「さ、お菓子出来たわよーおやつにしましょ☆」
「わーい!姉上のお菓子嬉しいですー」
「今回は無事に出来たみたいですね」


午後3時の理事長室。
机に向かい書類整理をしていたメフィストもその手を止め、中央のテーブルに集まる。
テーブルには紅茶やクッキー、シュークリームにスコーンが準備されていた。


「さっ召し上がれ☆」
「いただきまーす」
「いただきます、」


メフィストがスコーン、アマイモンがシュークリームに手を伸ばし頬張る。
なまえはその様子を見ながらニコニコと笑っている。


「姉上、これとっても、むぐ…おいしいれす!」
「ふふ、有難う。でもちゃんと飲み込んでから喋りなさいね」
「ハイ、…ごきゅ」
「うーん、やはり姉上のお菓子はいつ食べても美味いですね」
「有難う、お茶もどうぞ?」
「勿論戴きますよ」


カップを持てば紅茶の優しい香りが鼻を擽る。
癒やし、とはこういう時間を言うのだろう。
口に含めば更に良い香りと味が口から鼻に抜けていく。


「美味しい?」
「えぇ、とても」
「変な味、しなかった?」
「いえ、いつも通りの味でしたが?」
「…しっかり、飲み込んだわね?」
「――…ッまさか、何か入れたんですか!?」


ガタンと椅子を引っくり返す勢いで立ち上がり、なまえを凝視するメフィスト。
その表情は焦りその物であり、亡き藤本神父が見たら爆笑しただろう。


「大丈夫大丈夫、害があるような物じゃないから☆」
「絶対大丈夫じゃないでしょう!?」
「…兄上、体から煙が出てます」
「何ィ!?あ、姉上!一体何を―…!?」


縋るようになまえを見れば、それはそれは楽しそうに笑っていた。
暫く会わなかったせいで忘れていた、この人の笑顔ほど怪しいものはなかったと。
そう思った頃には体中を煙が包み、ポン☆と軽い破裂音がした。


「――…ッ、……?」
「あ、にうえ…?」
「わ…わたしは、どうなったのだ…?」


煙が晴れ、中心にいたメフィストの姿が明らかになる。


「やったあ!成功ね!」
「あねうえ、いったいなに、を…!?」


嬉しそうな声をあげて駆け寄るなまえ。
そして近寄るにつれ増す違和感。
でかい。
なまえがでかい。
いや、よく見ると周りの物全てがでかい。


「ひゃー小さぁい!かぁわいい〜〜ッッ」
「なっ!?」


軽々となまえに抱き上げられ、地面が遠くなる。
普段なら有り得ない状況に忙しなく首をキョロキョロと動かすメフィスト。
そこへ大きめの鏡を持ったアマイモンが近寄る。


「兄上、そんな感じだったんですね」
「――〜〜〜ッッ!?」


鏡に映る自分の姿を見て、気が遠くなった。
そこに映っていたのは、何百年も前の幼き頃、人間で言えば3歳位の自分だった。


「っあねうええぇぇぇ!!!」
「やだその高い声久し振りー!もっかい呼んで!」
「はやくもどしてください、だれかにこんなすがたをみられたりしたら…!」
「イ☆ヤ」
「あねうええぇぇぇ!!!!!」
「あぁん可愛い〜ッ」
「えぇい、あいんす・つばい・どらい!」


どうにも埒があかないと判断し、己の手で戻ろうと試みる。
が、姿は変わらず小さいまま。
指を鳴らそうにも短い指ではぺちんという情けない音しか鳴らなかった。


「〜〜ッなぜこんなことをしたのです!」
「えーだって、燐見てたら昔のメフィストは素直で可愛かったなぁって懐かしくなっちゃって…でも細かくは思い出せなかったから、それなら小さくしちゃえばいいんだって思って」
「…なかみはもとのままのようですが?」
「……そういえばそうね…なぁんだ失敗かぁ」
「あなたね!じぶんでしかけておいて…!!」
「ごめんごめん、見た目だけでも昔みたいで私は満足よ?」
「しりませんよそんなことは!それよりどうすればもとにもどるのです!?」


キャンキャンと吠える子メフィスト。
だぼだぼの袖をバタつかせながら抗議しても、可愛いだけとは気付きそうにない。


「えー、放っておいても半日位で戻るからそのままでいいじゃない」
「よくありません、わたしはこのあとかいぎがあるんです!」
「あらーそうなの?」
「兄上いつも難癖つけて出ないじゃないですか」
「っこ、こんかいはだいじなかいぎだからでるよていだったんですよ!」


やや視線が泳いでいるが、会議があるのは本当のようだ。
…ならば仕方ない。
小さいメフィストは思う存分抱きしめ、撫で回して堪能した。
それにそもそもは素直だった頃のメフィスト見たさにした事であり、中身がそのままである以上あまり意味はない。


「名残惜しいけど…ホイ☆」


なまえが指を鳴らすと、ポンと音と煙をたててメフィストの体が元通りになる。
…まぁ薬はまだ余ってるから今回は試験という事で。


「ほらメフィスト戻してあげたわよ、ちゃんと会議とやらに出なさいね?」
「………」
「…メフィスト?どうしたの、黙り込んで…あっまさか怒ってるの?」
「………、」
「……兄上?」


「…何故、姉上が私より小さいのですか?」


「「!?」」


きょとんとした顔で右手を口元に添え、不思議そうになまえを見つめているメフィスト。
その瞳に曇りはなく実に透き通った色である。
この瞳には覚えがあった。


「姉上、兄上は一体…」
「ちょ、ちょっと待ってアマイモン、私も予想外なの」
「(びくっ)あ、姉上、その人は誰ですか…?」
「兄上!?」


アマイモンを見てあからさまに動揺するメフィスト。
なまえはゴクリと喉を鳴らしてある質問をぶつける。


「メフィスト、変な事聞くけど…今、何歳?」
「今…ですか?今は、50歳、です」


虚無界における50歳は、物質界における3歳に相当する。
…つまり、


「…中身だけ退化しちゃったみたい☆」


てへ、と笑ってみるがアマイモンは口を半開きにしたまま動かない。
メフィストも不安げに此方を見つめたまま動かない。


「〜〜っホイ!」


苦し紛れに指を再度鳴らすと、先程同様に煙がメフィストを包む。
大丈夫、これで戻ったはず、だ。多分。


「姉上…?」

「(駄目か…!!)」


煙が晴れてそこにいたのは、やはり瞳に曇りのないメフィストだった。


「……メフィストごめんね、何だか手違いで体だけ大人になっちゃったみたいなの」
「え…」
「でも大丈夫!ちゃんとお姉ちゃんが元に戻してあげるし、それまで傍にいるからね!」
「…はい、」


不安げな表情のままではあるが、やっと少し笑ってみせるメフィスト。
するりと手を伸ばして控え目になまえの指先を掴む。


「よく分かりませんが…姉上を、信じます」
「「!!!」」


ズドンと大量の矢がなまえの胸に突き刺さる。
可愛い。
いや、可愛いなんてもんじゃない。
成人姿のメフィストが指先を掴みつつ、はにかみながら笑っているなんて。


「〜〜ッッ」
「あ、姉上、」


その光景にアマイモンが妬きもちを妬くのも忘れて動揺している。


「と、とりあえず座ろうか…!」


現在の状態をまず整理してみる。
人間でいえば3歳だが理解力は人間のそれより遥かに優れている。
特にメフィストは弟達の中でも頭の回る聡い子だった。
ありのままを伝えれば、すぐに状況を理解したようだ。


「…きっと、効果が半日なのを無理に取り消したからズレが生じたんですね」
「うん…私もそう思う、ホントにごめんねメフィストー」
「いえ平気です、予定通り半日が経てば戻りますよ」


落ち着いた様子で応えているが、時々視線をなまえの隣に向けては眉を下げている。


「えぇと…貴方の弟なんだけど、怖い?」
「いっいえ、ただ実感が湧かなくて…その、」


怖がられている当の本人であるアマイモンは、物珍しげにメフィストを観察していた。
それはそうだろう、あのメフィストが自分を見ては不安げな表情をし、目を逸らしているのだから。


「…アマイモン、」
「何ですか?」


なまえの呼びかけに応えこそすれ、視線はメフィストに固定されたまま。
余程興味を持ったらしい。


「メフィストが元に戻るまで、虚無界で待ってようか?」
「っ何故ですか姉上!?離れないでって言って下さったじゃないですか!」


流石に視線をなまえに向け、両手を掴む。
すると正面から短い声が聞こえ、そちらを見るとメフィストが立ち上がっていた。


「あっえと、すいません…何でも、ないです」
「(…手を握るのもダメ、か)」


なまえは颯爽と立ち上がり、刀で空間を斬り裂き虚無界へと繋ぐ。
そして半ば無理矢理アマイモンを押し出した。


「(ごめんねアマイモン、あの子ああ見えて凄い甘えん坊だったの、きっと貴方の事構えなくなるから!)」
「(半日くらい、我慢します!)」
「(メフィストも貴方にそんな姿見られたくないと思うの、)」


ポイ!


「姉上ぇぇぇ!?」
「絶対迎えにいくからねー!」


虚無界側へ放り出されたアマイモンの叫びが胸に痛い。
しかしこの状況で二人を構うのは無理があるため致し方ない、と自分に言い聞かせた。



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