世の中には、へそを曲げた時に取るパターンがいくつか認められる。

例えば、口を尖らせて黙する者。
例えば、言葉でハッキリと不満を表現する者。
例えば、物や人に当たる者。

方法はどうあれ、いずれも何か気に入らない事柄があったための行動である。

――では私の弟の行動は、へそを曲げての事なのか、はたまた別の理由があっての事なのか、一緒に考えて頂きたい。



「…ねぇ、アマイモンてば」
「…………」


此処は虚無界におけるアマイモンの住処。
その一室になまえとアマイモンは居た。
いつもであればなまえの呼び掛けにアマイモンは直ぐさま反応する。
しかし今は一言も返さなかった。


「ねぇ、怒ってるの?虚無界に無理矢理帰した事」
「…………(ぷい)」
「アマイモンてばぁぁ」


昔からアマイモンは表情が薄く、何を考えているのか判断しにくかった。
しかし生まれた時から見守ってきたなまえにとって、アマイモンが何を考えどういう気持ちでいるのか、読み取る事は容易である。
…まぁそれが無くとも、先日の一件で拗ねている事は明白だが。

では何故なまえが困惑した様子で話し掛けているのかと言うと、


「ちゃんと謝りたいから、ゲージから出てきてよ〜!」
「………(ガサガサ)」
「あっ潜ったら余計見えないでしょ!?」


アマイモンが、ハムスターに変化しているからだった。


「こんなゲージまで用意して…」


わざわざ自らゲージを用意してまで作り上げたバリケード。
それはバリケードと呼ぶには余りにも脆く、むしろ蓋を取れば意図も容易く捕獲できる物だった。
しかし、こうなった原因がなまえ自身にあるため乱暴なやり方は気が引ける。
強度ではなく、心理的な意味で陥落困難なバリケード、というわけだ。


「(…やり口がメフィストに似てきたわね)」


やや重い溜め息を吐き、オガクズに潜り込んだアマイモンを見ながら思案する。
…少しお尻が見えていて可愛い。
拗ねてはいるが、ある種の構ってモードでもあるのかもしれない。
現に虚無界へ迎えに来て数時間、この問答を繰り返しているのだから。


「…秘密主義でプライドの高いメフィストだもの、弟の貴方には見られたくない姿だと思ったのよ」


事実あの後メフィストは、アマイモンを遠ざけておいた事に感謝していた。
例え兄弟とはいえ弱みは見せないに越した事はない。
それをネタに上下関係が反転するのはよくある事だった。少なくとも私達兄弟間では。


「…それとも、他の事で拗ねてるの?」
「………(もぞ)」


僅かに覗くお尻が動く。
どうやら強制送還された事以外に拗ねる要因があるようだ。


「…もう、言ってくれないなら先に戻っちゃうよ?」


押して駄目なら引いてみろ。
ワザと音を立てて立ち上がり、出方を伺いながら扉へ向かう。


「(……粘るわね、)」


一歩、二歩、と離れるがアマイモンは動かない。
そう広くない部屋のため、すぐに扉に辿り着いてしまった。
こうも頑ななアマイモンは珍しい。


「(……ホントに出てこないつもり…?)」


扉を閉める時にゲージを覗き見るが、やはりアマイモンは先程の位置から動いていない。

…なんだか悲しくなってきた。
何でも気兼ねなく話し合えたのに、こうも拒絶されてしまうとは。
しかも何故こんな事態になったのか原因が分からないため手の打ちようがない。


「(ホントに戻るわけにもいかないし…根比べといきますかー)」


アマイモンが自ら出てくるまで待とう、そう決めて閉じた扉にもたれかかる。
その瞬間。


「「!?」」


勢い良く扉が引かれ、飛び出そうとした誰かの胸に背中からダイブする。
勿論誰なのかは分かりきっているワケだが。


「アマイモン!やっと出てきてくれたのね!」
「あ、ねうえ…!? 戻ったんじゃ、」
「貴方を置いてくわけないでしょ、もう心配かけて…!」


逃がさないようにしっかりと抱き締める。
身長差のせいで抱き付く形になっているが。


「……ボクだって」
「うん? ――わっ」


顔を見ようとしたら、頭を押さえ込まれ抱き締められた。
抱き締める事は日常茶飯事だが逆のパターンは珍しい。
特に誰かから隠すような、こんな抱き締め方は無かったためドキリとする。


「あ、アマイモン?」
「…ボクだって、ずっと心配してたんですよ」
「ご、ごめんね、今回の事は全面的に私に責任が、」
「そうじゃないです」


抱き締める力が強まって、少し痛い。


「一度も連絡、してくれませんでしたね」
「え?だって…何かあったら連絡するって言ったじゃない」
「何かあったから、連絡出来ないのかもしれないじゃないですか」
「う…それは、ごもっとも…」


そう言われてしまうと返しようが無かった。
確かにメールくらい送るタイミングはあった。
しかしそれをしなかったのは、アマイモンなら何でも許してくれる、という甘えがあったからだ。


「……ずっと、心配で気が狂いそうでした」
「…本当にごめんね、そんなに心配してくれてるなんて思わなかったの」
「何も、無かったんですよね?」
「うん、何も無かったよ」


何でもない顔して嘘を吐く。
こういう時に伊達に生まれた時から悪魔やってないな、と自分に嘲笑する。
まぁ、これは必要な嘘って事で勘弁してね。
…こういう所が甘えだって、分かってるのよ?


「…私はアマイモンに甘えすぎね、」
「え?」


抱き締めると言うより、拘束に近い力を緩められてやっと目が合う。
…少し隈が濃くなっている。きっと眠っていないのだろう。


「姉上、ボクに甘えてるんですか?」
「え、あ、そう…だね?(なんか意味違う気がするけど)」
「気付きませんでした、いつですか?」
「や、いつって言うか…いつも、じゃないかな」
「……!」


目から鱗、といった表情で見つめられて落ち着かない。
そんなに食いつく所だっただろうか。


「好きです、姉上」
「うん、私も好きだよ?」
「わぁい!これが両想いですね!?」
「えっりょ…!?ちょっと待ってアマイモン、貴方」
「嬉しいです姉上、早速兄上に報告しましょう!」


先程までとは打って変わった嬉々とした様子に、明らかに何か勘違いしている事が伝わってくる。
マズい、この勘違いを解いたらまた落ち込みそうな予感がする。
しかし同時に、この勘違いは見逃すわけにはいかない予感もする。
そうこうしている間にもアマイモンはケータイを取り出してボタンを押していて、


「っその前に貴方の甘えに関する脳内方程式を教えて頂戴!!!」





その後説明する事一時間。
予想通りガッカリしたアマイモンの手を引いて物質界に向かう姿が目撃されたそうな。


ちなみに、たまたま読んだ少女漫画でツンデレ主人公が「アンタにだけなんだからね!……私が甘えるなんて、」と彼氏に言っていたらしい。
そこからアマイモンのミラクル脳内フィルターによって「甘える」=「恋人」となったようだ。
もう恋愛漫画は読まさないようにしよう、そう心に決めたなまえだった。


(好きにも違いがあるの、分かってないでしょう?)



ー ー ー ー ー ー ー
思い違い? いいえ、想い違いよ。

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