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*いつまでも(幼少捏造瀬戸内)

「貴様はなにをしておるのか」
「そっちこそ、なにをしてるの」
 弥三郎はこちらを振り向きながら問うてきた、隻眼は日輪の光を跳ね返してキラキラと光る。男用にしては可愛らしく女物にしては大人しい桃色の着物は、海水に浸って足許だけ色を変えていた。
「我はただ空を見ているだけだが」
 ほら、と指を指せば釣られるように彼も上を見る。深海を切り抜いたようで、なぜだか見続けたくなるような奇妙な瞳に、うっすらと空色が混じり独特な青色を呈していた。そして、なにも言わずに空を眺め続けられたものだから、一人立っているのも馬鹿馬鹿しくなって弥三郎の隣へと鎮座する。彼は無口なのか、口下手なのか知らないが多くを語ろうとしないので、どう距離感をとればいいのかもわからないのだ。いつも、部屋の隅でぼんやりと書物を読みふけっており、室外にいる事すら珍しいと思う程である。
「びっくりした」
「流石に反応するか」
 ため息を付きながら零した我の台詞に、弥三郎は首を傾げて、どうして、と問いかけてきた。彼がちゃぽちゃぽと足で海を掻き回す所為で、小さな白波がたつ。統一しない柄はまるで、自分の心の中のようだった。我とは違う軸で生活している弥三郎に、思考回路が混乱を起こしているのだ、たぶん。
「空を見ながら貴様がなにも話さなかったから、驚いただけぞ」
「返答しなくて、大丈夫だと思ったから」
 誠意のまるで籠もっていない、儀式的な謝罪をされたのだから、本来は腹を立てるのが道理なのだ。なのに自然と怒りは沸いてこなかった。もとより弥三郎は反応の読めない男だから、普通の定義が適応されないのだろうか。それとも弥三郎が誰かと会話が成立するのさえ、稀と聞いた直後だから余計か。
「……いつも桂寿丸は“人”に問い掛けているから、弥三郎は答えなくていいと思った」
「人?」
「桂寿丸は弥三郎の事なんて見ていない、自分と他人の見分けしかついてないよ。だから弥三郎は答えなくていいと思った。桂寿丸は怖い、弥三郎達に人らしい思考を求めずに、自分の言う事を聞く人ばかりを求るから」
 海水から足を出した弥七郎は我の方を向いて、そうでしょう? と問うてきた。酷く澄んだ、鏡と硝子の間の子みたいな青い隻眼に我の顔が映った。瞬きもろくにせずに、こちらを凝視してくるものだから、恐怖を覚えた。弥三郎を裏で姫若子と呼ぶ連中がいるという、それを言われ鵜呑みにして姫のように大人しい子だと思っていた。実際、おなごの着るような服装は好むし、吐く言葉だって柔らかく、部屋に籠もり気味ではある。けれど、芯の奥深くは姫から程遠いのだ。海のように深い眼は、こちらの奥底を覗こうとしてくるのだ。
「我がいつそんな事を、」
「皆がわかっているかは知らないけれど、桂寿丸は人を使うのに長けているよ。だけれど、それが不十分だからなにも考えずに自分の言う事を聞く人を求めて、」「かような事などないわ!」
 考えるより先に、手が出してしまった。白く、柔らかい頬を平手で殴ってしまったのだ。
「桂寿丸は面白い。弥三郎には出来ない才能があるのに、使い切れていないのだもの」
 からから、と弥三郎は我を笑った。楽しくも、おかしくもないだろうに、どうして笑みを浮かべるのか理解出来なかった。
「いつまでも、弥三郎に惑わされていてよ。桂寿丸」
 弥三郎は我を見向きもせずに城へ向かって歩き出した。その背中に「姫若子如きに言われるなど、計算外よ」と言ってやれば、ぐるん、と方向転換をして我と対面してきた。
「弥三郎は姫じゃない、鬼だよ」
 もう我に興味がないと言ったように、今度はなにを言っても振り返る事はなかった。

2011/10/15
BSR
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