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*ずっと待ってるの(楽進と李典)

高校生なふたり。










楽進がバイトを始めるらしい。あの部活一筋に日が昇る前から日の落ちた後も、まるで止まると死んでしまいそうに走るあの楽進が、である。
 かくいう李典も(校則違反でとったバイクの免許を使って)ピザの配達の仕事をしているが、李典の場合は帰宅部なので暗黙されているきらいがあった。が、楽進はそういう訳にはいかない。彼は学園の花形、陸上の次代を担うかもしれない逸材なのである。高校生だからといってバイトは必ずするものではない。寧ろ行う方が不真面目だ、と先生からお小言をくらうものであるのに、部活で忙しい楽進がバイトをはじめることが李典にはにわかに信じられなかった。
「あんたが冗談を言うなんてねぇ……」
「冗談などではありません、李典殿。私は今日から働くのです」
  銀色をした大きなアルミ製の弁当箱をきちんとバンダナでつつみなおし、机の横にひっさげていたビニール袋から菓子パンを取り出しながら楽進は言う。サンドイッチを包んでいる薄いフィルムを剥がしながら李典はへぇ、と気の抜けた相槌をうってみせた。それの適当な受け答えが不満なのか、楽進は学生鞄から一枚のチラシを取り出してみせた。小さなおつくりに、おつまみ、酒類の値段がかかれているそれは、誰がどうみても居酒屋のものであった。未成年で酒が飲めずとも酒を提供する店で働く事にはなんら違法性がない、そう李典の頭でも重々わかっていても理解が追い付いてくれなかった。
「楽進の事だから、スポーツ用品店で働くのかと思ったんだけどな」
 何時からバイトに入るんだ? 李典の問いに楽進はいそいそと手帳を取り出して、調べはじめる。バイトを機に買ったのか、折り目ひとつない綺麗なコバルトブルーの表紙をした手帳であった。楽進が自分の知らないところへ、どんどん進んでいってしまう。と、寂しく思いながら李典は楽進のシフトの話を聞いていた。

二十三時。深夜にしてはやぃはただ夜と形容するには少しばかり遅い時間。李典は道路に座り込みながら、一つのビルを見上げていた。一階はパチンコ屋、二階以降にはごちゃごちゃと居酒屋のつまった雑居ビルである。お目当ての三階はこうこうと電気がついていて、営業中なのがわかる。ちらちらと時計を確認しながら、まだかまだか、と李典は五階だてのビルを睨む。李典は楽進の仕事終わりを待っていた。勿論、楽進には一言も言っていない。なぜ居たのかを楽進に聞かれたら、サプライズなんて言葉で誤魔化そうと思っているが実際のところ気になって仕方なかったのだ。優良児を絵に描いたようないい子である楽進が、こんな夜遅くに(もしかしたら走り込みの帰りはもっと遅いかもしれないけども)街中を歩き回る姿が想像つかなかったのだ。
 ずっと地面に座り込んでいる李典を不思議そうに何人も見ていくが、誰も声をかけずに過ぎ去っていく。一人ぽつん、と座り込みながら、手のひらに息を吐けばほんのりと白かった。李典は寒さによって流れそうになる鼻水をすんすんと啜りながら、ネオンの所為で星ひとつ見えない空の下、ひたすらに待っている。
「李典殿?」
「……ちゃんと入口で待っていた筈なんだけどなぁ、俺」
「従業員の入口は裏にあります。……店長さんが私と同じ学校を着た生徒が入口に丸くなっている、と聞いたのでまさかと思い、来てみたのです」
 寒くはないですか? 楽進は心配そうに言う。三月だというのに凍るように冷たい空をである。カーディガン一枚で膝を抱えている李典はさぞ、楽進には寒そうに見えた事だろう。
「あぁ、大丈夫だから気にしないでくれよ。楽進こそ疲れてないか?」
「私ですか? いえ、そんなには。バイトの面接をしてくれた店長さんには『体力がいる仕事だよ』と言われていたのですが、案外どうにかなりました」
 やってみるものですね。と小さく歯を見せて笑う楽進に、色々と心配していた李典は拍子抜けしてしまった。その途端に張りつめていたものが切れたのか、李典の腹の虫が小さくないた。くぅ、という音に楽進は「私も小腹が空きました」と、李典に腕を差し出しながらいう。楽進の腕を手に取り、引っ張られる力に身を任せて立ち上がった李典は「楽進に早めの給料をあげちゃうぜぇ、俺!」とコンビニを指しながら笑った。
 楽進は自他共に認める大食漢である。本人は人より少しばかりだと言うが、端から見るとそれはかなりのものであった。状況を呑み込めていない楽進の手を握ったまま李典はコンビニに向かいながら少しばかり後悔していた。現在李典のお財布にはあまりお金が入っていなかったのだ。しかしながら奢るような事を言ってしまったものだから、あれやこれやとせがまれたらどうしようか内心ひやひやしているのだ。逆にいつものように遠慮されて、なにも食べたがらない事も同じくらい心配していた。
「李典殿っ……あの、私は帰らなければ……」
「ちょっとだけだから、付き合ってくれよ。なぁ? 楽進」
 李典に引きずられながら、困ったように眉根を下げる楽進に「少し強引すぎたか」と後悔していない訳でもなかったけれども、自主的とはいえ折角、正面で待っていたのに裏口から出てきてしまった楽進が悪い! と李典は勝手にきめつけて、半ば無理矢理にコンビニに連れてきてしまった。
「少し位食べていこうぜ。俺が、奢るから! な?」
「……じゃあ、肉まんがいいです」
 それだけでいいのか、と李典が問えば、「李典殿の財布が寒いくらい知ってますよ、私! あぁ、これは李典殿の十八番でした」とはにかみながら楽進は言った。

2013/04/09
msu
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