とおまわりの記録



木々を覆う葉っぱが綺麗な赤や黄色や橙色に変わっていっても、わたしは東堂の仮の彼女役をやっていた。はじめはどうなることやら、と思っていたけど。とても楽しくやれている。東堂は優しいし、騒がしいところもあるけど話し上手だし。きっと良い彼氏になるのだろうなあ。

「幸子ちゃん!」

「わ」

依里ちゃんに目の前で手を叩かれて、物思いの世界から現実世界にやっと帰ってきた。目の前の依里ちゃんは呆れ顔だ。

「またボーッとしてる…。せっかくの京都なんだから、ぼーっとしないで楽しもうよ」

「へへへ…。そうだね。ごめんね。わ、ソフトクリームが…」

京都限定のきなこ味のソフトクリームが溶けかかっていたので、慌てて食べる。そう。わたしは今京都に来ている。修学旅行だ。わたしはいつも行動を共にしている依里ちゃんと美紀ちゃんと同じ班。ふたりとものんびりしているので、穏やかに過ごせている。

「東堂くんのことでも考えていたの?」

「え…、すごいね、依里ちゃん!正解だよ!」

「…え」

「幸子ちゃーん、依里ちゃーん!あれじゃない?」

ぽかんと口を開けている依里ちゃんから、視線を美紀ちゃんに移した。美紀ちゃんは笑顔でお店を指している。おお、やっと見つけた。着物をレンタルできるお店だ。グループ行動の時、何をするかということを決める時に、せっかく京都行くんだし、着物着たいよね、という話になったのだ。三人とも目を輝かせてお店の中に入る。

「どれにする〜?」

三人でこれが可愛いとかこれが似合いそうとか、楽しく話し合う。わたしは最終的に薄いピンク色か、赤色か。どちらの着物にするか悩んでいた。

「う〜ん…」

腕を組んで悩む。鏡の前で合わせてみたけど、どちらが似合っているのかよくわからない。美紀ちゃんと依里ちゃんに聞いてみても「どっちでも似合ってるよ〜」と二人して同じ意見。その時、昔東堂の言われたことを思い出した。

『吉井ははっきりした色より、薄い色のが似合うな!』

『そうなの?』

『このオレが言うのだから間違いない!ワッハッハッ!』

何故か高笑いをしながら宣言されて。ふうん、と頷いた。

…じゃあ、ピンクの方にしようっと。

わたしは店員さんに「こっちの方でお願いします」とピンク色の着物を指しながら言った。



「わ〜!みんな可愛い!」

「こういう時、地味顔で良かったね、わたし達!」

「依里ちゃんの毒舌が出た〜」

着物を着つけたあと、顔を合わせたわたし達は女子高生特有のテンションの高さできゃいきゃいと話す。三人で写真を撮ろう、ということになって、ケータイの内カメラを使って、写真を撮った。

「じゃあ、竹林行こう」

「着物着て竹林かあ〜。わたしらもなかなか風情なことをしますなあ」

「お団子食べながら歩きたいね〜」

「買う?」

「汚したら怖くない?」

慣れない草履でゆっくりと歩く。今頃東堂は何をしているのかなあ。東堂は派手な男の子達と班を組んでいた。派手な子達はなにをするのだろう…。みんなでイエーイ!的なことかな…。それか、ナ、ナンパとか…?あ、でも東堂なら逆ナンというやつをされるのかな…。ヘーイ、そこのカチューシャボーイ!的な感じで…。い、いや、それはないか…。これだと、外人さんにナンパされている…。

普通に、八つ橋とか食べているのかな。わたしも食べたよ。美味しかったね。チョコ味とかもあるんだって、吃驚した。東堂も吃驚したのかな。

…ちょっと、顔が見たいなあ。

そんなことを思っていたら。わたしはいつのまにかひとりになっていた。え。あれ。巾着が震えていた。開いて、ケータイを取り出す。依里ちゃんから電話が着ていた。

『…幸子ちゃん…。また、ボーッとしていたでしょ…』

「ご、ごめん」

どうやら、わたしははぐれてしまったようだ。電話の向こうで、依里ちゃんがハァッとため息を吐いた。

『今、どこにいるの』

「えっと…あ、もう、多分竹林だ」

『はやっ!?わたし達が八つ橋とか食べている隙に先先行ったんだね…!あーもう、そこで待ってて。なるべくすぐ行くから』

「ご、ごめんね、ほんと」

『まったくもう…。あとでなんか奢ってよね』

『え、幸子ちゃんなんか奢ってくれるの!?』

『美紀ちゃん…。ボケ二人、ツッコミ一人、か…。じゃあ、またね』

「う、うん。ほんとごめんね。またね」

ピッと電源ボタンを押す。依里ちゃん、すっかり呆れていた…。ハァ…。二人に悪い事しちゃった…。

東堂のことを考えていたら、いつもより、さらにぼーっとしてしまう。前々から、そういうことあったけど、最近は前より少しだけひどくなっている気がする。なんとかしないと…。

でも、ほんとに、今、なにしてるんだろう。

冷たい風がざあっと吹いて、頬を撫でる。簪でひとつに纏めているので、うなじが少し肌寒い。少し、視線を下に向けた時、ここにはいないはずの声が、訝しがるようにわたしの名前を呼んだ。

「…吉井?」

この声は。視線を真っ直ぐ前に向けた。すると、目を丸くしている東堂がいた。ぽかんと口を半開きにしている。

「わあ、東堂〜!」

わたしはというと。東堂にずっと会いたかったので、嬉しくて声が弾んだ。草履だと動きづらくて、はやく近づきたいのに、なかなか近づけない。まどろっこしく思いながら、小走りで東堂に近づいた。

「朝ごはん振りだね〜」

「え、あ、そう、だな」

「なにしてるの?」

「ト、トイレに行ってきたところで」

「そうなんだあ、わたし、色々あって、ふたりとはぐれちゃって。…なんか東堂おかしくない?」

「え!?どこがだ!?」

「なんか、ボーッとしてる、っていうか…」

「そ、そんなことないぞー!?ワッハッハッ!」

東堂は何かを隠すように、腰に手を当てながら高笑いをする。よくわからないけど、楽しそうだし、いっか。ふふっと微笑むと。見慣れた顔が現れた。東堂と仲良しのクラスの男の子だ。

「東堂お前トイレなげーよ…って、吉井さん?」

「着物着てるー!すっげー!」

わ、わあー…。

東堂と仲良しの男の子は、自転車部以外、実は少し苦手だ。嫌いじゃない。良い人達だということを知っている。けど、わたしは人見知りが激しくて口下手なので、お喋りがはやい彼らの会話にうまくついていくことができないのだ。

「おいお前ら…。吉井が怯えてる」

東堂がやんわりと注意してくれる。東堂って、周りのことよく見てるよなあ…と感心する。けど、男の子達は、普段は興味ないクラスメートでも、着物を着ていることがよほど珍しいようで、ずっとわたしを見ている。

「大丈夫大丈夫。そんなビビんないでー。吉井さん、それ、髪型どうなってんの?」

「あ、これ?」

「簪でどうやってまとめてんのかなーって思って」

「え、えっとねえ…」

口で説明するよりも見せた方が早いだろう。わたしはくるりと後ろを向いて、うなじを見せた。

「こんな感じになってるよ」

「へ〜。触ってみていい?絶対崩さないから」

「あ、うん。わかった」

髪の毛に手が触れる感触を待つ。けど、それはいつまでも来なかった。「え」と驚く男の子の声がした。何かと思って振り向くと、東堂が真顔で、男の子の手首を掴んでいた。

「え…東堂?」

男の子が目を白黒させている。他の男の子も。もちろん、わたしも。ただ、東堂だけが、瞳に僅かな苛立ちを浮かべながら、わたしの髪の毛を触ろうとした男の子を睨み、唇をぎゅっと結んでいた。心配になって、名前を呼ぶ。

「東堂、どうしたの?」

ブレザーの袖を引っ張ると、我に返ったようだ。

「え。あ…悪い」

東堂は、狼狽えながら、男の子の手首から手を離した。自分でも何でこんなことをしたのかよくわからない、と言う表情をしている。

「…あー、うん。オレが悪かった」

「そうだな。お前が悪い」

「オレら、先行っとくな」

「え、は?」

「グッドラック!」

「おい、お前ら!」

「東堂…頑張れよ!」

「何をだ!?」

東堂と同じ班の男の子達が良い笑顔を浮かべながら、遠くに消えていく。わたしも東堂もポカーンとしていた。

「ど、どういうことなんだろうね…」

「さ、さあ…。何を頑張ればいいのだろうか、オレは…」

「う、うーん…」

顎に手を当てながら考えていると、巾着がまた振動していた。ケータイを開く。依里ちゃんからの着信だ。もう着いたのかな、と思いながら通話ボタンを押して耳に当てる。

『幸子ちゃん、東堂くんと一緒にいるでしょ』

「え、よく知ってるね…!近くにいるの?」

依里ちゃんと美紀ちゃんを探すべくきょろきょろ辺りを見渡す。けど、二人の姿はどこにも見えない。

『一部始終見てたからね…。東堂くん、ひとりなんでしょ?』

「う、ん。なんか…班の人たちがグッドラックとか言いながらどっかへ行っちゃった…」

『それは可哀想だね。だから、幸子ちゃん一緒にいてあげなよ』

「そうだね、四人で一緒にまわろうか」

『いや、ふたりでまわるの、東堂くんと幸子ちゃんのふたりで』

「え」

『あ、怒ってるわけじゃないからね』

ブツッと、突然途切れた。ツーツーツーと虚しい音が耳の中で鳴り響く。

「どうした?」

呆然とするわたしを心配するように訊いてくる東堂。わたしは困り果てた顔をしながら言った。

「わ、わたしも…東堂と似たような状況になっちゃった」

「え。それはつまり…置いていかれたということか?」

こくりと頷く。わたしがぼーっとしてばかりだから、二人とも怒っちゃったのかな…。もう一緒に回りたくないって思っちゃったのかな…。いや、でも怒っているわけじゃないとは言っていたし…。依里ちゃんは怒っている時は怒っているって素直に言う子だし…。

「うーむ…。じゃあ、二人で回るか?」

「…! うん!」

わたしは大きく目を見開いた後、満面の笑顔で頷いた。東堂は呆気にとられたような顔をしたあと、普通の男の子と同じような笑い方で、ははっと笑った。

「嬉しそうだな」

「うん、すっごく嬉しい!」

「ワッハッハ!そうだろう!このオレとまわれるのだからな!」

鼻高々になって笑う東堂。わたしもにこにこと満面の笑顔。笑顔がたくさん溢れている。楽しい。嬉しい。

竹林を一緒に通って。八つ橋を食べて。零すなよ、とからかわれて、わたし子供じゃないよ?とむくれるわたしを見て、東堂が笑って。そんな風に、時間は過ぎて行った。

たくさんのファンを持つ学園のアイドルのような東堂じゃなくて。

山神と畏怖されている東堂でもなくて。

普通の、17歳の東堂を独り占めできているみたいで、ただ、嬉しかった。





ふたりでなぞる秋の色


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