「…眠くなりません」


夜。
時計は1時を過ぎたところだった。
普段から眠る時間は少ないし、眠っても浅いもの。
眠れない事は大して苦ではないが、どうにも胸がザワついて落ち着かない。
それもこれも、昼間に色々な事が起こりすぎたせいだろう。
なまえを失うかもしれない、ただそれだけの事がこんなにも自分を揺さぶるなんて。


「もう、寝てますよね」


それでも構わない、きっとこのザワつきはなまえの傍に行くまで収まらないだろう。
アマイモンはベッドから飛び起きてなまえの部屋へ向かう。





「…うーん」


いざ部屋の前まで来たものの、どうしたものか。
ノックで起こしたら悪いし、起きていても来た理由を問われたら上手く答えられる自信は無かった。
あと何かしらメフィストのトラップが仕掛けられているだろう。


「……何難しい顔してんの?」
「っ、姉上?」


首を捻って考えていると、隣に目的の人物その人が立っていた。
…数日前にプレゼントしたパジャマを着て。


「何処かへ行っていたんですか?」
「うん、何か眠れなかったから…メフィストんとこでゲームしてたの」
「……そうですか」
「ふふ、もー拗ねないの、寝てると思って誘わなかっただけなんだからね?」
「分かっています」
「ホントに〜?」


正直心中穏やかではない。
自分は似た理由でなまえの所へ来たのに、当のなまえはメフィストの所に行っていたなんて。


「ほら、入りなさい。大方貴方も寝れなくて来たんでしょう?」
「…ハイ」


どんな話をしたのか問い詰めたい気持ちで一杯だった。
しかし折角の申し出を潰すわけにもいかず、出かかった言葉を無理矢理飲み込む。


「……ね、アマイモン」
「なんですか、姉上」
「今日はさ、その…一緒に寝ない?」


やや視線を泳がせながら、コチラに顔を向けずに問う。
一緒に寝る事など数え切れない程あった。
何故今更そんなに躊躇う事があるのかと疑問に思ったが、すぐ理由に気が付いた。


「…姉上可愛いです」
「うっ煩いな!」


なまえからそれを提案した事は一度も無かったからだ。
毎回アマイモンが押し掛けにいくパターンが常であり、誘われたのは初めてで。
そう思うとメフィストの部屋へ行っていた事など簡単に吹き飛んだ。


「喜んで、」
「そ、そう…私、程良く眠いんだよね。早速だけど横になっていい?」
「勿論です」


いそいそとベッドに潜り込むなまえ。
それを追ってアマイモンも潜り込む。
勿論ピッタリ真隣に。
体を横に向ければすぐそこになまえの横顔が見えて、幾ばくかザワつきが落ち着いた。
なまえが少しだけ顔をこちらに傾け目が合うと、またザワついたわけだが。


「……今日は何だか疲れたね、」
「…スミマセン、僕のせいですよね」
「もう、お互い様だってば」
「スミマセン…」
「あんまり謝らないでよ、私が悪いみたいじゃない」
「スミマ「シャラップ!」


条件反射のように再度謝ろうとすると、人差し指を唇に押し当てられた。
このまま指を舐めたらどんな反応をするんだろう、悪戯心が疼く。
しかし舌を動かそうとすると、指は離れていった。惜しい。


「…アマイモンは、私が怖い?」
「いいえ、何故ですか?」
「いや…ちょっとマジに怒ったから、怖がって謝るのかと…」


まただ。
またなまえが視線を泳がせている。
産まれてこの方、なまえが視線を泳がせている所など見た事がなかったのに。
この数分の間に二度も稀な事をするのは、何故だ?


「…思えば、私達って一度も喧嘩なんてした事なかったのよね」
「そうですね、姉上と喧嘩なんてしたくありませんもん」
「……〜〜ッもう!」


思った通りに答えたら、予想外にも抱き締められた。
なまえの胸元はいつでも心地良い香りがする。


「アマイモンはその素直な所が可愛いのよ、他の弟達にも見習わせたいわ」
「ハァ…そうですか?」
「そうよ、いつまでも素直で可愛いアマイモンでいてね…ってそれは私のエゴか、アマイモンが元気ならそれでいいのに」
「姉上が望むのなら、何だってします」
「ふふ、ありがと…じゃあ一つだけ」
「何ですか?」
「…例えまた喧嘩しても、私から離れないでね」


ぎゅう、と一際力を込めて抱き締められる。
だけど頭は全く痛くない。
痛くないのに、何故か胸が締め付けられる様に痛くなった。


「姉上から離れるのはもう沢山です、姉上が許して下さるならいつまでだって傍にいます」
「…うん、」


抱き締められているせいで顔が見えないが、きっと優しい顔で微笑んでいるんだろう。


「……このまま溶けてしまえばいいのに」
「ふふふ、溶けて一つにって?それじゃあどっちがどっちか判らないよ」
「構いません」
「…もう、この子は」


ゆっくり頭を撫でられ、段々瞼が重くなってくる。
あぁでもその前に、どうしても、一つ、だけ、


「……姉上、僕も…一つだけ、いいですか…?」
「うん…?何?」
「一度だけでいいんです…名前で、呼んでもいいですか?」
「ふふ…今度は燐に妬きもち?」
「……駄目なら、いいんです」
「………いいよ?」


普段から弟達に"姉上"と呼ばせてきたなまえ。
例外はなく、それには彼女なりの理由があるのだろうが。
今、それは許された。




「……おやすみ、なさい」

「うん、おやすみ」




名前を紡ごうと口を開くが、なかなか声が出ない。
長年の習慣とは恐ろしい。




「…アマイモン?寝たの…?」




黙っていると、眠ってしまったと勘違いされた様子。




「……ふふ、幸せだなぁ…大好きよ、アマイモン」




頭に口付ける感触がした。
何度も言ってくれるその言葉に、何度も救われてきたのに。
何故だか今は、"違う"と感じてしまった。
何が違うのかは分からないが、何かが違う。


取り留めもなくそんな事を思っていると、なまえの呼吸は穏やかになり、それは次第に寝息へと変わっていった。
どうやら本当に眠ってしまったらしい。




「……好きです、」




そっと顔を上げて唇に口付ける。








「………なまえ、」




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名を呼べば、想いが溢れそうになった。

0805
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