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君に魔法をかける

 もうすぐやってくる2月14日、バレンタインデー。
世の中の男子は期待を胸にふわふわと心を宙に浮かす。そう、女子からチョコレートを期待しているのだ。

だけどボクは今回あげる側だ。
記憶喪失のあの子に。
諸事情あれど“海馬”の苗字で名前ちゃんはボク達と同じ学校に通っている。

果たして彼女はボクの気持ちを受け取ってくれるだろうか?いや、深く考えないで良いんだ。
海外では確かバレンタインには男性から女性に贈り物をするのが一般的だ。
ここは日本だけど、バレンタインの存在を知らない彼女からチョコレートを貰おうだなんて無理があるし、チョコを貰う為に教えるのもなんだか気が引ける。
それに、外国人男性のようにさらりとバラの花束を渡せたらカッコイイに決まってる。

そう、ボクが渡すのはそんな気持ちのこもったプレゼントだ。何にしようかな…。




 あっという間に時は過ぎて、バレンタイン当日。
ボクは今日君に魔法をかける。
君に魔法をかけられたように、今度はボクが君に。

「なーに持ってるの遊戯?」
「あっ杏子!」

誰にも見られたくないというのに一番見られたくはない杏子に見つかってしまった。
ボクは慌てて渡す物を隠そうにもヒョイと杏子がボクの背中を覗く。宛先は名前ちゃんと書いてある。
杏子のこういう時の勘は恐ろしいくらい当たる。

「ふ〜ん?遊戯、もしかしてコレ、名前にあげるつもりなんだ??」
「そ、そうだけど…」
ボクの誕生日の時のお返しなんだ、と咄嗟に理由を付け加える。杏子は「良いんじゃない?」とパチリとウインクをして、名前ちゃんの居る方をこっそり指差す。渡すなら急げよって意味の合図だと分かるのはやはり幼馴染だからだろうか。

名前ちゃんからチョコレートを貰うつもりだったのだろう男子生徒はいつものように下校する彼女の姿を見て撃沈していた。
ボクは教室をでようとしていた君の元へ歩みを進める。よし!と自分を奮い立たせて少し早足になる。
こんなに緊張するのはいつ振りだろうか。

「名前ちゃん!」
「あぁ遊戯くん!今帰り?よかったら校門まで一緒に…」

校門まで一緒に。そう。
名前ちゃんが行動を自由に出来るのはこの校内のみ。外に1歩出れば海馬コーポレーションのお迎え、厳つい黒塗りの車がタイミングバッチリに現れるのだ。

「名前ちゃん、ちょっと図書室に寄りたいんだけど良いかな?」
「うーん……いいよ!行きましょう」

ボクは彼女に手を引かれて図書室までの廊下を駆ける。鞄の中の教科書やノートがガシャガシャと音を立てる。まぁボクのは殆ど空っぽだけど。
「廊下は歩かんかー!」と、先生や風紀委員達の声がしたけれど、今日ばかりは責められる義理はない。
先生も風紀委員も皆、チョコレート持ち込みという校則違反を黙認しているんだから。

――目的の場所を目指して走る。
ボクの誕生日の日も君はそうだった。
後ろから君を見ていても、繋いだ手から伝わってくる楽しくてたまらないという表情や、気持ち。
そんな君がボクはとても好きだ。

「(おっと…)」
また名前ちゃんの魔法にかけられてしまっていると気付いたボクは首を横に振り意識を持つ。
すっかり忘れていたが、ボクは彼女に渡す物を鞄の中に入れている。脳内を過ぎったのはぐちゃぐちゃに潰れたプレゼントの箱。
……やばい。


 図書室に着いてすぐに鞄の中を確認する。
息も絶え絶え、プレゼントは無事で良かったと安堵と共に溜息をつく。

「図書室に何か用だったの?」と名前ちゃん。
「名前ちゃんって、教科書を興味津々に読むのにその先のページ読まないよね」
「うん、瀬人からの言いつけだよ。読むのはその日の授業で受けるページだけ。その先は読まないようにって約束なの」
「へ、へぇ……」
「だから、図書室に来るのは初めてよ」

ずっと入ってみたかったのと、彼女ははにかむ。
ボクはなんでこんな話をしてるんだ!
あとは鞄の中の物を渡すだけなのに、君ともっと一緒に居たくて体育館裏でも無ければ屋上でもない、図書室を選んだ。
 ボクは本を一冊テキトーに手に取った。手元を見るとそれは皮肉にも今最も世間に注目されている少しアダルトな恋愛小説だった。
こんな本を読ませたら彼女はきっと真似をするだろう。…危険だ。

「こんなに沢山の本があるのね…何が書いてあるのかな」
コレを読ませるわけにはいかないと、反射的にボクは話を逸らす。
「あのっ、あのね?実はボク、名前ちゃんに渡したい物があって」
「?」

そのぉ……と、うまく言葉が出てこない。
言葉が出ない時は行動に移そうと、テーブルに二人並んで座る。真横に座られたらボクの緊張が君にまで伝わってしまいそうだ。

「これ」とボクはプレゼントを差し出す。
「……??」
「君にあげたくて」

勿論、たくさん悩んだ。
これで君が喜んでくれるのかも分からなかった。
だけどボクは君にこれをあげたかった。

「今日はバレンタインって言ってね、お世話になってる人に贈り物をする日なんだよ」

―――なんて。
プレゼントを受け取って、名前ちゃんは何も言わずにボクを見る。その瞳に映っているのはボクだけ。
その瞳に見詰められる度ボクはドキドキするんだ。

渡したプレゼントは君に雰囲気が似ている。
かわいいテディベアのぬいぐるみ。
名前ちゃんがいつも幸せでありますように。
どこにいても、君を見つけ出せますように。
そんな願いを込めたプレゼント。
独りよがりかも知れないけれど、ボクは君に出会えて本当に良かったと思っているんだ。

そのぬいぐるみには秘密があるんだけど、きっと君はすぐに気が付くだろう。テディベアの手にある箱を開けると音楽が流れ始める。
ハッとした名前ちゃんは蓋をすぐに閉じてポスターを指差す。

ふふっ、そうだね



綺麗な音色、オルゴールを奏でるテディベア。
《図書室ではお静かに》という貼り紙を見た君がこの曲を聴くのは家に帰ってからだろうか、それとも帰りの車の中だろうか。

そしてその箱の中に入っているホントのプレゼントを君が見つけるのもきっとその時だ。

「ありがとう遊戯くん」
「うん、ハッピーバレンタイン名前ちゃん」

ボク達は互いに小さな声で今日を祝福した。







 後日、名前ちゃんはキラキラと輝くネックレスを身に着けて待ち合わせの場所へ来ていた。

オルゴールが奏でる曲はきらきら星。
その箱の中には夜空の中に北斗七星が見える雫の形をしたネックレス。
ここに来ているという事は、オルゴールの裏に貼ってあった紙も読んだみたいだ。

『今度の日曜日プラネタリウムを観に行きませんか?
――時計塔下の噴水前で待ってます。 遊戯』



あぁ、やっぱり君には敵わないや。
名前ちゃんはボクに自慢気に微笑んだ。

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