とおまわりの記録



あの時、頼まれるがままに“彼女役”を引き受けてしまった。

そのことを友達に話すと肩にポンと手を置かれて、「ご愁傷様」と憐むような目で言われた。そう言う声は慈愛に満ちていた。

東堂はモテる。ものすごくモテる。それは事実だ。だが、あまりのナルシストぶりに引いている女子も少なくはない。『東堂?あー…かっこいいんだけどさあ…ちょっとさあ…ナルシすぎっていうか…』『いいやつなんだけどねえ…』と残念なイケメンとしてでも有名である。

東堂ファンクラブの女の子達には「きゃーっ、羨ましいー!」と羨望の目で見られた。「私も東堂くんの彼女役やりた〜い!」「私も〜!」とキャッキャッと黄色い声で可愛らしく騒ぎ立てる女の子達は、この通り東堂のことが大好きだ。試合の度に駆けつけて黄色い声援を東堂に送る。だが、彼女たちが恋愛対象として東堂を好きかというと少し違う。東堂ファンクラブの女の子達は彼氏持ちの子や、他に好きな男の子がいる子が多い。東堂への“好き”はアイドルに向けての“好き”と同じで、恋愛としての“好き”ではない子ばかりだ。だから、わたしが東堂の仮の彼女として任命されても誰も怒らなかった。漫画ではファンクラブの女の子達は過激なイメージで描かれているが、実際はこのように穏やかだ。

東堂はかっこいいんだけど実際に付き合いたいかと言われると違う…というタイプのイケメンなんだよねー、と友達が苦笑いをしながら零していた。

「東堂…」

わたしは目の前でスパゲッティをお箸で食べている東堂に憐れみの目を向けずにはいられなかった。

「むっ、なんだその目は…?」

「ううん。なんでもないの」

「いやいや、吉井お前可哀想なものを見るものを見る目で俺を見ていただろう」

「東堂、強く生きて」

「とりあえず俺は今ものすごく憐れまれているのだな!?なぜだ!?」

「まあまあ」

「まあまあじゃなーい!」

今にも席から立ち上がってわたしを問い詰めそうな東堂をなだめる。

わたしと東堂は今いっしょに昼食をとっている。交際している男女というものは、よく一緒にいるのだろう。よし、今日から一緒に昼食をともにしよう!と東堂が提案してきた。別に嫌ではないので、わたしも了承して、今に至る。

「なんでパスタをお箸で食べてるの?」

「ちょうど俺のところでフォークが切れた」

「あらまあ。ていうか東堂ってお箸の使い方綺麗だよね〜」

「まあ一応旅館の息子だしな。礼儀作法については親から仕込まれた」

「習字とかも上手だもんね。わたしいっつもすごいなーって思ってた」

「ハッハッハッ、そうだろうそうだろう。よし、お前にカルボナーラを少し恵んでやろう」

「じゃあ私のチャーシューもあげる」

「いやそれでは礼にならんだろう」

「いいよー。貰いっぱなしっての悪いし」

「そうか」

東堂は納得したように頷き、わたしとお皿を交換した。カルボナーラをお箸で掴んでちゅるんとすする。

「おいし〜」

「まあな」

何故か得意げに踏ん反り返る東堂に「なんで東堂が得意げなの?」と疑問をぶつけると「俺が選んだ料理だからな」とこれまた得意げに鼻を伸ばす。訳が分からない理屈だけど、ふうんと頷いておく。

「お前のラーメンも美味かった。ありがとう」

「いえいえ。というかその口振りだとわたしが作ったみたいだね」

あははと声を上げて笑うと東堂もつられるようにして笑った。

話は変わっていく。今日の数学の授業で先生が言ったギャグがつまらなくて、ギャグのつもりで言ったんじゃない言葉の方が面白かったこと。東堂がトミーと呼んでみたら福富くんが誰だそれはと真顔で問い返してきたこと。わたしのお父さんとお母さんがしょうもないことで喧嘩したこと。

「東堂、ごめんね」

ふと、申し訳なくなって謝ると、東堂が怪訝そうに眉を寄せて「なにがだ?」と問いかけてきた。

「彼女が彼氏にする話が、わたし、全然思い浮かばなくて。もっと可愛い話とかするべきなんだろうけど…」

東堂はきょとんとした面持ちでわたしの話を聞いていた。が、次の瞬間、ふっと優しい笑みを浮かべた。

「構わんよ。そんなこと。俺こそ面倒くさいことに付き合わせて申し訳ないな」

東堂は綺麗な箸使いで、パスタをつまむ。ひとつひとつの仕草に気品があって、気付いたら見とれていた。

「こんなこと頼めるの、お前しかいなくてな」

うわ〜…。

「お前はいつもどんなことも馬鹿にしないでにこにこと楽しそうに俺の話を聞いてくれるだろう」

ほんっと、綺麗だなあ。

「今回の頼みごとは流石に断られるかと思っていたが…。お前はなんでも受け入れるな」

どんなに喋っている時でも唾を飛ばすような喋り方はしないしなあ。

「いつか騙されやしないかと冷や冷やする。だからもしお前に好きな男ができたらまず俺に…って、おい、吉井また…」

わたしも見習わなきゃ。ええっと、お箸をこう…。

「戻ってこーい!!」

「わわっ」

東堂はお箸をおいて、パンッとわたしの目の前で両手を合わせた。パン!と小気味よい音が鳴って、わたしは一人の世界から現実に戻ってきた。

「お前…またぼーっとしていたな!」

「え、えへへ…ごめんね」

「まったく…。吉井!」

「な、なに?」

東堂はビシッとわたしに指を突き付けてきた。キャー東堂くんいつもの指さすやつやってー!とファンクラブの子達がよく頼んでいるあのポーズをしている。

「もしお前に好きな男ができたら、俺に紹介すること!俺が見定めてやる!」

いいな!?と有無を言わさない口調で言われて、わたしは、「は、はあ…」と気おくれしながら頷いた。






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