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*おやすみなさい。(司馬家+α)

 まるで、夢のようだ。と司馬懿は思った。寝台の横にある窓から見える風景に、ただただ平和な市が広がっていた。街中を歩く男は皆武装を解いているし、女子供も隠れるようにこそこそとでなく、普通に歩き回っている。貧富の差で少々服装に差異はあれど、みな急ぐ事も恐れる事もなく街を往来していた。
 小さな音が部屋の外からしたので、首を入り口の方へ向ける。これも父上のお陰です。と、目に矢傷を追っていない司馬師が、司馬懿に向かって礼をした。それに倣うよう司馬昭も礼をし、その光景を賈充がじっと見ていた。全く子上殿は不甲斐ないんだから、と司馬昭を諌める元姫の声も柔らかく、本当に怒っていないのがよくわかる。
 なんだ、おまえたち。そんな所にいたのか。なにをしている、もっと寄ってこい。そう、問い掛けても誰も司馬懿には近付こうとしない。不思議に思った司馬懿は、立ち上がろうと腕で寝台を押し上げる形で起き上がろうとしたが、腕に力が入らなくて起き上がれない。なぜだ、なぜだ、と寝台を叩こうにも、全然ものを押した感覚がしなかった。金縛りにあったみたいに、動けないのだ。つん、と目頭が熱くなる。目からは細い線のように涙が流れているのだろうが、その水が頬を伝うのも、司馬懿には感じられなかった。
 司馬懿には今の状況がてんで理解出来なかった。なにが、なにが怒っているというのだ。昭、師、私のいう事が聞けないのか! そう声を張り上げても、彼らはなにも反応をしめしてくれないのだ。そのうち元姫がいきなりしゃがみ込んで、泣き崩れてしまった。司馬昭は元姫の背中を撫でながら、なにか言っているようだが司馬懿にまでは聞こえなかった。賈充は相変わらず無表情で立ち尽くしていたし、司馬師は長い睫毛を伏せてゆるく左右に振るだけである。
「旦那様を苦しめてはなりませんよ」
 司馬懿の嫁である春華は薄茶色をした桶と、白い布を持って司馬懿の部屋を訪れた。「母上……」と言葉を失う兄弟を尻目に、春華はずんずんと司馬懿へと近付き、湯で湿らせた布で司馬懿の身体を拭き始めた。風邪の日にはたまにして貰っていたその行為すら、司馬懿はなんの感覚もわからない。春華はいつもの気丈な声とは違い、すこし震えた声音で「旦那様、旦那様」と言ってくる。それがどうも司馬懿はこそばゆくて、波のようにうねる髪の毛に手を伸ばそうとするものの、春華の髪に触れる事は出来なかった。
「もう少し待っていてください、旦那様。私も子上も子元も、もう少しで行きますわ」
 春華が司馬懿の目にふれ、開きっぱなしの瞳を覆うよう、瞼を下ろした。司馬懿は幸せな夢だった、と満足そうに笑った。

2013/03/12
msu
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