とおまわりの記録



スクールカースト制度という目に見えないものがどこの学校にも確かに存在している。

箱学はスクールカーストというものが比較的緩いので、あまりそういったものにこだわらずみんなほどほどに仲が良い。東堂と付き合うのはちょっとねー…と苦笑いをした友達はスクールカースト制度で上位の子。一緒に遊んだりはしないが、楽しく話しできる友人だ。
わたしがどれくらいの位置にいるかというと、よく見積もって真ん中。冷静に観察すると下から中の間をさまよっている、と言ったところだろう。クラスの中で発言力もなくて、学園ドラマで言うなら名前のない生徒Aだ。そんなわたしが東堂をくん付けしなくて東堂と呼び捨てにできて、友達になれて、あまつさえ彼女役までやっているのだから、運命とは数奇なものだ。

普段の行動はひたすらに地味で大人しいもの。派手とは無縁の世界にいる。

「幸子ちゃん誕生日おめでとう!」

「ありがとう〜!」

「はい、プレゼント〜!」

「開けていい〜?」

「いいよ〜!」

朝学校に来て、席につくと同じグループの友達がわらわらと(二人だけど)集まってきて、プレゼントを渡してくれた。みんなで共同で買ったプレゼントの包みを開けると、好きなキャラクターのグッズがたくさん詰まっていた。

「かわいい〜!マグカップとポーチと〜、うわーこれ限定品のストラップ!欲しかったの!ありがとう〜!」

「いえいえ〜!」

「え、幸子って今日誕生日なの?」

「マジ?おめでとー!」

わたしたちの声を聞きつけた派手目なグループの女の子たちが集まってきて、わたしの誕生日を祝ってくれる。ありがとう〜、と笑顔でお礼を言うと「ああ…癒される…」と抱きしめられた。なんだかよくわからない。

「東堂くんからのお祝いってすごそうだよね」

「ね!どんなのかあとで教えてくれない?」

「え〜いいけど、あるのかな…」

「あるでしょー!彼女だもん!」

「いや彼女“役”だからね?わたしは東堂にいつか彼女ができた時のためのシュミレーション。いわゆるラブプラスなんだよ」

「なんか違くないそれは…?」

「去年、東堂わたしが誕生日だってこと誕生日当日に知って『そうか!ならばこのメロンパンを恵んでやろう!!』ってくれたから、多分今年もそんな感じだと思うよ」

そう言うと、友達のうちのひとり、依里ちゃんは「ええ…」と不満げに声を上げた。二人の友達は東堂と仲良しなんてすごいね、とかねてから絶賛していて、わたしが彼女“役”をすると知った時、すごいすごいと目を輝かせていた。彼女“役”なのにねえ…。


東堂が教室に入ってきた。友人たちが反応している。わたしになにかするのではないかと期待に満ちた目だ。やれやれと肩を竦めてから、東堂に「おはよ〜」と手を振る。東堂は「うむ、おはよう」と言ってから、机に突っ伏した。朝練で疲れたらしい。一時間目までは寝る気だな、あれは。真面目だから授業中は寝ないけど、東堂。

「東堂くん幸子ちゃんになにかしないのかなあ…」

「しないでしょ〜。もしかしたら忘れているかもねえ」

「えー!それはないでしょ!だってあんなに仲良いじゃん!」

「忘れる時は忘れちゃうし、しょうがないよ〜。東堂毎日忙しいし」

美紀ちゃんはつまらなさそうに口を尖らす。すると、ホームルームを告げるチャイムが鳴った。友人たちが席に戻る。あ、東堂起きた。本当に真面目だなあ。

…おめでとう、くらいは言ってほしいなあ…。

忘れられていたら、今日わたし誕生日なんだ。お祝いしてくれない?と、軽くおねだりしよう。誕生日なんだし、それくらいいいよね。



休み時間になったら東堂におねだりしようと思ったのだが、すべての休み時間、東堂はずっと机に突っ伏して寝ていた。日々の練習がそうとう辛いのだろう。副キャプテンになったと言っていたし…大変なんだろうなあ。

昼休みを告げるチャイムが鳴る。今日はいっしょにお昼、無理だな。久しぶりにいつものメンバーとごはんを食べようと立ち上がった時。

「吉井!」

朝ぶりに、東堂の声が聞こえた。

名前を呼ばれ、振り返ると、東堂がずんずんと詰め寄ってきた。迫力がすごくてたじろぐと、ガシッと手首を掴まれた。

「さあ、来てくれ!」

「え」

有無を言わさず、東堂はわたしを教室から連れだす。東堂はハッハッハッハと軽やかな笑い声をあげながら廊下を走っていく。わたしを連れて。連れて行かれた先は自転車部の部室だった。

「入ってくれ!」

「お、お邪魔します」

意気揚々と言う東堂と対照的に、おっかなびっくりしながら入るわたし。一体全体なんなんだ。東堂は大きなクーラーボックスから何かを取り出して、それを机の上に置く。それはどう見ても、そうだった。ケーキの箱だった。箱からケーキを取り出すと、わたしの大好物のチーズケーキが姿を現した。誕生日おめでとう、と描かれたプレートが中央を陣取っている。

ぽかんと口を開いているわたしを見て、腕を組みながら得意げにうんうんと頷く東堂。

「どうだ、驚いたか!」

腰に手を当てて、東堂は高らかに言った。

「お、驚きました…」

「そうだろうそうだろう!サプライズというやつだ!ジュースもあるぞ!お前の好きななっちゃんの二リットルを三本用意しておいた!」

「あ、ありがとう」

そんなに飲めない…。

「ふーっ、やっと喋れる!お前と顔を合わしたらサプライズのことを話してしまいそうだったからな…。おっと、そうだ、聞いて驚け、まだビッグサプライズがあるということに!」

「ええっ、まっまだあるの!?」

「ふははは!そのマスオさんのような驚き方最高だ!」

東堂は「くらえ!」と言いながらわたしにプレゼントを渡してきた。くらえって…、と思いながらもお礼を言いながら受け取る。包みを開けて、中身を確認すると「ふわ〜っ!!」と感嘆の叫びが漏れてしまった。

「こっ、これっ、これ…!もう売られていない伝説のクマ次郎の赤ずきんぬいぐるみ…!」

「この俺にかかれば手に入れられないものなどないのだ!お前がそのキャラクターの大ファンなのはかねてから知っていたからな!はっはっは!このサプライズ企画!どうだ!すごいだろう!」

「すごい…!本当にすごい…!ありがとう!」

「ふ…っ、礼にはおよばんさ」

派手な人が考えることはやっぱり違う。こんな派手な祝われ方初めてだ。派手な子達が派手な祝われ方をされているのを見ているだけだったわたしがこんな祝われ方をされるとは夢にも思わなかった。普通にお祝いされて、普通にプレゼントを渡されるという事も大好きだ。けど、こうやって祝う方法にも工夫をこしらえた祝われ方は、一味違うように感じる。

あ、でも。

「東堂、あの…」

これ以上何を望むべきか、とは自分でも思う。なので、おずおずと切り出した。東堂は高笑いをやめて、む?と首を傾げた。

こういう豪華な祝われ方は、生まれて初めてのことで、本当に嬉しい。これは未来の彼女さんに向けてのサプライズパーティの予行演習なのだろう。わたしは東堂の本当の彼女ではない。彼女“役”でなかったら、去年と同様、今年の誕生日もパンをもらって終了だったに違いない。でも、それでも良くて。東堂からの一言が聞けたら、わたしは、ケーキもプレゼントもいらなくて。

「誕生日おめでとう、って言ってくれない?」

恐る恐る言うと、東堂の目が少し大きくなった。だけど、すぐに優しいものに変わった。目を細めて、優しい声で東堂は言った。

「誕生日、おめでとう」

こころがあったまるの感じた。

へへっと笑いが漏れて、「なっ、なんで笑う!?」と東堂が慌てる。

「えっとね、我ながら単純なやつだなって思って」

「どういうことだ?」

「その一言があれば、大好きなチーズケーキを用意されていなくても、大好きななっちゃんを用意されてなくても、このクマ次郎がなくても、なーんも用意されていなくても、すっごく嬉しいからさ、わたし」

言ってから恥ずかしくなって、笑って照れ隠しをする。東堂の動きが一瞬停止した。後に、頬をほんのり染めて「えー、あー…そうか」と照れ臭そうに小さな声で言う。いつも自信に満ち溢れている東堂が恥ずかしがっている姿は貴重で、またわたしは小さく笑う。

「あのね、東堂。彼女さんができても、またさ、こんな盛大に祝ってくれなくていいから、おめでとうって、言ってくれない?それだけでいいから」

駄目かな、と付け足した言葉に覆いかぶさるようにして、東堂は言葉を被せてきた。

「駄目じゃない!来年も、再来年も言ってやる!その再来年も!…再来年の次の年のことを…なんと言うんだ…!?」

首を捻って考え出す東堂を見ていると、自然と笑みが漏れた。わたしと東堂が仲良くなった日のことを思い出す。

風邪を引いたせいで、入学式に参加できなかったわたしは、友人作りの第一段階に出遅れてしまい、なかなか友人を作れずにいた。休み時間、寂しさを紛らわすために読書していると、東堂が声をかけてきた。

『その作家好きなのか?』

見てくれが派手な東堂は、あきらかにわたしより上のグループに所属している人だった。そんな人に話しかけられると思っていなかったわたしは対応に詰まり、しどろもどろになって肯定した。

『そうなのか!俺もなんだ!おっと、すまない読書の邪魔をして。その作家を好きな者がなかなかいなくてな。つい嬉しくて話しかけてしまった』

ははっと笑うとあどけなくなるんだな、とその時思った。

それから東堂が何度も話しかけてくれるようになって、みんなの中に自然と連れて行ってくれて、気付いたらクラスに馴染めていた。

なんとなくで引き受けたと思っていたけど、なんとなくじゃない。わたしはずっと、東堂の役に立ちたかったのだろう。だから、彼女役を引き受けた。

話しかけてくれたあの日から、東堂はわたしにとって、少し特別な“友達”だ。

他の友達とは、少し違う。

どういう風に違うのかは、自分でもよくわからないけど。

「ありがとう」

にこっと笑ってお礼を言うと、東堂は訝しがるように問いかけてきた。

「…この前から思っていたのだが…、おまえ本当に今まで彼氏ができたことないのか…?」

「ないよ?」

「不思議だな…」

「えっ、不思議じゃないよ。当たり前だよ」

「いや不思議だ。お前みたいな彼女、良いと思う」

「褒めても何もでないよー。でもわたしも東堂に彼女できないの不思議だなって思っているよ」

「だろう!?」

「告白とかされないの?」

東堂はぽりぽりと頬を掻いて「あー…」と気まずそうに言った。

「あることはあるのだが…俺は自分が好きでないと交際を始めることができない性質でな」

「ふうん」

どうやら、色々あるらしい。
わたしは彼氏が欲しいとも思わないし、好きな人も特に今はいいかな、と思う。憧れるけど、自分から遠く離れた世界のように思えて、ピンとこない。とりあえず、難しい問題は置いといて。

「ケーキ食べよう、東堂!」

「そうだな!」

大好きなケーキを食べて、大好きなキャラクターのぬいぐるみを抱いて、大好きな飲み物を飲んで、大好きな友達に祝われて、それが幸せ。

恋とか彼氏とかよくわかんない。ただ、わたしはこれからも。

「東堂ほっぺたについているよー」

「む、こっちか?」

「違う違う。反対」

「こっちか」

「そうそう」

たくさんの“大好き”に囲まれて生きていきたい、と思った。





かぼちゃパンツに恋をして



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