――…何だか体がふわふわする。


風呂で逆上せたからだろうか、


…そうだ。
風呂で逆上せて、どうなった?
メフィストは無事だろうか?


悪魔が風呂で逆上せて溺死なんて、絶対に嫌だ。


自分が付いていながら、そんな事は許されない。


メフィスト、

メフィスト、





「――…メフィスト…」

「おや、起きましたか」


ぼんやりとした視界と思考を働かせて、声がした方を目だけで見る。
そこには浴衣に着替えたメフィストの姿が確認できた。


「……生きてる?」
「当たり前です、あんな所で死ねませんよ」


何やら怒っているようだ。
その様子は至って普段通りのメフィストのものであり、疑問が生まれた。


「…もしかして、」
「戻ってますよ、揃って溺れた時にね」
「なぁんだ、ツマんないの」
「はぁ…貴女ね、アソコで戻らなければどうなっていたか…」
「分かってるよ…ハシャぎすぎたみたいね、ごめん」


自分がついていながら、一緒にハシャいだ結果がこれだ。
正直情けなくて凹む。
幼いメフィストはどう思っただろう、頼り無い姉だと思っただろうか?


「……そう言えば、覚えてるの?幼児返りしてた事」
「ぼんやりとですが」
「そう、」


最後にどう思ったのかを含め、色々と聞きたい事はあった。
しかし今だにぼんやりとした頭ではそれすら億劫になってしまい、目を閉じ瞼の上に右手を乗せた。


「……髪を洗ってもらった時に、頭が胸に当たった感触くらいしか覚えていませんよ?」
「バッチリ覚えてるじゃないの!」


勢い良く起き上がればその反動で激しく頭が揺れる。
くわん、と視界が歪んで再度ベッドに倒れ込んだ。


「…何してるんです」
「アンタのせいでしょ…!」
「元はと言えば、姉上が事の発端では?」
「ぐっ…」


何度目かの溜め息が上から聞こえる。
何か言い返したいが、ぐうの音も出ない。


「大変でしたよ、」
「だから、ごめんてば…もうあの薬は使わないから」
「それもですが…違いますよ」
「え?」


否定されるとは思っていなかったため、思わずメフィストの顔を見る。
その目はどこかで見た事がある、ような。


「…裸の貴女を運ぶのが、です」
「!!」


いつぞやの、欲に満ちたアマイモンの目だ。


「いくら中身は幼児の私とは言え…無防備すぎやしませんか、」
「や、やぁね、自分にやきもち?」
「……今だって、折角着せた浴衣をはだけさせて」
「!?」


ギシ、とメフィストが這うように身を乗り出せば、いとも簡単に上を取られる。
頭にアラート音が鳴り響くが、体は思うように動いてくれない。
そうこうしている間に顔が間近まで降りてくる。


「――…誘ってるんですか?」
「っまたこの子は…紳士だから病人を襲ったりなんて、」


しないわよね?と釘を刺そうと謀るも、その言葉は強制中断された。
唇に温かい物が触れる。
…いや、触れるなんて可愛らしいものではなかった。


「――ッ、」


挨拶代わりに唇を舐め、口付け、閉じた口をこじ開けようと舌で歯列をなぞられる。
意地になって固く歯を食いしばっていると、耳の先をスルリと撫でられ声が漏れた。


「やっ、あ、」


瞬間、それはそれは悪魔らしい笑みを浮かべたメフィストが見えた。
隙を逃さず口内に侵入され、舌を絡めたり弱い所をなぞられる。
只でさえ頭が回っていないのに、余計に思考回路が霞がかっていく。

ちゅ、と唾液の絡む音と。
はぁ、と息を吐く音と。

全身に麻酔をかけるには充分すぎる効力を持っていた。


「ん、んん…っふぁ、」


本気で意識を手離そうとした時、ゆっくりとメフィストの顔が離れる。

…あぁ、今の私を見ないで、


「――…ククッ、早くそのとろけた顔を戻さないと…またしますよ?」
「…っは…うっさい、何のつもり?こんな、」
「私だけ、ご褒美がオアズケだったでしょう」
「…ご褒美?」


回らない頭をフル回転させてみるも、すぐにエンストした。
やれやれといった顔に腹が立つ。


「買い物帰りに競争したでしょう、アマイモンと」
「………あぁ、」


確か、ほぼ同着だったから二人共にキスする、というものだったか。
あの時は…そう、アマイモンにはキスした(された)が、アイスを一刻も早く冷凍庫に入れたくてメフィストにはしないままだった。
結局アイスは溶けてしまったわけだが。


「思い出しましたか?」
「…思い出したけど、今じゃなくても…っていうか明らかにやりすぎ、でしょ」
「これでも配慮したんですよ、紳士ですから☆」
「…似非紳士め…いいわ、今回のは自分への戒めとして受け取っておくから」


そう言うと布団を頭まで被るなまえ。
見たところメフィストのベッドだが、知った事か。


「おや、寝るんですか?」
「今日はほんと疲れた…あぁ、アマイモンの迎え、行かな…きゃ…」


アマイモン、拗ねてるだろうな…
次はあの子を目一杯甘やかさないとなぁ…
その時こそは、今回みたいにならないように、しなくちゃ…、




「――…やれやれ、今くらい私だけを見てくれてもいいでしょうに」


早々と寝息をたて始めるなまえ。
布団をズラして顔を出し、呼吸しやすくしてやる。
ほら、やはり紳士じゃないか。
顔にかかった髪をどけるついでに頬を撫でる。


「(……我ながら、よく我慢できたものだな)」


逆上せていた事も相成って、潤んだ瞳に上気した頬、しっとりと濡れた髪と肌。
深く口付ける度にとろけていく表情。
絡めた舌が、腰を撫でる度に僅かに反応して愛おしい。

詳しく思い出すと、折角抑えた欲情がぶり返してきた。
頭を振って欲を払う。
別の事を考えようとした時、ふと幼児の自分が言っていた台詞を思い出した。


『早く大きくなって、姉上を守れるようになりたかった』


その台詞にもだが、それを聞いたなまえの嬉しそうな顔を思い出すと、気恥ずかしくなって目を逸らした。


「…まさか襲う側になろうとは…まだまだ、ですねぇ」


そう自分に対して嘲笑し、目を閉じた。

あの頃の誓いが、理性という枷となる。
それでも、




「(貴女を守るのは、私でありたい)」




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欲のままに動けたら楽だろうに、

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