「ふんふんふーん」


学園の中を鼻歌交じりに歩く姿が一つ。
物珍しそうにキョロキョロと辺りを見回しながら歩いている。


「うーん…迷った!」


同じ教室の前を通り過ぎる事、十回。
ようやくその事実を認めたなまえ。


「んん…この3-Bって、さっきも見た3-Bよねぇ…やっぱり一人で探検は止めとけば良かった」


今日は言わなくてもくっついてくる弟達は不在。
二人揃って朝から留守にしており、起きた時には机に置き手紙が残されていた。
"留守にしますが学園内をウロつかない事"
"決して人前で悪魔とバレる様な行動はしない事"
と書かれていたが、どうにも暇だったので制服を拝借して探検に繰り出したのだった。


「休みだから誰かに鉢合わせる心配はないけど…今はむしろ誰かに道聞きたいなぁ」


学園内はしんと静まり返っており、人はおろか悪魔がいる気配すら感じられなかった。
ふと窓の外を見ると、上へと続く梯子が。
梯子を目で追うと、一際高い時計台に繋がっている様子。


「もー面倒臭い、高い所から理事長室探そ!」


鍵がついた窓を力任せに開けると、派手な音を立てて何かが落ちた。
が、今は時計台に登る事しか頭に無かったため全く気付かない。
目的の梯子を掴み、時計台の頂上を目指す。


「メフィストもアマイモンも、私を置いてどこ行ったんだか…帰ってきたら文句言ってやる」


よいせ、と最後の一段を登り終わり時計台に到着する。
と、前方に人の気配。


「うわ!? 誰だよお前、こんな所に何の用だ!?」
「それはコッチの台詞でもあるんだけど…迷子になったから、高い所に来たのよ」


そこにいたのは青みがかった黒髪猫目の少年だった。
大層驚いた様子で、なまえの姿を上から下までマジマジと凝視している。

「ま、迷子ぉ? 迷子で普通こんな所に辿り着くか?」
「辿り着いてるでしょ?」
「う…まぁそうだけど」

少年はまだゴニョゴニョと何か言っているが、下手に関わって悪魔とバレては面倒だ。
脇目も振らず理事長室を探す。


「(えーと確か、窓辺に偉そうな椅子があったわね…)」
「……おい」
「(こんな事ならもっと目立つ目印作ってこれば良かったなぁ)」
「……おいって!無視すんな!」
「もー何よ、忙しいんだから後にして!」
「なっ…人が折角案内してやろうと思ったのに!」


もういいよ好きにしろ!と言ってそっぽを向く少年。
だがすぐになまえと強制的に向き合う事となる。


「ほんとに!?」
「ぐえ!?」
「ほんとに案内してくれるの!?」
「な、なんだよ忙しいんだろ!」
「ゴメンて、是非案内して欲しいの…理事長室まで!」
「理事長室…?」


そのワードにやや眉を顰める少年。


「メフィストに何か用事でもあんのか?」
「人間の分際で呼び捨てにしないで頂戴」
「へ?」
「はっ!?」


バシンと口を押さえて己の発言を悔いる。
この少年からは微かに悪魔の気配がしており、十中八九祓魔師の類だろう。
それが判っていたから関わらないようにしたのに、これでバレたらメフィストに大目玉を喰らってしまう。


「きっ君、その格好は生徒なんでしょ? 生徒が理事長を呼び捨てにしちゃいけないんじゃないかな!」
「う…だってアイツは……いや、何でもない」


何か言い訳しようとするが、言いにくい事でもあるのか言葉を濁して黙ってしまった。
よし、とりあえず誤魔化せたようだ。


「…で、案内してくれるの?」
「あ、あぁ…いいぜ、まずは降りるぞ」
「有難う!助かったー」


意気揚々と梯子を降り、窓から侵入する。


「うわっ鍵壊れてんじゃん」
「あらほんと、不用心ねぇ…」
「つーかお前、こんな所から登ってきたのか?」
「もう二進も三進もいかなくなっちゃってさ」
「ぷっ…ははは!変な奴だなお前!」
「煩いなぁ、君だってあんな所で何してたの」
「ゔっ…」
「?」


何かNGワードにでも触れてしまったのか、明らかにしょんぼりする少年。
その様子に何故だか胸がそわそわした。
母性愛なんてものではなく、弟達に対する姉としての使命感に似た何かがくすぶる。


「…朝起きたら弟に置いてかれてて、その…暇潰しに」
「!」


全く同じ境遇と知り、祓魔師(多分)といえど親近感が湧く。


「私もなの!私が同じ事したら心配だ何だって怒るくせに!」
「マジ!? そうだよなぁ、昔は兄ちゃん兄ちゃんってそらもう可愛かったのに!」
「わーかーるー!!上の弟が正にそれ!下の弟は素直で懐いてくれてるんだけど…こないだちょっと反抗されてさ、」
「あー、それ結構ショックだよなぁ」
「そうなのよ…幸いもうその事は忘れてるみたいで(本当は忘れさせたんだけど)、変わらず懐いてくれてるんだけどね」
「でも一回あったら二回目もあり得るぜ?」
「心配なのはそこなのよねぇ…気をつけてはいるんだけど」
「ほんっと、弟って世話が焼けるよな」
「また同じ事を向こうも思ってそうで」
「はは!絶対思ってる思ってる!」
「…こっちは、命張ってでも守るつもりだってのに」
「…ま、んなこた絶対言わねぇけどな」
「トーゼン」


弟談義に花が咲き、気がつけば理事長室前まで来ていた。
まだまだ話していてもいい、と思える程打ち解けたが、そろそろ弟達も戻ってくるだろう。
名残惜しいが此処でサヨナラだ。


「ごめんねいきなり案内なんてさせて、」
「いいよ、俺も暇だったし…弟話面白かったしな!」
「ふふ、そうね」
「じゃーな、もう迷うなよ!」


たっと駆け出し来た道を戻り始める少年。
初対面の時の不信感は微塵もない。


「もし迷ったらまたアソコに行くわ!」


遠くなっていく少年に聞こえるように、大きく叫び手を振る。
きっと聞こえないと思って呟いたであろう、

"待ってんよ、"

という小さく照れ臭そうな言葉は、悪魔の耳にしっかりと届いていた。





「………さて、」


自室に戻り、弟達の気配が近付いてくるのを感じながら紅茶を三人分用意する。
テーブルに紅茶と菓子を置いた頃、扉が二回叩かれた。
足取り軽く扉を開ければ、こちらの機嫌を伺っているような顔をした弟達が。
そんな顔をするくらいなら最初から私も連れて行けば良かったのに、と思わず笑ってしまった。



「おかえりなさい、」



- - - - - - -
世話が焼けるほど可愛い弟達。

0714
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -