譲らねェ。
「…随分長ェうんこだったなァ」
「あっ、そっ、それは!!いや、えっと!!」
あわてふためきながら説明しようとする小春の髪の毛についている葉っぱを取ってやる。
すると、「ありがとう」と、俺がしでかしたことなんかなかったみたいな笑顔をするから。
こういう奴だから俺はこいつに惚れちまったんだろうと、思った。
そっと頬を撫で笑う
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