「へぇー…流石に自分で言うだけあるね、手際いいし既に美味しそう」
「へへへ、なまえのも美味そうじゃん。それシュークリームだろ?」
「うん、燐のはチーズケーキ?」
「おぅ!」


わいわい、きゃっきゃ、
食堂は楽しげな空気と甘い匂いで充ちていた。



『…何だかイライラします』
『…安心しろ、私もだ』


見つかってはならない、そう決めたはずだったが既にそれを無かった事にしかねない形相で盗み見る二人。
さっきからアマイモンが爪を噛もうとする度にメフィストが制止するのを繰り返している。


『もういっそ全部バラしちゃいましょうか』
『いや待て、奥村燐が弟と分かれば姉上は更に可愛がるに違いないぞ』
『…でも』
『今はお前を猫可愛がりしてるが、たった15歳の弟がいると分かれば…その対象はアレになるだろうな』
『……絶対バラさないで下さい』


納得出来ないが納得せざるを得ない状況に、アマイモンの我慢は限界すれすれだった。
握り締めた拳の中から赤黒い血が伝う。


『僕、こんなに我慢した事ないです…姉上…』
『(…これは長くは保たんな)』



「そう言えば、弟君は元気?」
「おー元気だぜ、機嫌取りのつもりか知んねぇけど、土産持って帰ってきた」
「ふふ、私も…というか、サプライズプレゼントするために私を置いてったみたいでさ」
「なんだいい弟じゃん」
「うん、可愛いのよー二人がどんな顔して選んだのか考えるだけで嬉しくなっちゃう!」
「そ、そっか…なまえみたいな姉ちゃんだったら、俺も欲しかったな」
「え、そう?ありがとー」


ニコニコという効果音が聞こえてきそうな程の、少し照れを含んだ笑顔に思わず頬を染める燐。


『…………ギリッ』
『(…もう駄目だな)…アマイモ――…ってオイ!?』


これ以上此処に隠れるのは無理と判断し、部屋へ戻るためアマイモンを捕まえようとした。
が、メフィストの手は宙を掴み、其処には影すら残っていなかった。


「姉上から離れろォ!!」


声がする方を見れば、ガシャーンと派手な音を立てて弟達が転がっていた。
頭が痛い。


「お前っ確かアマイモン!?なんでこんな所に!?」
「ウルサい!お前なんかに姉上を取られて堪るもんか!!」
「はぁ!?何の話だよ!?」
「分からなくていいです、二度と姉上に関わるなッ!!」


床に転がったまま互いに殴る、蹴る、引っ張る、暴言を吐く。
その一発一発はおよそ人の力とは程遠い威力で、その圧によって辺りの物が吹き飛んでいる。
居合わせたのが普通の人間であれば立っていられなかっただろう。
そこで初めて燐がなまえの存在を思い出す。


「ッなまえ!大丈夫か!?ココは危ねぇから早く逃げ―っぐ!」
「…また呼び捨てにしたな?」


ガッガッガッ!
既に血まみれの口元を執拗に殴りつける。
これは流石に止めなければ、とメフィストが蝙蝠傘を翳す。


「アインス、ツヴァイ、ドラ―…!?」
「退きなさい」


ドスの利いた声が聞こえたと思えば、翳した傘はなまえの手によって降ろされていた。
その表情は影となって読み取れないが、背筋に走る寒気がそれを物語っていた。
落ち着いた足取りで弟達に歩み寄ると、アマイモンの振り上げた腕を掴む。


「バッ危ねぇって…!」
「姉上すみません邪魔しないで下さい、僕はコイツを――」





パンッ!





「……姉、上?」


乾いた破裂音が響き、やや遅れて頬にジンジンと痛みが走る。
殴られた、そう認識するのに五秒はかかった。


「お…おい、なまえ…?」


また燐が呼び捨てにしたが、今はそれどころではなかった。
頬がビリビリと痛むお陰で意識を保てているような状態で、思考回路は破綻し、ただなまえの顔を見る事しか出来ない。




「…アマイモン、何でこんな事したの」

「っあ、姉上、僕は、コイツが姉上に馴れ馴れしいから、」

「暴れた、と?」


目を細め、抑揚を押さえた声で問い掛ける。
そんななまえを見た事がなかったアマイモンは、言い訳をする気も失せてしまった。


「っ姉上は、僕よりコイツが心配なんですね…」
「コイツ?」


ふとアマイモンの足下を見ると、血まみれの燐の姿。
燐は燐で、訳が分からないといった表情で固まっていた。


「――…あぁ…忘れてたわ、大丈夫?」
「「「えっ!?」」」


男三人が目を見開いてなまえを見る。
全員の頭に、"急に燐を殴りだしたから怒ったのでは?"という考えが過ぎる。


「…私、プレゼントくれたの、本当に嬉しかったのよ? だから私も、貴方達が喜ぶ顔を想いながら、お菓子…作ってたのに…」


悲しげに床に散らばったシュー生地を見つめるなまえ。
そこでようやく怒った理由を理解した三人。


「なのに、怒りに任せて私の想いを踏みにじるなんて…」
「っ姉上違います!」
「違わないよ、今も踏んでるそれは何?」
「!」
「……アマイモンの馬鹿、もう知らない」
「!!」


くるりと背中を向けられ、その背を追おうと手を伸ばすが足が動かずなまえは遠くなるばかり。
丁度メフィストの隣まで来た所でチラリと横を見る。


「…メフィストも知らない」
「(とばっちり!?)」





なまえの姿が消え、残された三人はそれぞれの想いを抱え沈黙していた。
が、いつまでもそうしている訳にもいかない。
ここは兄らしくこの事態の収拾をつけなければ、とメフィストが深く溜め息を吐いた。



「――…集合!これより第一回兄弟会議を始める!」





ー ー ー ー ー ー ー
微シリアスですみません、次で一段落です。

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