臆病者感謝短編集
 

ふとした瞬間に、ちゅーをされることが多くなりました。

しかも、深いの。

「ちょ…っ、その、ストップ!」

わたしは総悟くんの胸板を押して、そして座りながら少し後ずさった。
口元を拭って、はあはあ呼吸が荒いわたしとは対象的に、総悟くんはケロッとした表情。

「肺活量なさすぎだろィ。運動しなせェ」

「い、いや、わたし結構万事屋で飛んだり跳ねたりしているから平均女子よりはあるよ…!?い、今のは長すぎたし、そ、その、べ、べ、べろが…っ」

ああ、恥ずかしくて、恥ずかしくて仕方ない。

カーッと熱がこみ上げてきて、全身を支配する。

「今のって、なんでィ」

恥ずかしくてたまらないのに、どうしてこの人はさらに追い込むのだろうか。

「今、俺とお前何してたっけ?俺ァ、鳥頭だから、すっかり忘れちまったぜィ」

口元をにんまりと緩ませて、わたしに意地悪く問いかけてくる総悟くん。

よくそんな嘘をいけしゃあしゃあと言えますねこの人…!

「で?俺とお前何してたんだっけねィ」

「そ、それは、その、えっと、」

なんでこんな恥ずかしいことを言わなきゃならないのォォォ。

羞恥で涙が浮かび、涙の膜が眼球をじんわりと覆う。その瞳で総悟くんに、いやだと訴えかける。

が。

それが、総悟くんのドS心に火をつけてしまったらしくて。

「ほら、言ってみろィ」

先ほどよりもらんらんと目が輝き始めました。

「ち、ちゅーを、していました…」

キス。という単語は恥ずかしくてつかえなかった。

それでも、やっぱり、恥ずかしくて、仕方ない。

「あー。ちゅーなァ。思い出したぜィ。なんでィ、もっと舌いれろってか。とんだ痴女でさァ」

「違います!!」

真顔で彼女を痴女扱いする彼氏って、一体。

「そ、総悟くんはちゅーとか慣れているかもしれないけど、わたしはお付き合いするの総悟くんが初めてだから、その、もうちょっと初心者コースでお願いしたいというか…!」

「初めてだけど」

「いやその初心者コースは初めてかもしれないけど…!」

「俺もお前と付き合うのが初めてでさァ」

…ホワッツ?

「え、え、え…!?今まで二三回は誰かとお付き合いしたことあるんじゃないの…!?」

「仕事でそんな暇ねーよ」

え、え、え、えええ…!

わたしはぽかーんと口を開けて驚いた。

総悟くんはとても綺麗なお顔立ちをしているし、このドSな性分もドМな女の子には魅力的に映るだろうし、それに、そ、その、ちゅーがものすごくお上手だし…!お付き合いを始めた最初のころわたしはがちがちに緊張していたのに総悟くんは『どうしたんでィ。便秘二日目みてえな顔しやがって』ってポーカーフェイスで訊いてきたのに…!

「そっ、かあ」

わたしが、はじめて。

「嬉しい、なあ」

へへっと頬が自然と緩んだ。

総悟くんはいつも通りのポーカーフェイスでわたしをじっと見ていたかと思うと、四つん這いになって、近づいてきた。

「へ、え、あ、あの」

わたしもつられるようにして後ずさるが、すぐに壁に背中が当たった。

目の前には蘇芳色の大きな瞳。

「ちゅーさせろィ」

わたしの輪郭をなぞるようにして手を携える。

「え、えええ…!!」

こ、この人は、またいきなり…!

総悟くんは私と同じ恋愛若葉マークなのに、どうして、こうもぐいぐい来るの…!その余裕はどっからきたの…!初期のころはもうちょっと落ち着いていたよね!?

わたしなんて、総悟くんにちゅーを一回されただけでも、頭がパンクしそうになる、のに。

だんまりを決め込んでうつむいていると、総悟くんが顔を覗き込んできた。

「…駄目かィ?」

そんな、切なげな目で、見ないでよ。

断れるはずがない。

この人、自分が可愛い系ということを熟知しやがっている。

いいよ、と小さく呟いた途端に、噛みつくようなキスをされて。

ああ、もう!まただ!

と。わたしは激しく後悔したのだった。





ぐうの音がきこえる



prev / next


- ナノ -