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ガランドウ(赤→紫←氷)

 寮にいるアツシはいつも、ぶさいくで大きなぬいぐるみを抱き締めながらお菓子を食べる。丸い胴体を腕の中にすっぽりと入れて、頭部とおぼしき辺りに顎を乗せ、しゃくしゃくスナック菓子を頬張るのだ。可愛い女の子や幼い子がやれば絵になるのだろうけど、生憎彼は二メートルを軽く越えたスポーツをやる者にとってはこれ以上ない位恵まれた身体の持ち主である。スローな話し方、安い挑発にも乗ってしまう幼さ、もしゃもしゃ無言でお菓子を口に運ぶ姿は子供のようで可愛らしく見えない事もないけれど、最初ぬいぐるみを抱え込みながらごろごろしていた姿には驚いたものだ。が、彼が入学してから毎日見ていれば、段々と微笑ましく見えてきた。
「そのお菓子、美味しい?」
「俺は好きかなー。室ちん食べる?」
「じゃあ貰おうかな」
「はい」
 アツシは相変わらずぬいぐるみを腕の中に置き、顎を乗せながら、相変わらずヤル気がなさそうに中間試験の勉強をしている。左手にお菓子を持ってしゃくしゃく食べながら、右手で問題を解くものだから、押さえるものがないプリントはごそごそ机の上を動き回ってやりにくそうだ。お菓子のお礼にとガラス製のペーパーウェイトを差し出してやる。きょとん、とした目でこちらを見るものだから、それでプリントを押さえるんだよ。と教えてやると、やっと納得したように、紙の端に置いてくれた。
 練習は嫌いだけど負けるのはもっと嫌。そんな彼の言葉は勉強面でもある程度あるらしく、テスト前はある程度自習をする。全教科総合がクラスで一位なのか、どれか一教化秀でればいいのか、クラス最下位をとらなければいいのか。ボーダーはよく知らないが、彼が見据えた目標を越える位には努力をしているようだ。しゃくしゃく、一段落ついた所なので息抜きにとアツシに貰ったお菓子を頬張る。やっぱりスナック菓子特有の油っぽさは耐えられない事はないけど、あまり好きなものではなかった。これを一日に何本も何十本も消費する彼はさぞや鉄の胃を持っている事なのだろう。タイガみたいである。
「ねぇ、室ちん。あきたー」
「お疲れ様、アツシ。一回休憩しなよ」
 ん、と頷いてから彼は床に敷いたままの布団へダイブする。規格外の彼を納める事のできるベッドはこの学園内にないらしく、アツシや部活で大柄な生徒は皆布団で寝ているのだ。ぬいぐるみを胸部辺りで圧迫するうつ伏せの体勢で、お菓子のストックに手を伸ばす。
「そういえば、そのぬいぐるみはどうしたの?」
「これ? 赤ちんがくれたの」
 ぼろぼろと布団にお菓子を食わすものだから、彼の手の下に三枚重ねにしたティッシュを敷いてやる。ありがと、と言ったそばから砕けた欠片がティッシュに落ちている。急いで食べなくてもなくなりやしないよ、と諭すのだが食い意地が張ってるのか食べるスピードが落ちる事はなかった。
「アツシが欲しい、って言ったの?」
「中学の時に枕の話をした事があって、『枕を抱き締めながら寝る』って云ったら赤ちんが買ってきてくれたんだよね」
 枕よりおっきくて抱き締めやすい、と彼は嬉しそうにへにゃりと笑った。
「そのぬいぐるみ、もうぼろぼろになってきてるみたいだし、買いに行かない?」
「赤ちんがまた送ってくれる、って言ってたから大丈夫だよ。室ちん」
 ちょうど駄目になった頃に送ってくれるんだよねー、とアツシは嬉しそうに言う。赤司征十郎、唯一アツシが無条件に従う男だったか。一度だけ遠目からアツシと二人でいる所を見た事があったが、あまり背の高くない、スポーツをするには不利としか思えない体型の持ち主の男。タイガのようなぎらついた獣じみた目とは違い、冷たい氷のような玲瓏な目をした近寄りがたい雰囲気を醸し出していて、見ているだけで、背筋がうっすら寒くなったのを覚えている。アツシがじゃれていた時は少しばかり、優しい目をしていたけれど。
 あの男が、ぬいぐるみを、ねぇ。必死に想像しようとしてみるけど、全然様子が浮かばなくて思わず口許に笑みが浮かぶ。
「? なんで室ちん笑ってるの?」
「いや、なんでもないよ」
「そっか…………んー、眠くなってきた……おやすみ、室ちん」
 ふぁ、とあくびを一つ吐いて彼は丸まって眠る体勢に入ってしまった。相変わらず突拍子のない男だ、と無造作に伸びた髪の毛を撫でてやる。
アツシは知っているだろうか、ぬいぐるみやペットを抱き締めるのが好きな人は愛に飢えているという話を。詳しくは知らないけれど、抱き締めて欲しいという欲求を自分一人で満たそうとして行うらしい。高校一年にして二メートルを超える巨躯、さぞや小さい時から大きかった事だろう。高身長のキセキの世代に囲まれてバスケ部に所属していた中学時代は兎も角、それより前は他の子より頭一つ二つ抜きん出ていたに決まっている。下手したら一番母親に甘えたい年頃に、母親の背を超えていたいたかもしれない。自分より背だけ大きくなってしまって、でも心は小さいままの子供。ちぐはぐな外見と中身の所為で、その年相応な甘やかし方をされずに育ったとしか思えない。
「アツシは本当、子供みたいだなぁ」
 愛情と包容を望んでいるとわかっているのに、一人慰める為のぬいぐるみしか与えなかったチームメイトもチームメイトである。ただ抱き締めて、優しい言葉を吐くだけで彼は救われたかもしれないのに、わかっていてしてあげない男というのも大概性格が悪い。逆らうなら親でも殺す、という位だし彼は彼でアツシにどう接していいかわからない、という事もない事はないだろうけども。
「おやすみ、いい夢を」
 ぱちん、と部屋の電気を消してベッドへもぐる。明日、思いきりアツシを抱き締めてやろうと思いながら。

2012/11/17
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