「――…さて、おまたせメフィスト」
「姉上、今の方はどちらに…?」
「ちょっと用があって虚無界に帰ってもらったの、しばらく戻ってこないから安心して☆」
「そう、ですか」


小さく息を吐くと、落ち着かない様子でコチラをチラチラと見ている。
それにしても綺麗な瞳だ。


「どうしたの、まだ何か不安?」
「…姉上の隣に、座ってもいいですか…?」
「(うぐっ) い、いいよ、おいで?」
「はい!」


ぱあっとそれは嬉しそうな笑顔で駆け寄り、アマイモンがいた場所に座る。
…と同時に、なまえの腕に抱き付き頬を摺り寄せた。
もしこの光景を見ていたら、藤本神父に限らず吐き気に見舞われただろう。


「(だっ誰も居なくて良かった…!)」
「…この体では、掴まりにくいですね」
「え!?あ、そうね、私より大きいからね」
「……えい!」
「!!?」


腕を離されたと思いきや、今度は体ごと抱き締められた。
吐息が耳に当たって粟立つが、止めろとは言えず固まるなまえ。


「凄いですね、姉上がすっぽり納まってしまいました」
「そっそうだね」
「…大人の私が、羨ましいです」
「え、何で?」


メフィストは少し体を離し、真っ直ぐなまえの眼を見据える。


「早く大きくなって、姉上を守れるようになりたかったんです」
「…っメフィスト、」
「あぁでも、半日したら戻ってしまうんでしたね」


残念です、と苦笑する姿に居ても立ってもいられず、力一杯抱き締める。


「馬鹿ね、私は貴方という存在に助けられてきたの。子供か大人かなんて関係ないのよ、」
「姉上…」
「さ、戻るまで半日しかないんだから遊びましょ☆」
「…はいっ」


それからはメフィスト邸を探検したり、巨大スクリーンでゲームしたり、本を読み聞かせたりして過ごした。
その度にメフィストは顔を輝かせて喜んでおり、やはり威厳を守る意味でもアマイモンを帰して正解だっただろう。
守る威厳があるのかどうかは不明だが。




「――ごちそうさまでした、」
「はいお粗末様、お腹膨れた?」
「はい、お腹一杯です」
「じゃあ少し休憩したらお風呂にしようか、先に入っておいでね」
「えっ?」
「え?」


少し間をおいて、慌てた様子でメフィストが顔の前で手を振る。


「ご、ごめんなさい!そうですよね、大人の私と入るなんて駄目ですよね!」
「あ、えと、」
「先に入ってきます!」
「あ、メフィスト!」


一人で走り出したメフィストを思わず呼び止める。
振り返ったその眼には僅かな期待の色が滲み出ており、しまったと思うがもう取り消せない。
今更なんでもないとは言えなくなった。


「〜〜ッわ、私も入っていい…?」
「っはい!背中流しますね!」
「(キラキラだわ…)」


メフィストが甘えん坊だったのは、自分が甘やかしてきたからなんじゃと今更ながら思う。


「(…タオルで隠せばいいか)」
「♪、♪」


片手に風呂道具、片手にメフィストの手を取り浴場へ向かう。
流石は日本好き、風呂は当然大きな桧風呂である。
そしてこれまた大きな窓からは日本庭園の中庭が見える。


「凄いですね姉上!何かいい匂いもします!」
「こらこら走ったらタオル取れちゃ――じゃなくて転ぶよ!」
「はい!」


すっかりこのお風呂を気に入ったようで、キョロキョロしながらも椅子に座って体を洗い始める。
なまえも隣に椅子を置いて湯をかける。


「(それにしても…そこそこイイ体してたのね)」


チラっと横目に見ると、程良く筋肉がついた男性の体が確認できる。


「(お風呂なんて、何百年も一緒に入ってないもんなぁ)」
「姉上、背中流しましょうか?」
「へ、あ、うん…おねがいしようかな?」
「はい!」


メフィストに背中を向けて待っていると、ふわふわの泡が背中を包む。
そうだ、昔はよくこうやって洗ってもらったっけ。
洗い終わった後の"一仕事しました!"という顔が懐かしい。


「痒い所はありませんかー?」
「とっても気持ち良いでーす」
「じゃあおしまいです!」
「ありがとねメフィスト、」


振り返ればやはり昔と同じ顔をしたメフィストが。
小さな仕事一つで喜んで可愛いものだ。


「じゃあ、次は姉上の番ですよ」
「あれ、さっき自分で全部洗ってなかった?」
「頭がまだです」
「あぁ、頭ね。よし、じゃあ後ろ向いて?」


今度はメフィストが背を向ける。
流石に座ったままではちゃんと洗えないため立ち上がってシャワーを持つ。
と、メフィストが急にのけ反るように顔を真上に向けたため、至近距離で視線がかち合う。
…ていうか頭が胸に当たったぞ。


「どっどうしたの?」
「顔にかかるの、苦手で…」
「あぁそうだったね、ごめんごめん。じゃあかけるよ?」
「はい、」


きゅ、と目を瞑る。
少し眉間に皺が入った顔が何だか妙に可愛くて笑えた。
ニコニコというよりニヤニヤした笑みを浮かべながらシャワーをかける。
シャンプーするのに髪に指を通せば、昔ほどではないがサラリと流れて気持ち良い。


「痒い所はないですかー?」
「とっても気持ちいいでーす」
「ふふ、真似っこ?」
「どっちもです、ほんとに気持ちいいですよ」
「そう?良かったー人の頭洗うのなんて久し振りだもの」


顔に湯がかからないよう注意しながら泡を流し、同様にトリートメントも済ませる。
メフィストは先に湯に浸かるよう伝え、自分も手早く頭を洗って浴槽へと向かう。
足先を浸ければやや熱いくらいで気持ちいい。


「…あ、姉上!湯に浸かる時はタオルを外せと札に書いてありますよ?」
「えっ!?」


体にタオルを巻いたまま浸かろうとすると、メフィストに指摘されてしまった。
確かにメフィストが指差す方にある札に、注意書きがされていた。
(一、掛け湯するべし)
(一、タオルは湯に浸けるべからず)
(一、アヒル隊長は浸けても良し)


「(まぁ…お湯は白いから見えないか、)」


湯は白く染められており、5cmも沈めば見えなくなるような濃いものだった。
ゆっくり湯に浸かりながら巧くタオルを外す。
そして肩まで浸かれば、この騒動を忘れそうな程の脱力感がなまえを包んだ。


「っあー何度入っても気持ちいいわぁ日本風呂…!」
「私は初めてですが、凄く気に入りました…」
「メフィストが日本を気に入ったのも頷けるなぁ…」


二人とも遊び疲れたせいか、はしゃぐ事なく湯船に浸かっていた。
数分経った頃、ふと隣のメフィストを見ると妙に顔が赤い気がする。


「…メフィスト?」
「……はい、」


リラックスしているにしても、反応が遅い。
嫌な予感がして顔を覗き込むと、顔は紅潮し目は虚ろになっていた。


「わ、ちょっとやだ逆上せちゃったの!?」
「……頭が、ぼーっとします…」
「それ完全にアウトだよ、もう上がろ?立てる?」


何とか支えながら立たせるが、やはり足元が覚束ない。
術を使ってこのまま部屋へ飛ばしてやろうか、と考え指を鳴らす構えをとる。


「――っ、」


その時、なまえ自身も目眩に襲われバランスを崩した。
どうやら自分も少なからず逆上せていたらしい。
支えを失った二人が向かうのは勿論、湯船の中。



「(――やば、)」



メフィストだけでも、と手を伸ばすが力が入らない。


バシャンと湯の跳ねる音が聞こえ、意識を手放した。





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