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You have a bit of a sweet tooth?

「……どうしたノですかインゴ様。甘いものが、お好きなノでしょう」
 お食べクださい、とケーキを山のように乗せた台車を持ったウェイターを指差して言えば、彼は嬉しそうな、でもそれを必死に隠そうとしているような笑みを浮かべた。

×××

 彼は甘党なのだという。ケーキ屋で買い物をするサブウェイボスを見た、というのを風の噂で聞いた事があった。別に人の趣味に口を出す事もないし、見た目によらず可愛らしい方なんだなぁ、とか思う程度である。で、某日。休憩時間の一服も終わり、作業に戻った所、インゴ様が黙々とお菓子を頬張っているのに遭遇したのだ。お楽しみになられているようので、声をかけずに彼の隣にある自分の机にと座る。
「ただイま戻りました……Please give me the sweets?」
「勿論です。どうぞ」
「あリがとうござイます」
 彼が食べているクッキー生地にチョコレートがかけてある棒状のそれは、様々なフレーバーが期間限定で販売されて人気の代物である。隣の男から貰ったそれはぱきっと乾いた音をたてて折れ、口の中に淡い甘さを広げた。疲れをとるため以外に甘いものをあまり食べない身であるが、中々おいしい。表面でキラキラと輝いていた塩粒が、チョコレートの甘さを引き立ているようだ。
「おいしいですか?」
「It is delicious! インゴ様は甘いのが、お好きなんですか」
「……恥ずかしいので、あまり言いふらさないでください」
「ワタクシにそんな趣味はあリませんし、別に何が好きでもいイじゃないですか」
 ポケットに入れたタバコを取り出そうとコートの内に手を入れてから、先程喫煙室で吸ったものが最後の一本であるのを思い出し一つ舌打ちをする。今から買いに行く時間もないしあきらめるしかないが、コートに手を入れた手前なにも出さないのは格好がつかない。口が寂しい時の相棒である飴を、「お返しです」と差し上げる事にした。
「ありがとうございます」
「気にしなイでください。……明日の午前中一杯、インゴ様はお休みですよね」
「はい。休みです」
「用事がなければ、ワタクシにお付き合い願えますか」
 どこに行かれるのですか、と不思議そうに問うてくるインゴ様に曖昧な笑みを浮かべて誤魔化した。

×××

「じゃあ、これとあれと……」
 台車に積まれたケーキを指差しながら、あれやこれやと注文するインゴ様は楽しそうである。ワタクシ達は今、午前だけお休みのインゴ様をつれ、某有名ホテルの一階に来ているのだ。本来のワタクシの休みは午後なのだが、使えない弟に無理を言って変わってもらい実現したものである。
 エメットがたまにお世話になっているという少々値が張るが時間制限なし、ウェイターが運んできてくれるのでたち歩く必要のないケーキバイキングにインゴ様は最初は戸惑っていたようだが、今や楽しそうに頼んでいる。ウェイターは黙々と、彼に頼まれた品を白い皿に端から綺麗に並べていく姿はまるで機械のようであった。いい年した男二人がケーキバイキングにくるという、そうそう有り得ないような光景に驚かずに黙々と作業にいそしむ姿は仕事の鑑である。
「インゴ様はどうしますか?」
「ワタクシは……あぁ、そのチーズケーキをクださいまし」
 畏まりました。と男はワタクシの皿にケーキを一つ置き、恭しく礼をしてから裏方へと去っていった。彼にとられたケーキの補充をしにいったのだろう、ご苦労な事である。
「インゴ様は凄いですね。こんなお店、はじめてです」
「あのガラク……エメットがよく来るお店みたいで」
「インゴ様の所のエメット様も、甘いものが好きなのですね」
「ワタクシよりは、食べるみたイですね」
 さく、とショートケーキの上に乗った苺にフォークを突き刺し、もぐもぐ食べながら嬉しそうに言う彼に「女性を連れ込む為」だなんて言えなかった。というかアレの話はしたくなかった。
「まぁ、どっちだってイいじゃないですか。今日はワタクシ達で食べに来ているのですから」
 白くふわふわとしたレアチーズケーキを、ブラック珈琲で胃の中に流し込む。差し入れで貰う以外に殆ど食べないそれは、好きとか嫌いとかといった表現が難しい代物であった。
「それもそうでした。あ、そのチーズケーキを一口貰っても宜しいですか?」
「You have a bit of a sweet tooth?」
 カシスのソースが沢山かかった一番美味しそうな所を、フォークで掬ってインゴ様の前に差し出せば、彼はえ、と言った感じでワタクシを見てきた。
「いや、その忘れてクださいまし」
 嬉しそうにしながら食べている姿が可愛らしいものだから、まるで女性子供に対してするような事をしてしまった。申し訳ないやら恥ずかしいやらで、急いで腕を戻そうとしたのだが、手を捕まれてしまった。ありがとうございます、とワタクシのフォークからチーズケーキを美味しそうに頬張っている。よっぽど美味しかったのか、空のようなブルーの瞳がとろりと溶けている。
「……美味しかッたですか?」
「はい。今度、ワタクシだけで食べてみたいと思います」
 お休みが被ったら付き合っていただけますか? テーブルに未だ残っているケーキを見ながら、楽しそうに言うインゴ様の提案を断れる訳がなかった。

2012/05/07
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