とおまわりの記録



窓の外の青い空に真っ白な入道雲が昇るようにして浮かんでいる。残り少ない人生を謳歌しようとでも言いたげに蝉がやかましく鳴いていて、ああ夏だなあとしみじみと思いながら頬杖をついて夏の風景を見ていると、

「聞いてくれ吉井ー!」

一心不乱に鳴いているセミと同じくらいの騒々しさを含ませている聞きなれた声が飛び込んできた。

前を向くと、そこにはやはり見慣れた顔。だがその見慣れた顔の額にはうっすらと汗がにじんでいる。夏だもんね。暑いもんねえ…。それにしてもいつ見ても綺麗な額に綺麗に整えられた眉毛…。

「俺はとんでもないことに気付いてしま…っ、あ、またぼーっとしているなお前」

わたしより美意識が高いよね。絶対。わたしも見習わな―――、

「戻ってこい!」

「わっ」

目の前で手をひらひらと泳がされて、ようやく意識が一人の世界から現実の世界に戻ってきた。目の前の人物はやれやれとでも言いたげな表情をしながら腕を組んでいる。

「お前また人の話を聞かずにぼけっとしてただろう」

「へへ…。ごめん」

「まあ良い。とにかく聞いてくれ!俺の話を!」

「はいはい。なんですか、東堂くんや」

いつもは呼び捨てにしている苗字を、からかうようにくん付けで言うと「気持ち悪いぞ!」と即座に返された。美形に真顔でマジレスされると真実味があってなかなか辛いものがある。

「俺はな。モテる」

「うん、知ってるよ〜」

「ロードレースの大会に出れば優勝候補と周りの者から畏怖され、トークも切れる上にさらにこの美形だ。モテる。モテないはずがない」

「東堂はいつも自信に満ち溢れてるよねえ。きっとそこがさらにモテる秘訣ってやつなんだと思うよ〜」

「だろうな…ああ時々俺は俺という人間の罪深さに眩暈が起きる…。そうなんだよ、俺はモテる。モテるのだ。…だが!」

東堂はダンッと机に拳を振り下ろした。痛そうだ。だって東堂の目尻に涙が浮かんでいるもの。痛いのを隠して必死に喋っているけど痛いのバレバレだよ。東堂痛いこと大嫌いだものね。痛いと喚いて話の腰を折るのもなんだから、痛いの隠しているんでしょう。あとナルシだからここで痛いと喚いたら格好悪いとか思っているんでしょう。うんうんと暖かい眼で口から矢継ぎ早に言葉を出していく東堂を見守る。

「俺は…俺は彼女がいたことが、今まで生きてきて一回も!ないのだ!これはどういうことか!?こんなにも美形で性格も良くてモテるのに!俺は人生の殆どをロードレースに捧げてきた。後悔はしていない。大会に勝つために女子と付き合うことはあとでいい。今でなくていい。そう思ってきた。だが…気付いたら俺はもう十七歳だ。周りの者は彼女がいたり、彼女がいたことがあったりする。だが…だが俺はゼロ人なんだ…!あ、ああ…!」

東堂が頭を抱えて机に突っ伏した。今日も東堂は騒がしいなあ。私は東堂を元気づけるために頭をぽんぽんと撫でながら励ました。

「だいじょうぶだよ、わたしも一回もいたことないもん」

「お前はモテないだろう…俺はモテるんだ…モテるのにいたことがないんだ…」

机に突っ伏したまま、くぐもった声が返ってくる。失礼だなあ、と言いながらも確かにと納得する。モテないわたしが彼氏できたことないのと、モテモテの東堂が彼女いたことないのは天と地ほど差がある。東堂が今まで彼女できたことがないと知ったら驚く人が大半だろう。お喋りでうるさいところもあるけど、性格良いし、顔立ちも整っているし。不思議だ、本当に。

「急にそんなことを言うなんてどうしたの?」

「…女のことならオレに聞け!と言ったら、『一回も彼女いたことないくせに』と返された…」

東堂の声は地面に這いずるように沈みきっていた。あちゃー…それは…うん…。真実を言い当てられた東堂は本当に可哀想だった。

「女子というのは…男子にスマートにエスコートされたがる傾向があるのだろう…」

「ああ、まあ、そうだねえ」

「このままだと俺は…俺は…いつかできる俺の彼女にとんだ失礼を働いてしまう危険性がある…」

一生彼女できないかもしれない〜とかそういったことは心配しないんだ。彼女はできるということには絶対的な自信を持っているんだ。これぞ東堂。まあ東堂モテモテだしなあ。

「そこでだ!」

ぼやんとまた考え事に浸っていると、東堂の突然の大声によって引き戻された。東堂に目を向けると、顔を上げて、力強く拳を握っている。

「吉井!」

「ひゃ、ひゃい」

あ、舌かんじゃった。東堂の剣幕がすごいのにびっくりしちゃって。

「俺の彼女役をやってくれないか!?」

がしっと肩を力強く掴んで、自画自賛するだけのことはある綺麗な顔を近づけて、真剣に、真っ直ぐに、東堂は大きな声で言った。

「…へ?」

わたしはただ、目をぱちくりと瞬きをすることしかできなかった。




爆発的な思考回路



prev / next

[ back to top ]



- ナノ -